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2-03

 それから俺たちは、とにかく戦闘を避けて進んだ。

アイスハウンドのような鼻の効く連中は俺の血の匂いに寄ってきてしまうが、そういうの以外はすべて無視して突き進む。

俺たちの目的は薬草の採取だ。戦闘じゃない。

加えて負傷している現状では一回の戦闘にかかる時間が長くなる。戦うのは得策じゃない。


 そうして俺たちはときに隠れ、ときにニーナの隠蔽魔法を頼り(こちらも発症しないよう短時間しか使えないが)、魔物たちをやり過ごした。

じっと待っていると、迫るタイムリミットのせいでジリジリと嫌な焦りを感じてしまうが、ニーナの言葉を思い出してなんとかこらえた。


 そうこうしているうちに日が暮れたが、逆にこれはチャンスだ。

俺は種族がら夜目が効くし、ニーナも暗視能力を持っている。

加えて夜は魔物たちも眠りについて、一部の夜行性の魔物以外活動していない。

これを活かし、俺達は本来であれば危険なこの時間帯に昼間以上の速度で突き進んだ。

そうして、吸血鬼とダークエルフの身体能力を全力で行使して山の中腹を超えた辺だろうか。

急に天候が変わり、静かだった空気が変わり、吹雪いてきた。


「……ご主人! だめだ、吹雪の中は進めない!」

「けど……くそっ!」


 ニーナの言う通り、吹雪の中はとてもじゃないが進めない。

寒さはココが俺の氷雪魔法でフレンドリーファイアしないよう作ってくれた火属性のお守りのおかげでなんとかなるが、夜闇を見通せる目でも雪で物理的に塞がれたら意味がないし、轟々と吹き付ける風の音で聴覚も役に立たない。

どんどん積もる雪に足を取られるし、これ以上の強行軍は無理だ。



「時間がないってのに……」

「仕方ねぇよ。それでも予定よりはだいぶ進んでるんだ、ここは休もう」


 ……重ね重ね、ニーナの言うとおりだ。

俺は氷雪魔法を応用して周囲の雪と氷を操作し、雪洞を作る。

一から氷を作るよりも魔力消費は遥かに少なくて済む。……厄介な爆弾を抱えている今の状況ではこれが最善だ。

空気穴も開けてあるから窒息の心配もない


「さすがご主人、これなら崩落の心配もねぇな」

「ああ、氷でガッチリ固めたからな。……魔力が使えりゃ風魔法で入り口も気流で塞げるんだが」


 まぁ、使えないのですぐ掘り返せる程度の雪で埋めておく。あの風が入ってきたら休むどころじゃないからな。


 加熱の魔道具で暖かいスープを作ってニーナと分け合う。

雪洞の中では空気穴から風の音が聞こえるくらいで、とても静かだ。

まるで、ここだけ時間の流れがゆっくりになったように感じる。

……だが、そんなことはない。

今もココは苦しんでいるし、死へのタイムリミットは刻一刻と近づいている。


 ……今は休まなきゃいけない。

けど、焦燥感が身を焦がし、どうしても落ち着けない。

慎重に、冷静に、時に大胆に。

この言葉をまるで呪文のようにひたすら心の中で繰り返すが、焦りは消えてくれない。

毛布にくるまっても、目がさえてしまってゴロゴロと寝返りを打つばかりで、全然寝付けない。


 焦りと苛立ちで心がどうにかなってしまいそうな時、ふと隣から声が聞こえた。


「ご主人……眠れないか?」

「……ああ」


 ニーナが、心配げにそう声をかけてきた。


「眠らないと明日に差し支えるぞ」

「わかっちゃいるんだけどな……」

「……仕方ねぇな、ご主人、手ぇ出せ」

「手? まぁいいけど……」


 疑問に思いつつも右手をニーナに差し出す。

するとニーナは、俺の手を大事そうに両手で包み込んだ。

……暖かい。ニーナの温もりが、手を通して伝わってくる。


「……少し、落ち着いただろ?」

「……ああ、そうだな」

「昔……本当にずっと昔、アタシの母親に手を繋いでもらったことがある」


 ニーナは、過去を語りたがらない。

ダークエルフとして迫害されていたのだ、当然だろう。


「なんで手を繋いでくれたのかは覚えてねぇ。母親もアタシのことが嫌いだったはずだし、触るのも嫌がってたはずだ。だけどその時だけは、手を繋いでくれた。……その時の安心感だけは、よく覚えてるんだ」

