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 武器を失い、距離は離され、技量も経験も相手が上。

なるほど、これが詰みというやつか。

 いやまぁ、実戦じゃないんだし詰んだところでどうだという話だ。

これはあくまで試験、俺の実力を見せる場だ。

だから詰んだところで死にはしない。ああこいつはこの程度だったんだなって判断されて、それに見合った冒険者ランクを与えられるだけの話だ。


「だからこそ、諦められねぇな」


 そう、こいつはこの程度だったんだなって判断されるのが無性に気に食わない。

自分でも驚きだ。こんなファイティングスピリッツが俺の中にあったとは。

いや、そんな高尚なもんじゃなく……そうだな。

見知らぬ誰かに、お前こんなものなの? って思われるのがすごく気に食わない。

ああ、とにかくこのまま諦めるのは気に食わない。

十人中九人が無理だと言っても、俺はこのまま終わるつもりはない。


「ほう、武器を失えど、闘志は衰えぬか。よいのう……実に良い」


 嬉しそうに笑うグラインさん。

明らかに舐められているが、実際ナメられて当然の実力なので不満はない。

それに、ナメた態度を取ってくれなきゃ、格下の俺が付け入る隙がない。


「行くぞオラァ!」


 自分に気合を入れるためにも、大声で叱咤し、駆け出す。

相手は俺のはるか格上、頼れる武器はなく、しかし作戦はある。


「ふっ……はぁっ!!」

「ほう、魔法……初級魔法にも満たない魔力弾じゃが、威力はなかなかのもんじゃな」


 そう、俺が放ったのは魔力弾。

もちろん俺は魔法なんて使ったこともないので、できるだけ魔力を込めて、球体にまとめて、手のひらから放つっていうすごく適当なものだ。

ぶっちゃけできるかどうかは賭けだったんだが……どうやらうまく放てたようだ。

とはいえグラインさんが言う通り魔法とも呼べないただの魔力の塊だ。だが、吸血鬼の魔力のおかげでそれなりの威力にはなっている。


「はっ! はぁ!!」

「よっ、ほっ! よいぞよいぞ、持てる力をすべてぶつけてこい!」


 俺は魔力弾を打ちながら、距離を詰めつつグラインさんの動きを目に焼き付ける。

……やはりそうだ、身のこなしや体捌きはちょっとよくわからないレベルですごいが、それでも癖のようなものはある。

 ……この人、普通の攻撃を回避するときは変幻自在に動くけど、重要な攻撃を避けるときは必ず右足で踏み込む。


「……だけど、こいつは使えないよな」


 これは切り札になる情報だ。勝ち目もない今切ったらすぐに対処されて終わる。

だから俺は、魔力弾と接近戦を仕掛けようとするブラフを使うことで、グラインさんをある一点に導いていく。


 そこは、訓練場の奥の奥。

俺がぶん投げた剣が突き刺さっている場所だ。


「らぁっ!!」

「ふんっ!」

「……ええー」


 ……えええ……魔力弾斬ったよこの人。……勝てるのかマジで?

……ええい、悩むのは後回しだ! とにかくできることをする!


「……もう終いか? では決着をつけようかのう」

「ええ、決着をつけましょうか……俺の勝ちでね!!」

「ぬっ!?」


 俺は駆け出し、すぐさま近くに刺さっていた剣を引き抜く。

そしてそのまま、グラインさんに斬りかかる。


「ほう、剣を取り戻したか。じゃが闇雲に振るっても儂には当たらんぞ」

「だから当てるための動きをするんですよ!!」


 回避に動こうとしたグラインさんの右足、そこに魔力弾を撃ち込む!


「ぬうっ……お主、まさかこの短時間で――!!」

「ええ、見切らせてもらいましたよ、あなたの癖――!!」


 そもそも、俺はこの剣をぶん回せることで勘違いしていた。剣の使い方を間違えていた。

この剣は某モンスターをハントするゲームで言うなら大剣、あるいは某神を喰らうゲームで言うならバスターだ。

要は大振りだがダメージの大きい武器。つまりこちらから積極的に振って当てるのではなく、相手の隙をついて当てていく武器だ。

そして相手は人間であり、製作者が意図した隙は存在しない。


 ならば、作るべきは相手の隙。そこに剣を叩き込む。

そして今、その隙は生まれた。


「こいつで……終わりだ!!」

「ぐっ……!!」


 回避のための足を穿たれ、縫い留められたグラインさんに、全力の一撃を叩き込む。


 あー、ていうか思わずフルスイングしちゃったけど大丈夫かなー。うっかり殺しちゃったとか嫌だぞ俺。


 ――そんな、ある意味勝ちを確信したからこその思考は、一瞬で止まった。


「…………は?」

「ふう、危ない危ない。さすがの儂もヒヤッとしたぞい」


 真剣白刃取り、現象としてはそうとしか説明できない。

だが、ありえない。

なんで吸血鬼の全力で振るった剣を、親指と人差指でつまんで(・・・・)止められるんだ!?


