2-07
「ココ、無事か!?」
ニーナの足も回復して歩けるようになり、俺達はあらかじめ教えてもらっていた宿の一室に駆け込んだ。
「あ」
……そしたら、医者の青年がココの服を脱がしていた。
「ぶっ殺す!!」
「いいやアタシがぶっ殺す!!」
「ちょ、ちょっとまってください!! 服の下で出血していたから処置してただけです!! ほら、ほら!!」
青年が指差しているところは、ココの腹部だ。たしかに出血している。
たしかにこれは脱がさないと処置できない。
「お、おう……悪かったよ」
「い、いえ……大切なお仲間ですからね。ですが、私も医者として、患者に手を出すなどありえないのでそこはご理解いただきたいです」
手早く止血の処理をしながらそういう医者に、ちょっと申し訳ない気持ちになる。
「っと、それより薬草を取ってきた! すぐに特効薬の調合を!」
「本当ですか!? 今すぐ取り掛かります!!」
俺が陽命草を渡すと、医者はすぐさま何かの道具を並べ始めた。
どうやら調合のための道具らしい。非常に興味深いがそんなことはあとだ。
「私は今から調合にかかりきりになります。今は昼ですので……おそらく夕方には出来上がりますが、それまではあなた方に彼女の看病をおまかせします」
そう言って、彼は薬瓶をいくつか俺たちに渡してきて、用途を教えてくれた。
「危険な薬品もあります。絶対指定した用途以外で使用しないでください」
「心得た。そっちも頼む」
「ええ、全力を尽くします。あなた方が命がけで採ってきたこの薬草、絶対無駄にはしません」
頼んだぞマジで。俺たちの苦労なんかどうでもいいから、とにかくココを助けられる薬を頼む。
ひとまず薬は医者に任せて、俺は言われた通りココの看病に入る。
ココの状態は……ひどいものだった。
全身にはすでに出血が始まっているのか、至るところに止血の跡が見える。
特に目の出血がひどいのか、両目をまるで目隠しのように包帯が覆っている。
「ココ……もうちょっとだけ頑張れ……」
ココの手を握り、祈るようにつぶやく。
「ご主人、脇から出血してる!」
「血止めだ、あと布!」
「ああ布が足りねぇ、持ってくる!」
……祈ってる暇なんかない。そんな暇があったら手を動かせ。
ココは、俺たちで助けるんだ。
それから、三時間ほど経っただろうか。
絶え間なく出血し、高熱を発するココを薬でなんとかごまかし、その命をつないでいく。
だが、ここにきて問題が発生した。
「やべぇぞご主人、薬がもうねぇ!」
「うっそだろ!? 予備は!?」
「すみません、もうありません!」
俺の声に医者の青年が答える。
まずい……まずいぞ、薬がないとココの出血が止められない!
……いや、出血を止めるだけなら、行けるか……?
「がはっ!」
「ココッ!?」
まずい、吐血した……!
「ええい、迷ってる場合じゃねぇ!」
吐血したココの血に触れ、魔力を流し込む。
「ご主人、まさか……でも、できるか?」
「わからん! でも他に手がない!」
やるしかない……封印状態での、血液操作。
くっ……その前段階、血液に魔力を通すだけでもしんどい……!
遅々として進まないくせに、ゴリゴリ魔力が削られていく……。
「くっ……げほっ! ……あ、ああ?」
咳き込んだら、血が出てきた。
「ご主人、目が赤くなってるぞ!」
「マジ……? 俺も発症したか……」
まぁ、これだけ魔力を使えば発症するか。
でも関係ない、血液操作さえ使えればココを、ついでに俺もなんとかできる。
ぐうっ……しかし魔力が通らない……! まるで硬い岩盤を掘り進んでいるかのようだ。
「がはっ……! ひゅー……ひゅー……!」
「おいご主人! それ以上はヤベェ! ご主人が持たねぇぞ!」
「俺より……ココのが……大事だろ……!」
血液の掌握……およそ60%……まだ足りねぇ……!