「だから、手を繋いでくれたのか?」

「ああ、少しは落ち着くんじゃないかってな」


 ……でも、俺のためにこうして語ってくれた。

なら、俺もそれに応えないと嘘だろう。


「……寒い、な」


 ニーナがぽつりと呟く。

毛布から腕だけ出しているのだから当然だ。

……俺は僅かに逡巡した後、体をニーナに寄せた。


「ほら、少しはマシになったろ?」

「ああ、そうだな」


 手を繋ぎ、身を寄せ合って眠る。

まるで恋人同士のようだ。

……ニーナが俺に好意を寄せてくれているのは知ってる。

だけど……俺はそれに応えられない。

少なくとも、ココへの気持ちがはっきりするまでは。

だから……もっとくっつこうとするニーナから、少しだけ、ほんの少しだけ、距離をとる。

これだけで、察しのいいニーナはわかるはずだから。


 だけど、ニーナは更に身体を寄せてきた。


「ニーナ……」

「……ご主人、怒らないで聞いてくれ。あくまでもしもの話だ」

「……ああ」

「もしも、もしも万が一薬草の採取に失敗して…………ココが、死んだとして……ご主人は、どうする?」


 一瞬、かっとなるが、ニーナが冗談やおふざけで言っているわけではないのは顔を見ればわかった。

ニーナは、ココの死を、簡単に考えるようなやつじゃない。そう考えれば、一気に怒りは冷めていった。


「……なんで、そんなことを?」

「良いから、もしも……そうなったとき、ご主人はどうするのか、想像してみてくれ」


 ……言われるがまま、その嫌すぎる想像をしてみる。

ココが死んだら……俺はきっと、絶望して、何もかもが受け入れられなくて……。


「……ココの後を追う、だろ?」


 ……そう、俺はきっと自殺する。

仲間を、大切な女の子を守れなかった自分が許せなくて。何より、ココがいない世界がつらすぎて。


「……なんで」

「ご主人のことだ、そりゃわかるさ」


 ニーナは冗談めかして、しかし真剣な顔でそういった。


「アタシは、ご主人には前を向いててほしい。失敗したときのことなんか考えないでほしい。でも、絶対に失敗しないことなんてない。だから、誰かが失敗したときのことを考えなきゃいけなくて……多分その役目は、アタシが一番適任だと思ってる」

「それは……そう、かもな」


 本来はリーダーの俺がやるべきなのだろうが、俺はどうも楽観的すぎる。

どれほど困難でも、頑張ればなんとかなるとか馬鹿な思考をしている。

今だって、言われるまで失敗したときのことを全く考えてなかった。


「だから、今回失敗したときのことも考えた。今回の失敗ってのは、仲間の命が失われるっていう、最悪の失敗だ。そしてココとアタシのどちらかが欠けても、きっとご主人は後を追っちまう」

「そう……だな……間違いなく、そうなる」


 二人がいない世界で、俺だけ生きていけるはずがない。


「だから、対策を考えたんだ」

「対策?」

「ああ、考えに考えて、これしかないって思った」


 そう言うと、ニーナは俺の上に跨り、服を脱ぎ始めた。


「ちょっ、ニーナ!? 何してんだお前!?」

「うっ……寒いなやっぱ……。何って……子作り」

「はぁっ!?」


 え、なんで俺を自殺させないために子作りすることになんの!?


「だって、ご主人責任感強いだろ? もしもアタシとの間に子供ができたとして、自分の子供を置いて死ねないよな?」

「いや、そりゃ、まぁ、そうだけど……」

「だから子作りすんの、さぁ脱げご主人」

「いや脱がねぇよ! 冗談はやめてさっさと服着ろ!」

「……冗談に、見えるか?」


 そう言って俺の襟元を掴むニーナの手は、震えていた。

そして表情は真剣そのものだ。


「考えたんだよ。いっぱいいっぱい考えたんだ。けど、こんな方法しか思いつかなかった。こんなときに不謹慎だってのはわかってる、ココにもこんなのズルいし悪いって思ってる。けど、アタシは……万が一にもご主人に死んでほしくないんだよ……」

「ニーナ……」

「なぁ、頼むよご主人……アタシを、抱いてくれ」


 ニーナの言葉が、未成熟な身体が、褐色の肌が、俺の男としての本能を刺激してくる。

……いいんじゃないか。

たしかに全部ニーナの言うとおりだ、ここでニーナを抱けば俺はその責任感で自殺できなくなる。

それに本人もいいって言ってるんだ。

日本じゃ絶対にできない、ダークエルフだからこその未成熟な身体を堪能できるのだ。

何をためらうことが――


「――なんて、な」


 俺はそんな、誘惑とすら言えない邪念をさっさと振り払い、迫ってくるニーナの肩を掴んで、引き離す。


「ご主人、なんで……」

「ニーナ、こういうのは好きな人同士ですることだ。そして俺は言葉に出来ないくらいニーナが好きだけど、そういう好きじゃないんだ」


 今ニーナを抱けば、きっと後悔する。

こんな理由で抱いてしまうのは、ニーナにとっても失礼だ。


「それにやるなら俺は、幸せな気分でやりたいな。こんな陰鬱な気分でやっても、きっと辛いだけだ」

「でも、アタシは!」

「それに、俺をつなぎとめるためだけに生むなんて、生まれてきた子供が可愛そうだ。どうせなら、ちゃんと祝福される形で子供を作りたい」

「けど、もしも失敗したら……!」

「失敗しない、俺は絶対にココを救う。そんでもって三人で笑ってハッピーエンドだ。これ以外絶対に認めない」


 不屈の意志を示すように、ニーナの顔を見つめる。

……やがて根負けしたのか、ニーナが顔をそらした。


「……わかったよ。ただし、失敗したら問答無用で襲うからな」

「俺が襲われる側なのか……」


 普通逆じゃないかなぁ……まぁ、ニーナらしいけど。

服を着直すニーナだったが、ふとこちらを見つめた。


「あ、そうだ」

「どうし――むぐっ!?」


 不意に、ニーナが俺の唇を奪った。

ちょっ! 舌、舌入ってる!?

ディープキス、ディープキスなんですか!?


「ぷはっ! 覚悟決めた女に恥かかせたんだ……これくらい、してもいいだろ?」

「はぁ、はぁ……もうお婿に行けない」

「そんときはアタシがもらってやるよ」


 ……ああもう、なんか色んな意味でニーナには敵わないなぁ、と思わせられた。





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