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3-07

 魔力を発動待機状態で制御し、その状態で組手をまともにできるようになるまで、一ヶ月かかった。

……もう一度言おう、一ヶ月かかった。

冬は終わり、春の訪れを感じる季節になって、ようやく俺は魔法待機状態でのまともな戦闘ができるようになった。


「ふっ……!!」

「甘い!」

「――氷雪斬!」


 師匠の反撃を回避しつつ、剣を振るって待機状態の両腕から剣を伝い、魔法を放つ。

込められた魔力は斬撃の形に凍結し、それがまっすぐ飛んでいく。

そう、この氷雪斬は擬似的な『飛ぶ斬撃』だ。


 飛ぶ斬撃、それはもう世代関係なく男のロマンな必殺技だ。

魔法を覚えたときからなんとかしてできるようにならないか模索して、つい最近ようやくできるようになった。

要は剣を振るった軌道に沿って空間を鋭い刃のように凍らせて、それを飛ばすだけだ。

実際斬るのは氷なので、なんなら手刀でも発動できるのが残念ポイントでもあり実戦向きなポイントでもある。


「ちぃっ! 厄介な……!」


 そしてこの氷、飛ぶだけでなく操作できる。

氷血術ではない魔法を操るのはだいぶ苦労したが……なんとか物にできた。


 ただ、それでも一度発動してしまった魔法の操作には限界がある。流石に血液操作よろしくドローンのような動きは不可能だ。

なんとか師匠に食らいつこうとするが、あえなく氷雪斬は制御しきれず明後日の方向に飛んでいった。


 失敗したのを感じ取り、再度両腕を魔法待機状態へ。

そして同時に回避のために無茶な姿勢になってる師匠へ斬りかかる。


「はぁっ!!」

「なんのっ!」

「え、ええ……」


 今、高速で振り抜かれた剣身を蹴って再跳躍して避けられたんだが……。

いや、俺も蹴り飛ばしたことあるけどさぁ……あれはあくまで弾くことが目的だったからできたのであって、跳躍するために足場にするとか不可能なんですけど……。

しかも今、全く重さを感じなかったぞ……どういう動きしてんだマジで。


「ほら、ちょっと頭のおかしい挙動見せられたくらいで呆けるんじゃないよ!」

「頭おかしいって自覚してるならやらないでくださいよ!!」

「敵が自分の想定を超えるなんざ当たり前だろう! 予想外の動きにも反射で対応しな!」

「無茶言わんでくださいよ……っとお!?」


 師匠の掌底が、剣筋が乱れた俺の剣を打ち据え、剣が飛ぶ。


「まだまだ!」

「いいね、素手になっても諦めない、その根性こそが重要なのさ!」

「もうひとりの師匠から、剣を失った後の手段がなきゃ三流って教わってましてね!」

「そいつぁいい師匠だ!」


 剣を失った後は殴り合いだ。

とても老婆のものとは思えない剛力で襲い来る拳を受け流し、カウンターを入れる。

しかしそれさえも回避され、逆にカウンターを顔面に食らう。


「がっ……!? っくそ!」

「さすが吸血鬼! この程度じゃひるまないか!」

「何度も両腕を破裂させたんだ、鼻っ面殴られた程度で怯みませんよ!」


 いやぁ……あれは地獄だった。

組手を始めた一週間はほぼ毎日破裂させてたからな。

もうショック死するかと思うような激痛を毎日経験するってのはもう……ね……いろいろ察して?

しかし、おかげで痛みへの耐性は大幅に上がったと言えるだろう。

俺を止められる痛みはもはや金的だけだ。……うん、あれは男である以上どうしようもないって。


「上の空とはいい度胸だね!」

「なんの!」


 考え事をしてても、修行を積み重ねた身体はしっかりと動き、師匠の蹴りを躱して反撃に出る。

そしてここで、もう一つの新たな魔法を発動させる。


「氷雪甲!」


 手足を氷の鎧が覆う。

これこそ、素手での戦いをもうちょっと有利にするために開発した格闘戦用魔法、氷雪甲だ。

氷でできたガントレットとアンクレットで手足を保護しつつ、攻撃を与えた場所にその冷気によって凍傷を与え、うまく行けば凍結させることも可能だ。


「つまりはれいとうパンチ!」


 違いはキックもできるということと、新たに水を加えることで形状変化し、より殺傷能力の高い形状へ変化できるということだ。


 今回はもちろん殺す気はないので、うっかりあたっても大丈夫なように通常モードである。


「喰らわなきゃいいだけの話だよ!」

「それを当てるんですよ!」


 接近し、拳と足の連撃を師匠へ向けて放つ。

素手の師匠はこれを受け止められない、触れた瞬間感覚を失うほどの冷気に襲われるからだ。


「らぁっ!!」

「ぐっ……!」


 よっしゃ当たった!! 初めて当たった!!