操れる箇所から順に止血をしていくが……まだ足りない……!
薬がなくなったせいで出血の頻度が上がっている。全身の血液を掌握して操作しないと止められない!
「げほ、げほっ……!! ああくそ、血で目が見えねぇ……!」
「ご主人、もうやめてくれ!」
「っと……ニーナ……? やめろ、お前まで感染するぞ……」
ニーナが、血に塗れるのも構わず俺に抱きついてくる。
「ご主人、血がなくなったら死ぬんだろ……? このままじゃ死んじまうよ……。アタシは、アタシは! ココよりご主人が――」
「――それ以上は言うな、ニーナ」
ニーナの口を、空いてる左手で塞ぐ。
「言ったろ、俺は失敗しない。三人で笑うハッピーエンド以外認めないって。だから俺は死なねぇ。三人で、笑うんだ」
「ご主人……」
……でも、たしかに自分が疎かになりすぎていた。
すぐさま自分自身の血液を操作して、出血を止める。
とはいえ、自分に集中しすぎていてはココの血液の掌握が進まない。
適度に止血をしつつ、ココの方に集中する。
……自分の血液を操るのはこんなにも簡単なのに、なんで人の血液は操れないんだ。
「……集中だ。雑念を払え」
……元々血液操作は息をするようにできる能力だ。
だが、それが封印によってまるで堰き止められるかのように邪魔されている。
……だったら、全力で、限界の限界まで力を振り絞って、能力を行使して押し流す!!
「はぁあああああああああああああ!!」
気合! 根性! そして集中!!
俺の能力行使を阻む封印を乗り越えるほどの……全力の魔力を流し込む!!
「ううううおおおおおおおおおおおお!!」
そして――パキン、となにかが割れるような音が胸から聞こえて、一気に能力の行使が楽になった。
「よし!!」
その勢いのままココの体をめぐる血液をすべて掌握、出血箇所をすべて止血していく。
さらに血流を制御することでこれ以上の出血を防ぎ、病の進行を止める。
「はぁー……はぁー……これで、大丈夫……」
「ご主人、今度はご主人が出血してる!」
「え、あ、マジ?」
ホントだ、あっちこっちからドバドバ血が出てる。
全力を出しすぎてだるい頭のまま、なんとか自分も止血した。
「薬、できました! ……ってなんであなたまで!?」
と、ようやく薬ができたらしい。青年が駆け寄ってきて、俺の姿を見て驚いている。
「ああ、俺は良いんで……早くココに薬を……」
「いや、二人分くらいならあるんであなたも飲んでください、これ以上進行したら死にますよ!?」
「……まぁ、そういうなら」
ココの止血のため右手は離せないので、左手で件の薬を受け取る。
ふむ……さすが生薬、ドロッとしていて青臭い。濃縮した青汁みたいだ。
まぁ薬なんてこんなもんだろう、ぐいっと一気にあおる。
「うえ……にっが……」
「我慢してください。今彼女にも飲ませました、すぐに良くなるわけではないので、あなたも彼女も、まだ止血の魔法を切らさないようお願いします」
……どうやら俺の血液操作を魔法と勘違いしてくれているようだ。都合がいいのでそのままにしておこう。
言われるまま、血液操作で止血を続けていると、やがて薬が効いてきたのか、血流が落ち着いてくる。
出血するほどの高血圧からゆっくりと落ち着いていき、夜が更ける頃には平常な血圧まで下がった。
「ふう……乗り切ったー!!」
「ってことは、ご主人もココも?」
「ああ、落ち着いた」
目から流れた血を拭いつつ、ニーナに勝ち誇った顔をしてやる。
「どうだ見たかニーナ! 見事三人そろってハッピーエンドだ!」
「ああ……まったく、ご主人には敵わねぇよ」
どこか張り詰めていたニーナから、ようやく緊張が取れて、年相応の愛らしい笑みが浮かぶ。
その笑顔に、どきりと心臓が跳ねた。