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2-05


その後、再度俺は盆地に降り立った。

もちろん無策ではない。

現に、マンモスは俺を見ても何も反応していない。


 いや、見えていないのだ。


 俺はニーナの言葉を思い出す。


『アタシな、さっき引き上げるときに気休め程度だけど幻影魔法でご主人の姿を背景と同化させたんだ。そしたらあいつ、見事にご主人を見失ってた』


 そう、今の俺にはニーナの幻影魔法がかかっている。

これで俺の姿を背景と同化させ、忍び寄る。


 ……とはいえ、マンモスだって別に鼻が悪いわけじゃない。

むしろ近縁種のゾウが犬より嗅覚が優れているし、かなり鼻がいいはずだ。

そんなわけで作戦の第二段階、これは俺が実行する。


 軽く、本当に少しだけ、俺は風を操る。

そして、肩に担いだものの匂いをマンモスに送り込む。


「パオ……?」


 よし、反応している。

そのまま俺は肩に担いだものを置き……ハンドシグナルでニーナにそれが見えるように幻影魔法を解除させた。


「パオッ!?」


 マンモスは突然現れたそれに驚きつつも、興味を持っているようだ。

そして好奇心に負け、マンモスはそれに近づき……飲み始めた。


 それは酒。俺が消毒用に買い込んだ、とびっきり強い酒だ。

俺は、再びニーナの言葉を思い出す。


『それであいつ、ご主人が投げた中で酒瓶に興味を持ってたんだ。もしかすると酒を飲むのかもしれねぇ』


 巨大生物で酒を飲むと言うのなら、強い酒で眠らせた後に倒すというのは、日本人なら誰でも思いつくだろう。

有名な八岐大蛇や酒呑童子も、酒で眠らされたところで退治されている。

そして俺は消毒用アルコール代わりに強い酒を樽いっぱい持っていて……ここまで条件が揃っているならやるしかないだろう。

名付けて神便鬼毒作戦。ヤシオリだと某怪獣映画の作戦名と被るからな。

……まぁ、俺が考えたのは名前だけだから偉そうなことは言えないのだが。


 と、そうこうしているうちにマンモスは酒が回ってきたのかフラフラし始めた。

……今更だけど酒を飲むマンモスってどう言うことだろうな?

寒い国の人たちは大酒飲みが多いから、寒い場所に住むマンモスも酒好きとかそういうことなのだろうか?

