2-06
「お、おいご主人? ホントにやるのか?」
「やるぞ、腹くくって覚悟決めろ」
体力を回復させるため、夜明けから早朝、そして朝になるくらいまで休んだ俺達は現在、山頂の切り立った崖に断っていた。
崖と言っても急斜面であり、よくあるサスペンスドラマとかで犯人が追い詰められるような場所ほど切り立ってはいない。
そう、斜面なのだ。
そして現在俺は、ブーツにガッチリと細長い板――ようはスキー板を取り付けてある。
ここまで言えばわかるだろう。
俺はニーナを背負い、この斜面をスキーの要領で滑り降りるつもりだ。
まぁ、一つ問題点があるとすれば――
「いや無理だって! だってこの先、沿ってて斜面がないんだぞ!?」
――そう、斜面が途切れていることだろう。
だが、その途切れ方が重要なのだ。
斜面が徐々に緩やかになり、逆に反るような途切れ方……すなわちジャンプ台に近いかたちをしている。
「つまりはスキージャンプ……安心しろニーナ、俺の世界ではああいうジャンプ台からスキーで滑って飛んで、飛距離を競うスポーツがある」
「頭おかしいんじゃねぇのご主人の世界!?」
おい、それは全世界のスキージャンププレイヤーに失礼だぞ。
いやまぁ、概要だけ聞くとたしかに正気の沙汰とは思えないスポーツだが、それを言ったらスカイダイビングとかのほうがやばいので黙っておく。
「まぁ、要はそういう前例があるから飛べるということだ。そして飛べば一気に山を降りる事ができる」
……まぁ、問題があるとすれば……俺にスキージャンプの経験がまったくないことか。
いや、スキーはできるんだよ。小さい頃からちょいちょい両親に連れられてやってたし。
ただジャンプの方は全く経験がなくて……ニーナを不安にさせるわけには行かないから黙っとくけど。
まぁどっちもスキーなのだ、なんとかなるだろ。
「……ご主人? なんか超理論で納得してないか?」
「……ソンナコトナイヨー」
「はぁ……まぁいいや。たしかに普通の方法じゃ間に合わねぇ、信じてるぞ、ご主人」
ニーナに信じられてしまったら、もうやるしかないだろう。
万一にもニーナが放り出されないよう、背負った上で紐でしっかり結ぶ。
……触れ合ったときの感触で、思わず心臓が跳ねた。
ああもう……あの夜からニーナに触れるとこうだよ。
会話するときなんかは態度に出さずにいられるのだが、直接触れ合うとどうしても心拍数が上がる。
落ち着け俺、ニーナは幼女、幼女だからなんてことはない。
……でも俺二次元のロリは好きだしなんなら褐色肌の女の子ってどストライクなんだよなぁ。
「ぬおおおおお煩悩退散煩悩退散!!」
「うおっ!? ど、どうしたご主人?」
「い、いや……ちょっと心が穢れてたから……」
……いかん、落ち着け。ニーナは二次の存在ではない、三次だ。
故にたとえ褐色ロリとかいう性癖どストライクな存在でも俺はなんの反応も示さないはずだ。そもそも犯罪だし。
……でもニーナって二十歳だから合法だよなぁ。
「だから煩悩消えろってもおおおおおおお!!」
「ご主人? 一回落ち着こう? な?」
「お、おう、そうだな……」
落ち着け俺。ニーナは仲間、大事な仲間。
だから必要であれば背負うし抱きとめるし触れ合う。OK。
「よし落ち着いた……うっし、行くぞ!」
「お、おう!」
ニーナが固定されているのを確認した俺は、ジャンプ台めがけて滑り出す。
「う、うおおおおお!! 速い、ご主人速いって!!」
「スキーってのはこんなもんだ! もっと飛ばすぞ!」
「きゃああああああああああ!!」
なんだかニーナにしては珍しく可愛い悲鳴が聞こえてくるが、状況が状況なので無視する。
そしてそのまま俺たちは加速しながら滑り――
「今!!」
――タイミングを見計らって、全力で飛んだ。
