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「まぁ、盗賊狩りっつってもやること殆どないんだけどな」
「ですよねー」
十分な量の一酸化炭素を送り込んでから洞窟に入ってみれば、そこにはうめき声を上げる九人の姿があった。
「うう……頭が……」
「うぉぇええ……」
どいつもこいつも息切れを起こし、吐き気やらめまいやら頭痛やらで苦しんでいる。
おまけに手足もしびれているようで、まともに動けるやつは一人も居ない。
練炭自殺は首吊り自殺に並ぶ楽な自殺って言われてるけど、それはあくまで睡眠薬で意識を飛ばしてるうちに死ぬからであって、意識がある場合は文字通り死ぬほど辛い症状が出る。
なんせ仕組みとしては簡単に言えば酸欠だからな。苦しくないわけがない。
そんな方法を使う俺は……まぁ、非人道的だわな。
「ま、情けをかけるような連中じゃねぇか」
俺たちは風魔法で一酸化炭素を吸わないよう見えないガスマスクをしつつ、盗賊にしては不自然に身なりの良い男に歩み寄る。
「よう、お前がクロードだな」
「貴様……なぜ、私を……」
「遠征に出てた連中が教えてくれたよ。おかげで閻魔様からの沙汰も少しは優しくなるんじゃねぇか?」
まぁ、多少軽くなったからと言って地獄行きは変わらんだろうがな。
……こんな手段をとって、盗賊と言えど人を殺した俺も同じだろうが。
「まぁいいや」
余計な考えは振り払い、クロードとやらの髪を掴んで顔を持ち上げる。
「ココ、ニーナ。他の連中の始末を頼む。俺はコイツから情報を引き出す」
「もう終わったぜ」
「さすが、仕事が速いね」
言う前に終わらせているあたり、さすがニーナと言ったところだ。
「私から……情報を引き出すだと……私に拷問など……通じないぞ……」
「ああ、そういうのいいから。とりあえず眠れ」
瞳に魔力と血液を込めて、クロードと目を合わせる。
その瞬間、クロードの意識は深く沈んでいった。
で。
「まぁ、こんなもんか」
「かはっ……」
引き出せるだけ情報を引き出したあと、俺はクロードの首を紅椿で落とした。
「しかしまぁ、なんというか……」
クロードから聞き出した情報を精査し、一言でまとめるなら……。
「世も末だね」
「否定できないっすね」
「この世が腐ってんのは昔からだよ」
よくもまぁ、人間というのは自分のためにここまで他人を犠牲にできるものだ。
その悪意とガバガバな理性にはある意味尊敬するわ。
「とりあえず村に戻って依頼の達成報告、その後は領主の館を目指すぞ」
「そうっすね。それがいいと思うっす」
「アタシはご主人についていくだけだ」
ホントは寄り道なんかしたくないんだが……盗賊騒ぎを収めるには、領主の力が必要だ。
ああやだやだ、なんで追われている身なのに領主なんて言う権力者の前に顔を出さなきゃならんのか。
これも全部、盗賊騒動の黒幕ってやつの仕業なんだ。
「はぁー……面倒くせぇー」
「まぁまぁ、行かないともっと面倒なことになるっすよ」
「そうなんだよなぁー……はぁー……腹くくるかぁ」
さて、盗賊騒ぎでなぜ俺はずっと避けていた国家権力の中枢に近い領主のもとに行かなければならないのか。
理由は、ここラドーン領の領主ドミニク・ラドーンと、そのお隣さんであるギーラス領、その領主であるジェリク・ギーラスが非常に仲が悪いことにある。
いや、これは個人の問題ではなく、先祖代々、それこそこの場所が帝国に統一される前の小国同士だった頃からの犬猿の仲だそうだ。
その仲の悪さと言ったら、互いに出身を知らないで恋人になった二人が、互いがラドーン領とギーラス領の出身だと知った瞬間殴り合って放送禁止用語に触れる罵倒を繰り返した上で裁判を起こして金を毟れるだけ毟ってから別れるレベルで仲が悪い。
ぶっちゃけ、帝国に統一されてなければ普通に戦争を起こしているだろう。
いや、互いの交易を邪魔したり、常に領の境界線で互いの兵士が睨み合ってるあたり、近々内紛が起きたとしても驚かない。
……とまぁ、ここまで言えばわかるだろう。
盗賊騒ぎは、この内紛寸前の険悪な仲が引き起こした足の引っ張り合いだ。
そりゃ税としてもらわなきゃいけない作物や金を奪われれば、財政が成り立たなくなるからな。
……こんなくだらないことに一般人の財産や、命が犠牲になっているという最悪なことに目を瞑れば、まぁ相手の力を削ぐには有効な手立てだろう。
だが、やってることは犯罪行為ということに変わりはない。
証拠を掴み、然るべき場所で糾弾すれば、逆に相手を引きずり下ろすことも可能だろう。
そんなわけで俺たちはクロードから聞き出した情報をもとに、領主のもとに行く道すがら盗賊との癒着の証拠を集めた。
あ、ちなみにクロードはどうやら転移の魔法陣をつかって盗賊を束ねていたようで、逆に利用させてもらった。おかげで告発されたら一発アウトな証拠が一杯見つかった。
加えて俺たちは二週間かけて更に証拠を集め……うん、致死量の数十倍の証拠が見つかった。
これをさらせば良くて絞首台送り、ひどければ……そうだね、世界の拷問とかのワードで検索するとそれっぽい死に方が出てくるんじゃないかな?