にしても、酒……というかアルコールって毒物だから普通動物は避けそうなものだが……どこで味をしめたのやら。


「まぁ、なんにせよ好都合だな」


 呟き、見下ろせば気持ち良さそうに眠りこけるマンモスの姿。

……これならいくらでも殺しようがある。

毛皮を貫けないというのはあくまで激しく動き回る戦闘中では、という意味で、こうして動かない状態であれば斬ることは容易い。


「すまんな、だがお前がいると採取ができん」


 眠っている今なら、このまま陽命草を採取することはできる。

だが、こいつが目覚めたときどうなるかがわからない。

諦めて他の土地に移ってくれればいいが、もしも諦めずに街まで降りてきたら今度こそ対処のしようがない。

眠っている間に殺すなど気がひけるが、やるしかない。


 ……人間を殺すのにまったく罪悪感を抱かないのに、無抵抗の動物だか魔物だかを殺すのには罪悪感を抱くのはどう言うことなんだろうな。


「……ここか」


 マンモスの身体に触れ、血の流れを辿って一番太い血管を探り当てる。

心臓を貫くのが一番手っ取り早いのだが、デカすぎて心臓まで刃が届かない。


「怨んでくれるなよ……南無三!」


 紅椿の切れ味強化、そして風魔法による真空の刃を剣身に纏わせて、真っ直ぐ急所まで振り抜く。

瞬間、噴水のように血が吹き出した。


「ガボッ……!? ガバッ……!?」


 これには流石に目を覚ますが、もう遅い。

マンモスは血に溺れながら、息絶えた。

だくだくと血を流すマンモスを見て、思いつく。


「……ふむ、せっかくだし持って帰るか」


 ちょうど血抜きもできてるし、マンモス肉というのも興味ある。

ついでに牙なんかは売り払えばそれなりの額になるかもしれない。俺の世界でも象牙は貴重で高価だし。

そんなわけで血が抜け切ったところで収納袋にしまう。

……五十メートル近い怪獣までしまえるとかホントすげぇなこの袋。


「おっといかん。採取採取」


 マンモスをしまい終わったところで採取を行う。

スコップで周囲の地面を掘り返し、根の末端も傷つけないよう慎重に掘っていく。

そうして花から根まで一切傷のない陽命草を、慎重に収納袋にしまった。

収納袋の中は時間が止まっているから、傷む心配はない。


 すべての作業を終えた俺はすぐさま盆地を登り、山頂へ戻る。


「よし、すぐに下山するぞ」

「ああ、このペースなら余裕を持って帰れるな」


 今は……夕方か。

残り一日、夜通し歩けばかなり余裕を持って薬草を届けられる。

これで一安心だな……そう思ったときだった。


「ガウッ!!」

「ぬおっ!?」


 どこからともなくアイスハウンドが現れ、俺に向かって噛み付いてきた。

危ういところで、上体を逸して回避する。

あっぶねぇ……今、回避しなかったら首を噛み砕かれてた。


「ていうか、なんでアイスハウンドが……?」

「しかも一匹だけじゃねぇ……っ!?」

「ガアッ!!」


 ニーナの背後から、真っ白な熊が襲ってくる。

白熊なんて可愛らしいやつじゃない、もっと凶悪な肉食獣だ。


「ニーナッ!」

「わかってる!」


 素早く気配を感じ取ったニーナが回避するのと同時に、熊の口から真っ白な冷気が放たれ、空を切る。

コイツは確か……フリーズベア。生意気にも魔物のくせに氷雪魔法で相手を凍らせる冷気を放てる熊だ。


 そのほかにもこの辺にいる魔物たちがずらずらと並んで、俺たちを囲む。


「おいおい……こりゃ一体どういうことだ?」

「もしかして……ご主人の持ってる陽命草に反応してるのか?」

「え、いやでも収納袋に入れてるんだぞ?」

「収納袋に入れてても魔力は漏れ出てる。それだけ陽命草の魔力が強いんだ。で、奴らはそれを感じ取ってる」

「なるほどな……」


 陽命草はこの雪山であの巨体のマンモスを養えるだけの熱量と魔力を備えている。ここらに住む魔物に取っちゃご馳走だろう。


「マンモスが守ってたから手が出せなかったけど、俺達が手に入れたから奪いに来たのか」


 ……なるほどなるほど、理にかなってはいるが……ナメんなよ畜生共が。


「俺らがマンモスに劣ると思ってもらっちゃ大間違いだぜ」

「その通り、てめぇらなんぞに、陽命草を渡してたまるかってんだ」


 俺もニーナも抜剣し、構える。


「ココの命がかかってんだ……覚悟しろやオラァ!!」






 そこからはよく覚えていない。

ただひたすらに斬って貫いて殴って蹴って、とにかく使えるものすべてを使って戦った。

結果……雪原はおびただしい血で真っ赤に染まり、俺たちは満身創痍のボロボロだが、なんとか陽命草を守りきった。


「はぁー……はぁー……見たかオラァ!!」

「ご主人……はぁ……元気……だな……はぁ、はぁ……」


 俺もニーナも肩で息をしながら会話する。

互いにひどい状態だ。装備はボロボロだし返り血なのか怪我なのかわからないくらい血に塗れている。

俺はほっとけば治るが、ニーナはそうも行かない。

休ませてやりたいところだが……時間がない。


「夜明けか……急がないとまずい」

「まったく……余裕があったはずなのにな……」


 ……そう、陽命草を狙う魔物たちとの戦いは一晩もかかった。

今まさに登ってきたご来光が、凄惨な戦場を照らしている。


「……少し休んだら出発する。手早く応急処置するぞ」

「ああ……そりゃいいけど……間に合うのかよ……?」

「……できればやりたくなかったが、策がある」

「……やっぱ、作戦はご主人に任せたほうが良いな」


 別にそこまで大した作戦じゃないぞ?

ともあれ、実行にはある程度体力が必要だ。少しでも回復しなければ。

俺たちは再び襲われないよう雪洞を作り、その中で体力の回復に努めた。





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