「あいきゃんふらーい!!」
「何いってんだふざけんなぁあああああああ!!」
轟々と風が吹き付け、俺達は空を舞う。
なるほど……これは爽快だ。スポーツとして成り立つのもよく分かる。
さて、今は風によって俺たちは空を舞っているが、このままだと自由落下に入って落ちるだろう。
で、問題なのが、だ。
「さて、どうやって着地したもんか」
「まさかのノープラン!?」
そう、俺はスキージャンプ未経験。
つまり飛ぶことはできても着地の仕方がわからない。
そしてこういうのは往々にして着地のほうが高度な技術がいる。
「まぁ、案はあるんだよ」
「な、ならそれで……」
「うまくいくかはわからんけどな」
「おいいいいいいい!!」
まぁうまくいくことを祈っていてくれ。
そんなことを思いつつ、俺は収納袋からとある物を取り出した。
それは一見すれば布を縫い合わせただけに見えるが、こうしてしっかり身体にくくりつけた上で空中に放り出せば――
「う、うお!? 止まった……!?」
「ふむ、成功だな」
――風を受けて広がり、パラシュートとなる。
このアイテム、もとは変身能力を使わずに空を飛べないかと試行錯誤していたときにできたものだ。
俺としてはグライダーのようなものが作りたかったんだが、出来上がったのはこのパラシュートもどき。
まぁそれでも風魔法で下から吹き上げさせれば空を飛べるので、何かの役に立つだろうと収納袋に入れておいたのだが……大正解だったな。
「あとは風魔法で進路と高度を調整して、ココの待ってる街まで降りる。このくらいなら大して魔力を消費しないですむだろ」
「な、なんだよ……こんなちゃんとした方法があるならノープランとか脅かすなよ」
「いやぁ、だってこのパラシュート、実験で一回だけしか使ってないから耐久とか不安でな。とりあえず墜落する可能性も考慮しといてくれ」
「やっぱほぼノープランじゃねぇか!!」
んなこと言ったって手縫いだしなぁ。家庭科五の腕前とは言え素人なので大目に見てほしい。
一応まだ血液操作が使えた頃に作ったものだから、糸を血液でガチガチに固めてるし頑丈さはなかなかのものだとは思うが。
そんな俺の思考とは裏腹に、パラシュートもどきはしっかりと自分の役割を果たし、俺たちをゆっくりと街まで運んでくれる。
「よーしいい感じいい感じ……このまま着地……うべっ」
「ぬおっ!?」
地面直前で急に揚力が切れて、俺たちはからだを地面に打ち付けた。
見ればやはりパラシュートもどきの縫い目が破れてる。
あちゃー……やっぱ耐久力は高くなかったか。
とりあえずこのままでは動けないので、ナイフでくくりつけてたロープを切りながらつぶやく。
「ふいー……危ないタイミングだったな」
「……もう絶対あんなことやらねぇからな。アタシはもう金輪際高いところに行かねぇ」
……ニーナに新たなトラウマを作ってしまったようだ。
非常に申し訳ないが、しかし時間がないのだ。なんとか許してほしい。
「ほら、今度埋め合わせしてやるから、とりあえず急いでココのところ行くぞ」
「……腰が抜けて立てねぇ」
おう……そこまで怖かったか……申し訳ねぇ。
仕方ないので、再度ニーナをおぶって、街を目指す。
「……これ、恥ずかしいんだけど」
「安心しろ、お前の見た目ならそんなに違和感ないから」
「それはそれでムカつくんだけど」
じゃあどうしろと。
心のなかでツッコミつつも……色々背中に感じる感覚にまた心臓が跳ねるが、今度はもう血液操作のゴリ押しで落ち着ける。
今は余計な色欲にうつつを抜かしている場合じゃないんだよ。
ニーナへのこの感情はいずれ決着をつけなければいけないものだが、今はココを救うほうが先だ。
……もう考えるのはやめた、あとは走るだけだ。
「急ぐぞ、しっかり掴まれよニーナ!」
「おうよ!」




