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3-04


「ちょっ、ちょっと師匠? いいんですか? 自分で言うのもなんですけど、俺吸血鬼っすよ?」

「知ってるよ」


 俺の問いかけに、師匠は歩きながら面倒くさそうに答えた。


「お前さん、吸血鬼は吸血鬼でも、変わり者の吸血鬼だろ? 人を襲わない、事情を知る人から飢えない程度に血をもらって生きてる変なやつだ」

「……なんでそれを」

「お前さんが随分と仲間に信頼されているからね。吸血鬼でありながら人に受け入れられているのなら、人を襲う吸血鬼じゃないってのはわかるさ」


 それに、とカルミナ師匠は続ける。


「私も昔、同じような吸血鬼とパーティを組んでいたことがある。あれは……そうさね、六百年ほど前のことか」

「六百年前に、俺と同じような吸血鬼が……?」


 ……もしかしてそいつ、俺と同じように日本から召喚されたのでは?

でなければ、吸血鬼でありながら人を襲わないというのはありえない。

……でも六百年前って言ったら日本でもまだ普通に吸血鬼が人を襲っていたはずだ。

ちょうど、じいちゃんたちが若かった頃だろうか。

有名な武将の侍たち相手に大立ち回りを繰り広げた話をしてくれたことがあった。


 どういうことだ……? やっぱり変わり者ってだけのこの世界の吸血鬼なのか……?

いや、あるいは……。


「……世界の時間の流れが違う?」


 ……そうだ、異世界なんてものがあるんだ。それが個別に時間の流れが違っていてもおかしくはない。

たまたま俺がこの世界のこの時代にやってきただけで、現代日本の吸血鬼が六百年前のこの世界に召喚されることも……ある、かもしれない。

……とすると、もしも元の世界に帰れたとしても、浦島太郎状態になる可能性もあるってことか……?


「ほらサクヤ、考え込んでないでとっとと行くよ。置いていかれたいのかい?」

「あ、す、すみません!」


 慌てて意識を思考の海から引き戻し、師匠についていく。

……暇があれば、その六百年前の吸血鬼について聞いてみよう。






「ほら、ついたよ。ここが私の家だ」

「おおー……」


 こういうのなんて言うんだっけ……ログハウス?

今までこの世界で見てきた家はだいたい石造りだったから、木でできた家は久方ぶりに見る。

しかも、なんか二件の家が渡り廊下でつながってる形になってる。


「なぜ二件?」

「あんたらみたいなのがたまにくるから、宿舎として作ったんだよ。右側が宿舎で左側が私の家、あんたらは右側で寝泊まりしな」

「押忍」

「あとは……ほれ」


 そういって師匠が差し出してきたのは、掃除道具だった。


「……なぜ掃除道具?」

「弟子なんてもう十年以上取ってないからね、だいぶほったらかしなんだよ。建物自体は魔法で保護してあるから劣化しないけど、掃除は全くしてないからね。あんたらの最初の仕事は、自分の寝床の掃除だ」