高揚感を抑えつつ、魔力を一気に拳に込めて凍結させる。


「まだまだぁ!!」

「うっそだろおい!?」


 魔力が、師匠の魔力によって押し返され、凍結できない。

なんつー力技……だが、力比べなら望むとことだ。


「うおおおおおおおお!!」

「ぬうううううううう!!」


 魔力と魔力がせめぎ合う。

さすがは師匠……とてつもない圧力だ。

だが、俺だって魔力量なら負けてないはずだ。


「おらぁああああああああ!!」


 そうして、全力で魔力を迸らせた瞬間だった。


 ――ピキ、と、嫌な音が俺の胸から響いてきた。

それは紛れもなく、かつてココの血液操作を行ったときに聞いたものと同じものだった。


「あ………」

「隙あり!!」

「ぐべっ!?」


 一瞬意識を奪われた隙を見逃さず、師匠は俺の腕を掴んで投げ飛ばした。

あー……やってしまった……二重の意味で……。

そのまま、俺は意識を失った。






「……誰か起こしてくれよ」


 気がつけば、もうすっかり日がくれていた。

いや、これ感覚的に夜中では?


「時計ないから時間よくわかんねぇんだよな……」


 とはいえ、俺の体内時計は種族柄かなり正確だし、まぁ夜中ということで間違いなかろう。

どうしてこんなに寝過ごして……って、ああ大量に魔力使ったからか。そりゃこんな時間まで眠ってしまっても…………あ。


「そうだ、封印」


 慌てて鏡の前に立ち、服を脱ぎ捨てる。

胸に浮かぶ刻印は、もうはっきりとひび割れが見えており、いつ砕けてもおかしくないように見えた。


「まずいなこれ……どうしたもんか……」


「なるほど、お前さんが今まで吸血鬼の力を使ってこなかったのは、それが理由かい」

「うえっ!?」


 ビクッとして振り返れば、そこには何やら呆れ顔の師匠がいた。


「まったく、部屋に入ってくるどころか、声をかけられるまで気づかないとは情けない……こりゃ鍛え直しかね」


 驚きのあまり何も言えない俺を尻目に、師匠はズカズカと部屋に入ってきて、あまつさえ俺の胸を覗き込んできた。


「し、師匠?」

「ふむ……雑な封印術だ、まず血液を濾過して吸血鬼の特性を薄めようっていう根本の発想からして間違っている。血液は循環する以上、それを常に濾過していたら術式への負担が大きすぎる。これじゃ砕けて当然だね」


 ミエル、お前の封印雑な上に間違ってるってよ。ざまぁ。


「しかし、何よりも馬鹿なのはお前さんだね。これ、自分から受け入れただろう?」

「いや、それには事情がありまして……」


 ……丁度いい機会かもしれない。

俺はもともと、これを何とかするためにカルミナの魔女……つまりは師匠の元を訪れたのだ。


「実は……」


 俺は、師匠にすべてを話した。

吸血鬼狩りに殺されかけたこと、そして死にかけたときに力が暴走し、まるで獣のようになってしまったこと。

ココとニーナによってもとに戻ったが、再び暴走しないよう封印を受け入れたこと。


「だから……俺は自分が暴走しないための方法を探しています。師匠、何か知りませんか? 例えば、俺と同じような状態になった吸血鬼とか……その吸血鬼が力を制御した方法とか」

「……なるほどねぇ」


 師匠は顎に手を当てて、なにやら考え込み始めた。

それは思い出すため、というよりも、何かを迷っているためのようで……。


「……うん、いいだろう。サクヤ、私は知ってるよ、あんたみたいになっちまった吸血鬼をね」

「ほ、本当ですか!?」

「ああ、やつは私と六百年くらい前に一緒に旅したパーティのメンバーだった。状況もそっくりだね、吸血鬼狩りに襲われて、仲間たちは分断されて、やつのところに駆けつけたときには、あいつはもう暴走していた」

「そ、それで……どうなったんですか?」

「仲間全員で死なない程度に締め上げて正気を取り戻させたよ。そのあとは……仲間を傷つけるのが怖いからとパーティを抜けていった。その後はよくわからないねぇ……たしかヤマトの国に向かうって言ってたけど」


 ……またヤマトの国か。

しかし、ヤマトの国に向かったってことは、やっぱりそいつ日本人だったのでは……?


「その人の名前、覚えてますか?」

「当たり前だよ、いくら耄碌しても昔の仲間の名前を忘れるはずがないよ。あいつの名前は、そう――」


 ――ランゾウ・モチヅキ。


「……まさか、それは……」

「知り合いかい?」

「知り合いも、なにも、だって、その名前は……」


 ……俺のじいちゃんじゃないか。




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