2-08
それから俺たちは、静養することにした。
なんせ病気は治ったがドバドバ出血したのだ、すぐに動くことはできない。
回復魔法で出血した部位は治せるが、すぐに完治するわけではないし失った血は戻らない。
ココなんか、未だに右目の眼帯が取れていないせいで変な中二病みたいになってしまっているからな。
目はベレム病で一番最初にやられる器官で血管の損傷が多く、回復魔法をかけてもなかなか治らない。
幸い根気強くかけ続ければ治るようなので、失明するようなことはないらしい。
なお、俺は二日ほどで治ってしまった。やはり回復力の差だろう。
そんな俺達だが、やはり身体を治すのにもエネルギーが要る。
そんなわけで、町の食堂にやってきたのだが……。
「がつがつはむはむ……んーやっぱ肉っすねぇ! 我が血肉になる感じがするっすよ!」
「おいこら野菜も食べろ、ほうれん草なんか鉄分豊富で今の俺らに最適だぞ」
「いやっす、野菜なんか草食動物に食べさせときゃいいんす。あたしは狐なんで肉だけ食べるっす」
「ニーナ、ゴー!」
「子供みてぇなこと言うなココ、ほら口開けろ」
「嫌っす! 草は食べたくないっすー!」
「草って言うな、野菜だ野菜」
「いやー!! 苦いー!!」
ほうれん草……この世界だとほうれん草であってるのかな? まぁとにかくほうれん草っぽいものをココの口に押し込む。
醤油とかあればおひたしが美味しいんだが……ないので塩ゆでしてるだけである。そりゃ苦いよね。食べるけど。
「まったく野菜ごときで大騒ぎして……もういい大人なんだから好き嫌いせず食え」
「うぐっ……ぐずっ……そういうサクヤさんもトマトに手ぇつけてないじゃないっすか」
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………バッカお前、これから食うんだよ」
「その長い間はなんだご主人」
ん、んんー……トマトなぁ……トマトは嫌いなんだよなぁ……。
ミネストローネみたいに形崩れるくらい煮込んであったり、ケチャップなんかに加工されてれば食べられるんだけど、生がなぁ……。
あの食感と青臭さがどうにも苦手で……某ハンバーガーチェーン店でも必ずトマト抜きにしてもらうくらいには嫌いだ。
しかし俺にはお残ししないという信条があるし、なによりここで残したら好き嫌いせず食えと言った立つ瀬がない。
意を決して、俺はトマトを口に運ぶ。
「…………うえ」
「うえっていった! サクヤさんだって嫌いなものあるじゃないっすか!」
「嫌いでも食べれますー! 食うことすら拒否してたお前とは違いますー!」
「めっちゃ渋い顔しながら何偉そうに言ってるんすか!!」
「…………はぁ、だからちゃんとメニュー見て頼めっつったろうが」
ごもっとも。
俺たち腹が空きすぎて、食堂でメニューの確認もしないで全部くださいなんて言ってしまった。
結果、この好き嫌い地獄である。
いや、嫌いでもちゃんと食べなきゃだめだってのはわかってるんだけど。
「……食うか」
「そうっすね」
なんせ全部くださいなんて言ったせいで山のように料理が盛られている。早く食べきらないと店が閉まりかねない。
……なんか、初めてココと会ったときのことお思い出すな。
あのときもココが店の食材空にするくらい食べまくってて……。
もはや懐かしい。
「……どうしたんすかサクヤさん?」
「いや、俺たちやっぱココがいないとだめだなぁって」
「な、なんすか急に……照れるじゃないっすか」
……うん、本当に良かった。
この騒がしくも楽しい日常が失われずに済んで、本当に良かった。
しかし、良くないこともある。
「……やっぱ、壊れかけてるか」
食事を終えて自室に戻った俺は、上半身裸になって部屋に備え付けの鏡に身体を移していた。
鏡……というか平面に範囲内の光景を映す魔道具なのだが、まぁ鏡と呼んでいいだろう。
日本で言う鏡は高いので貴族しか買えない。
まぁ、それはさておき、だ。
別に鏡を見ているのは鍛えぬいたパーフェクトボディを見たいからじゃない。
用があるのは胸、ちょうど心臓の真上にある刻印……そう、俺の能力を封じている封印だ。
その刻印が、まるで陶器のようにひび割れている。
「……あのとき、だよなぁ」
思い返すのは、ココの止血をするために血液操作を行ったあのとき。
あのときは必死で気づかなかったが、途中から一気に血液操作が楽になった。
多分……封印が壊れかけたのはあの時だ。
以前にも説明したが、この封印は心臓に刻印を施すことでその中を通る血液から吸血鬼としての特異性を薄め、普通の人間に近い血液に変えてしまうことで能力を封印している。
しかしあのとき、俺は限界まで血液をたぎらせ、能力を行使した。
結果……封印の処理能力を超えてしまい、壊れてしまったのだろう。
……つまり、俺が全力を出せば、この封印を破ることができてしまうのだ。
「……抑えないとな」
今はまだ、封印は弱まったとは言え力を発揮している。
これがある限り、あの暴走形態……フェンリルフォームにはならないだろう。
だが、もしもまた能力を行使して、今度こそ封印を完全に破ってしまったら……どうなるかわからない。
……そして、そんな事態が起こらないとは言い切れない。
今回は病だったが、もしも戦いの中でココが、ニーナが、万一にも死にかけたとき、多分俺は迷わず能力を行使する。
だが、そうなったあと……俺は、暴走せずにいられるのだろうか……?