 ……十年分の汚れを掃除しろと? マジっすか。






「まぁ、魔法があれば掃除くらい楽勝っすよね」

「それな」


 俺とココは役割分担して風の魔法でホコリを集めていた。

この中で一番背の高い俺がはたき代わりに風魔法で高所のホコリを落とし、ココが掃除機代わりに床のホコリを吸い上げて圧縮する。

そうやってきれいにしたところをニーナが水拭きと乾拭きの二度振きで仕上げてフィニッシュだ。


 ……それにしても、十年分の汚れと言う割にはそこまで汚れは溜まっていない。

師匠は魔法で家を維持していると言っていたし、もしかしてそれが理由だろうか。


「アタシも風魔法使いてねぇなぁ……」

「ニーナちゃんは適正ないのに光魔法使えるようになりましたからね、あのときの気合と根性さえあれば覚えられると思うっすよ」

「あの地獄の特訓をもう一回やるのはちょっとなぁ……」


 ……どうやらニーナも俺が知らないところでしっかり修行してたらしい。

たしかに適正のない属性を使おうと思ったら並々ならぬ努力が必要だろう。

現に俺は火、土、光、闇の魔法は一切使えない。使おうと思ってもほんの僅かに発現させるので精一杯だ。……種族柄闇属性は使えそうなものなんだがなぁ。


「まぁ、使えるものを伸ばしていけばいいか」


 新しい武器を手に入れたとしても、それを使いこなすのには相応の時間がかかる。

だったら、手持ちの武器を伸ばし、組み合わせて新たな戦力とするほうが効率がいいはずだ。


 そんな事を考えつつ、高所の手が届かないところを、わずかに発生させた水で洗い流して水拭き代わりにして、風魔法でさっと水気を飛ばして乾拭き代わりにする。


 ……ううむ……単体属性の魔法なら即時発動できるようになったが、未だに氷雪魔法となると魔力を練り上げて属性変換する準備時間が必要になるんだよなぁ。

なんとかしてこの時間を縮めたいところだが……。


「おや、随分と楽をしているようだね」


 そんな声とともに、カルミナ師匠が入ってきた。


「ああ師匠。もしかして手作業で掃除するのも修行でしたか?」


 掃除や家事などの何気ない動作で体を鍛えるというのは、日本の創作でもよく見かけた話だ。

某超有名少年漫画でも、主人公たちは少年期の修行で過酷な牛乳配達でやってた。

まぁ、そこまでではなくとも足腰の筋力は間違いなくつくだろう。


「何いってんだい。あんたら魔法の修行でここに来たんだろう? なら魔法で掃除するのが正解さ」

「そういやそうっすね」


 呆れ顔の師匠に同意する。

そうだった、俺たち別に体を鍛えにここに来たんじゃないんだったわ。


「ふむ……なかなか繊細なコントロールまで出来てるみたいだね。水と風による二度拭きも良く出来てる。まぁまだ甘いけどね」


 そう言うと、師匠は俺が飛ばしきれなかった僅かな水気を軽く指を振っただけで飛ばしてしまった。

……すげぇ、魔力制御の細かさが段違いだ。


「何呆けた顔してんだい。私の弟子になったんだ、これくらいはできるようになってもらうよ」

「マジっすか」


 いや、うん、願ってもないことだが……どのくらい時間かかるかなぁ……?

少なくとも一ヶ月や二ヶ月じゃ身につきそうにないぞ。


「あんたとココノエは、これから日常生活において魔法でできることはすべて魔法でやってもらう。ひたすら反復練習と応用だ。これで魔法の基礎である魔力制御能力がぐっと伸びる」

「……マジっすか」


 俺が言ったのか、ココが言ったのか。

ともあれ師匠の提案はやばい。

この繊細なコントロール、かなり神経使うんだぞ。

掃除という明確な終わりがある行為だからこそ、こうして細やかな魔法が使えたのだ。

それをずっと? ストレスで死にそうなんだが。


「あとは家事全般はやってもらうよ、あんたらは弟子だからね。もちろんすべて魔法を使ってだ」

「うわぁ……」

「で、空いた時間でそれぞれの鍛えたい魔法の修行をつけてやる。こっちはスパルタだから覚悟しな」


 いや、あの、その前の段階ですでにスパルタなんですけども……。

そんな俺達のげんなりした顔を見た師匠は、情けないものを見たような顔をして、呆れをにじませた声でいってくる。


「おいおいあんたら、強くなりたくてここまで来たんだろう? この程度で音を上げるようなら私の修行にはついてこれないよ。肉置いてさっさと帰りな」


 ……そうだ。俺は強くならなきゃいけない。

封印が解けかけてる今、吸血鬼の力に頼らない力が絶対に必要だ。

そのためにも、こんなところでくじけちゃいられない。


「……わかりました、やってやりますよ。俺たちだってそれなりに修羅場をくぐってきたんだ。甘く見てもらっちゃ困りますね」


 そうだろう? と問いかけるように振り返れば、力強く頷く二人。


「改めてご指導、ご鞭撻よろしくおねがいします!」

「はっはっは、随分と威勢がいいじゃないか。その言葉、忘れないようにね」


 随分と楽しそうに笑いながら出ていく師匠を、俺達はきれいになった寝床から見送った。


 ……ううむ、景気よく啖呵切っちゃったけど、大丈夫かな?




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