「なんでこうニーナの時といい犯罪に巻き込まれるかな……」
またあのセリフを言うハメになってしまうのか。
……俺もなんか決め台詞作ろうかなぁ。
なんだろう……血溜まりに沈め、とか? いや物騒すぎるわ。
まぁ俺の決め台詞はおいおい考えよう。
もう領主の館の目の前だしな。
「お、ご主人、現実逃避終わった?」
「現実逃避って言わないでくれ……なぁココ、手順は説明したしやっぱり俺抜きってのは……」
「ダメっす。この作戦にはAランク冒険者が二人必要っすから」
「……そうだよなぁ」
「それに、サクヤさんのほうが口がうまいですから。頼りにしてるっすよ」
まぁ、無理なのはわかってましたよ。
……それに、好意を抱いている女の子に頼られてるのだ。少しはやる気が出るというものである。
はぁー……願わくばサクヤ・モチヅキが吸血鬼であるという情報がここまで届いてなければいいのだが。
そんな希望的観測にすがりながらも、俺達はラドーン伯爵との会談に臨むのだった。
「いやはや、まさか噂の新進気鋭のAランク冒険者様が訪ねていらっしゃるとは、光栄ですな」
「いやそんな、我々などまだまだ若輩者、Aランクの末席に名を連ねているだけです」
日が暮れた頃、アポを取っていたこともあって面会はスムーズに進んだ。Aランク冒険者資格様様だね。
なんせ末席とは言え貴族の端くれだ。領主であろうと面会を断るにはそれ相応の理由がいる。
で、この領主様はそんな理由を持ち合わせているはずもなく、また自分の望む情報を持ってきたであろう俺たちを無下にするハズもない。
問題があるとすれば……歓待として夕食に招かれしまったことだろうか。
目の前に広がる贅を凝らした料理を見ると、俺達の盗賊退治の報告に涙を流して喜んでいた村長がささやかながら開いてくれた祝勝会の光景が浮かんでしまう。
いや、理屈ではわかっているのだ。
金をかけた歓待は貴族にとっては軽いマウントの取り合いだ。
どうだ、私はこれだけ金をかけられるんだぞと、暗に自分の力を示しているというわけである。
だが、どちらが心に響いたかと言えば……村での祝勝会だと、俺は思う。
そんな思いもあって、料理には口をつけず、本題に入る。
「それで、この度領主様にお目通り願ったのは、昨今このラドーン領で起こっている大規模な盗賊集団についてです」
「なるほど、やはりそうでしたか。……まったく、彼らには悩まされっぱなしです。税収は減り、このままでは領地の運営もままならなくなってしまいます」
「ええ、心中お察しいたします。それで盗賊連中なのですが……一人のまとめ役を捕らえ、情報を吐かせたところ……どうやらギーラス伯爵が関わっているようで」
「なんと……愚かな男だとは思っていましたが、そこまで腐敗していたとは……」
俺は証拠となる書類を収納袋から取り出し、ラドーン伯爵に見せる。
「証拠はここにあります。ギーラス伯爵が盗賊と癒着していた証拠……」
「おお、情報提供感謝いたします。これで長年の仇敵を――」
「――に、見せかけたあなたと盗賊の癒着の証拠がね」
ラドーン伯爵は、俺の言葉にピシリと固まった。
……そう、今回罪を数えるべきはギーラス伯爵ではない。
目の前の男、ドミニク・ラドーンだ。