3-06
さて、こんな感じの修業を続けてはや二週間が過ぎた。
ココは両手で二つの複合属性を発動させることを余裕でマスターし、次は指を使って複数の複合属性を使う修業に入った。
ニーナもあっさりと絵画をマスターし、今や幻影魔法を駆使して写真レベルの絵をかける様になっている。
そんな中、俺だけはまだ両腕を魔法待機状態にする程度しかできていなかった。
「焦ることはないよ。普通なら二週間で両手のひらができるかってところなんだ、あんたも驚異的なスピードで成長してる」
いつも厳しい師匠がそんなことを言ってくれるということは、それだけ焦りが見えていたということか。
「いやまぁ、そう言っていただけるのは嬉しいんですけどね……俺の仲間が普通じゃないですから」
「あの子達は百年に一人の逸材だよ、いくら吸血鬼でもそう簡単には追いつけないさ。……よくもまぁあんなとんでもない子達を仲間にしたもんだね」
「運が良かったとしか言えないですね……」
ふたりとも行き倒れたところを保護したんだったか。
それは本当に偶然で、なにかしらの行動が違っていれば、きっと俺たちは出会わなかっただろう。
「運命ってやつかね」
「その言葉嫌いなんですよね。なんか自分の行動を誰かに操られてるみたいで」
成功も失敗も、全ては自分のものだろう。運命なんて言葉は、それを誰か……例えば神様に押し付けてるみたいで嫌いだ。
嫌いなんだが……たしかに二人との出会いは運命と言いたくなる。
まぁ、行き倒れてたところを拾うなんてのは運命的でもなんでもないが。
「さて、無駄話もこれくらいにして……焦るバカ弟子のためだ。次のステップに進もうか」
「え、いいんですか?」
「ああ、とりあえず両腕を魔法待機状態に維持できていれば最低限は出来てると言えるからね。もちろん理想は全身の魔力すべてを待機状態にすることだけど」
「あ、はい」
まぁ、言われてみれば魔法は基本的に腕から放つ。
氷血晶のようにノーモーションで撃つときもやはり腕から魔力を伸ばしていた。
となれば、両腕から即座に魔法を撃てればそれなりに戦えるだろう。
「次は、その状態を維持したまま戦闘を行えるようになってもらう。お前さん、今はまだ維持が精一杯でろくすっぽ動けないだろ?」
「ええ、日常生活ならともかく、戦闘はきついですね……」
なんつっても、暴発しないよう制御するのに尋常じゃないほど集中力を使っている。
こんな状態ではまともに戦えない。
「こればっかりは待機状態の維持と戦闘の並列処理のやり方を頭と体に叩き込むしかない。というわけでまずは組手だ。かかってきな」
「え、師匠が相手するんですか?」
「他に誰がいるんだい」
いや、でもその、言っちゃえば師匠、老婆だよ?