「……いいや、うつむくな。前を見ろ」
ニーナも言ってたじゃないか、俺には前を見ていてほしいって。
今できることはなんだ? 暴走せず、仲間を守るためにできることは?
「……強くなる、しかないか」
強くなれば、能力を使わずとも二人を守れる。
弱体化した今のままでも、前と同じくらい強くなる。
無茶かもしれない、だがやるしかない。
「うっし、やるぞ!!」
「サクヤさーん、ちょっといいっすか――ってなんで裸なんすか!?」
おいこらノックせずに入るな。あと裸じゃなくて上半身裸な。
しかし、真っ赤になって手で目隠しするとは、ココってそんな初心なやつだったっけ?
まぁそれはともかく……ココとニーナには心配をかけたくないし……そうだな。
「いや、ちょっと筋肉のチェックをしていてな、なかなかの仕上がりだろう?」
「どんなチェックしてるんすか!? し、仕上がりとか良いから早く服着てください!」
「初心だなぁ」
別に見られて恥ずかしいことはないが、そんな反応されるとちょっと恥ずかしくなるじゃないか。
あと、お前、今気づいたけど指の隙間からガン見してるじゃねぇか。そんなお約束しなくていいんだよ。
「はいはい今着ますよっと……で、なんの用だ?」
「あ、ああそうでした。エリックさん来てますよ、あたしはもう終わったんでサクヤさんの診察したいみたいっす」
エリックというのはあの医師の青年だ。思えば名前も聞かないまま山に登って、ココの治療を任せてしまっていた。
まぁ、それだけ焦っていたのだ。
「ああ、了解。じゃあ脱いだままのほうが良いか。どうせ脱ぐし」
「いや外に出るなら服着てください!」
えー、誰も気にしないだろ?
「……はい、大丈夫です。まだ後遺症の残るココノエさんと違って、サクヤさんはもう完治してますね。すごい回復力です」
「あはは……丈夫な身体に生んでくれた親に感謝ですね」
笑って誤魔化しつつ、俺は服を着る。
「ココノエさんも、このまま回復魔法での治療を続ければ後遺症もすぐ治るでしょう。……もう、私の治療は必要なさそうですね」
「ええ……お世話になりました」
回復魔法はココが使えるから、たしかにもうエリック氏にしかできないことはない。
しかし、あえて明言するということは……。
「……気づかれてましたか」
「ええ、あなたも、お二人も、早く旅に出たいとウズウズしていますからね。もう無茶なことさえしなければ大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」
……そう、俺たち、早く出発したかったのだ。
俺の手配書がいつ回ってくるかわからないし、このまま時間がすぎれば雪に閉ざされて進めなくなってしまう。
「一応、ベレム病のお薬はお渡ししておきます。稀にですが再発する人もいますし、ニーナさんが感染している可能性もありますからね。一応潜伏期間である二週間は魔力を用いた戦闘は避けるよう注意してください」
「重ね重ね、ありがとうございます」
「いえいえ、もともと命を救わたのは私の方です。命の恩は命で返すのが、等価でちょうどいいでしょう?」
「……そうなると、俺とココ、二人分の命を救われた俺達は命一つ分あなたに恩義があることになるのですが」
「その分はどこかで誰かを助けるのに使ってください。あなた方なら、きっとまた誰かを助けてくれそうですから」
「……さて、どうですかね」
できれば面倒なことはこれっきりにしたいが……多分この人が言う通り、また色々あるのだろうな。
「では、私はこれで。あなた方の旅の無事を祈っています」
「お世話になりました」
頭を下げ、エリック医師を見送る。
……さて、祈られちゃったし、ココの眼帯が外れたら出発しますかね。
そして、三日後。
俺たちはこの街をあとにして、獣王国へ向けて歩き出した。