「しかし見事よ。わざと作った癖とは言え、この短時間で見抜き、的確なタイミングで突いてきた。まるで獣のような才覚よのう」


 かっかっかと笑うと、そのまま剣ごと俺をぶん投げた。


「ぬわっ……ぐうっ!!」


 ふたたび人間水切りのようにふっとばされ、訓練場の入口付近まで戻される。


「ぐぬっ……っつう……」


 ああちくしょう、再生能力を抑えているせいで傷がメッチャ痛む。

普段は痛みを感じる間もなく治すし、そもそも吸血鬼は痛覚が鈍いのだが……どうにも再生能力を抑えると、痛覚が人並みになるようだ。

端的に言って、全身メッチャ痛い。


 まずいな、この状況で戦うのはかなりしんどい。

だが、やらないわけには行かないな……。


「ぐっ……っしゃオラァ!! 俺ァまだまだ行けんぞ!!」

「かっかっか、常人なら立てないよう投げたんじゃが……やるのうお主」


 ニヤリと笑う老人を、俺はにらみつける。

まだだ、まだ俺はこんなもんじゃない。


 そして剣を腰だめに構え、斬りかかろうとした瞬間。


「よろしい、試験はここまでじゃ!」

「…………え?」


 ……終わり? もう?


「気炎万丈といった様子のところ悪いがの、お主の実力はだいたい知れた。そもそもこの試験は儂に勝つことではなく、お主の実力を測るものじゃからな?」

「あ……」


 そういえばそうだったわ。なんかもう無我夢中でいつの間にかこの爺さんに勝つのが目的になってた。


「さて、では肝心のお主の冒険者ランクじゃが……」

「……ゴクリ」


 思わず、生唾を飲んでしまう。

それなりに戦えてたと思うが、どうだろうか。

けど結局足の癖がブラフだって見抜けなかったしなあ……。

とはいえ人事は尽くした、ならば天命を待つだけだ。


「そうじゃな、剣術や体術はEランクに毛が生えた程度。ほぼ本能で動かしてるだけで、技術といったものは皆無じゃ」

「……そうっすね」


 ……いやしゃーないじゃん。だって俺吸血鬼とは言え普通の高校生だよ?

剣を振る機会なんか剣道の授業があったくらいだし、そんなんで技術なんか無いじゃん。


「とはいえ、その素人剣法で儂に食らいつく身体能力、勘の鋭さ、危機を察知し、戦いの機微を悟る本能。これらはAランク冒険者にも匹敵するじゃろう」

「マジっすか」


 おお、ここに来て高評価ですよ。

これは案外高ランクが期待できるのでは――


「というわけで、間をとってCランクじゃな。研鑽を積めば、Bランク……いや、Aランクにも手が届くじゃろう。ゆめゆめ、修行を怠らぬことじゃな」


 はい、そんなうまい話はありませんでしたとさ。

……Cランク……Cランクかぁ。

ランクで言えばちょうど真ん中あたり。まぁEランクスタートよりは遥かにマシか。

まぁ、ひとまずは、だ。


「ご指導、ありがとうございました……」


 そういって、俺はグラインさんに頭を下げた。

挨拶は大事、古事記にもそう書いてある。

声がヘロヘロなのは勘弁してもらいたい。痛みと疲れでしんどいんだよ。


「かっかっか、よいよい。そうじゃ、お主にその気があるなら儂を尋ねるといい。暇なときなら、修行をつけてやっても良いぞ」

「おお、ありがとうございます!」


 これは純粋に嬉しい。

こんな物騒な世界だ。強くなれる機会は多いに越したことはない。


「では、お主が良き冒険者生活を送れるよう祈っておるぞ」


 そういってグラインさんは、この場から去っていった。

……さて、俺も受付に戻って、冒険者の証であるギルドカードをもらわないと――


「……んあ?」


 ――気がつけば、俺は天を見上げていた。

……どうやら、俺が想像していた以上に、肉体が疲弊していたらしい。

緊張の糸が途切れたことで、ぶっ倒れてしまったようだ。


「……ま、いいか」


 すでに再生能力は全開で回しているし、痛みもほぼ消えた。

このペースなら、数分で回復するだろう。

周りを見れば先輩のしごきに耐えきれず目を回している冒険者もいるし、俺も数分くらい横になっても構わんだろう。



 意識が途切れる寸前、やけに切羽詰まった顔をしたキツネ耳の少女が、視界に映った。






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