まぁ、腰も曲がってないし足取りもしっかりしてるし、なんなら修行中にひっぱたかれたときはグラインさんを思い出させる威力だったが……。
「でも師匠、魔法使いですよね? 肉弾戦できるんですか?」
「なめてもらっちゃ困るよ。これでもいくつも修羅場をくぐってきたんだ、魔法が効かない相手と戦う事もあったし、そんなときは杖と拳で解決してきた」
「お、おおう……アグレッシブ魔法使い……」
「それに、ムダに長く生きてきたからね。格闘技もある程度は学んでるよ」
そうだった、この人少なくとも六百年以上生きてるんだった。
それだけの歳月を生きれば、十七年しか生きてない俺よりも遥かに経験豊富だろう。
「よっしゃ、じゃあよろしくおねがいします」
「はいよ。じゃあまずは徒手空拳からだ。剣を振るのはもっと慣れてからじゃないと危ないからね」
「押忍!」
立ち上がり、肩をぐるぐる回す。
ううむ……違和感がすごい。魔力を維持することもさることながら、魔法待機状態になった魔力がとどまっているのがものすごい違和感だ。
だが、この状態で戦えなければ修行の意味がない。
「じゃあ……行きます!」
「来な!」
先駆け一発、強化した脚力を使って距離を一息で詰める。
「シッ!!」
息を吐きながらボディを狙った一撃。
「甘いよ!」
それを片手でいなされ、受け流されてしまう。
だが、そこは想定済みだ。
「だぁっ!」
受けながらされた勢いを利用し、一回転して裏拳。
「いいね、失敗したときのことを考えてるのは及第点だ! だがまだ甘い!」
しかし、この裏拳も再度受け流されてしまう。
一瞬無防備になった横腹に向けて師匠の拳が迫る…………が、それも想定内だ。
「はぁっ!!」
「むっ!?」
裏拳を受け流された勢い、そして地を蹴ってさらに勢いをつけた、自分で言うのも何だが鋭い回し蹴りを放つ。
さすがにここまでコンボを繋げてくるのは想定外だったのか、師匠はガードに回る。
と、見せかけて、すかさず足を掴んで投げ飛ばそうとしてきた。
「ぬうっ!」
俺はすかさず両手を地面に付いて、待機状態にしていた魔法を発動。
何も考えずにブッパしたせいかいびつな氷柱ができるが、氷柱が生み出される力に更に強化された腕力を込めて、ハンドスプリングの要領で飛び、足を掴まれたまま一回転し――足で師匠をぶん投げる!
「だぁっ!!」
「ははっ、面白い使い方だ!」
しかし、師匠もさすがの身のこなしで、空中で一回転して体勢を整えて着地した。
俺もすぐさま魔力を使ってしまった両腕を魔法待機状態へ移行、戦闘態勢を整えて師匠と向き合う。
「いいね、実にいい。維持したまま戦えとはいったが……まさかそこから発動までするとはね」
「いけませんでしたか?」
「まさか、大いに結構。本来は今みたいに魔法を使って戦うんだ、できるならガンガン使ってきな」
「では、行きます!」
再度俺は師匠に向かって突っ込み、拳を打ち出した――!
「まぁ、勝てるはずがないんですけどね」
「ですよねー。あ、動かさないでくださいね、くっつかないんで」
あれから数時間ひたすら組手を行ったが、上手いこと魔法が使えたのは最初だけで、あとは集中力が足りずにまともな魔法にならずに、その隙を突かれてボロカスにされた。
終いにゃ魔力の維持ができずに魔法が暴発して……文字通り両腕が内側から爆ぜた。
現在散らばってしまったパーツをジグソーパズルのように合わせて、ココの回復魔法でくっつけている。
いやもう、ほんと……痛みで死ぬかと思ったよ。俺も大概痛みには慣れてきたが……これはもう、激痛という言葉すら生ぬるいね。二度と味わいたくないわ。
「……うん、左腕はもう大丈夫っすね。今のサクヤさんなら明日には神経もつながってると思いますよ」
「我ながら凄まじい回復力だな」
普通ならガワは治せても、神経がつながらないから再起不能になるとのことなんだが……この回復力だけは感謝だな。
「あとは右手なんすけど……親指が見つからないんすよねぇ」
「親指はないと困るからなぁ」
一応、一から生やす事もできるが、今の俺だとココの回復魔法ありでも一週間くらいかかるしつなげるほうが楽なので、見つけておきたいところだ。
「おーい、あったぞ親指。鳥に持っていかれそうになってた」
「危ねぇ!」
「なんかそういう埋葬方法ありますよねぇ」
「生きてるのに鳥葬なんかされてたまるか」
……会話内容がだいぶスプラッタな感じだが、実際スプラッタなので許してほしい。
継ぎ接ぎだらけの左腕はもちろんのこと、まだつなげてない右腕は完全にお茶の間に流せない状態だからな。ゲームだったらZ指定入ってても発禁になりかねないよこれ。
……はぁー。こんな有様で、俺は本当に全身に魔力を操れるようになるのかねぇ。