1-06
「ふわぁ……」
……眠い。
結局あの後、色々考え込んでしまって寝付けなかった。
……結局、ココとどんな顔して会えばいいのか決まらんかった。
一応対策は考えたし、出たとこ勝負で――
「あ、おはようございますサクヤさん……」
「おう!? お、おお、おはようさん!」
テントからガサゴソと出てきたココを見て、変な声が出た。
いかん、なんかもう顔見ただけで心臓バクバクする。
落ち着け俺、こういう時のために対策を考えたんだろうが。
まずは血管全てに魔力を巡らせて血流を掌握。
そして血液操作で上がりまくった血圧と血流を抑える。
……寝付けないで色々やってたら、体外に出すのでなければある程度血液操作が効くとわかってよかった。
血流を抑えたおかげか、少し冷静さが戻ってくる。
……しかし、そうなると自然と昨日のことを考えてしまって……よしもう一回血液操作いっとこう、そして自然にココと話そう!
「あー、ココも寝不足か?」
「えと……その……はい」
「そ、そうか」
……あかん、気まずい。
どうしよう、どうするのが正解なんだ?
ヘイシリ、キスしかけて気まずい空気の解決法を検索。
……あるわけねぇよなぁ。Go○gle大先生でも解決できんわそんなこと。そもそも俺のリンゴスマホは電源切ってるし電波通じねぇよ異世界なんだから。
……一応、解決策としては、関係をはっきりさせることか。
もうキス寸前まで行ったら恋人同然だろって童貞の俺は思ってしまうのだが、世の中そんなふうに考えるピュアな人間だけではないのも理解している。
そもそもあれは成り行きで……いやでも未遂とはいえキスしかけたわけだしやっぱり俺にも責任はあるのでは……などとぐるぐる思考が回ってしまう。
ああダメだ。昨日のこと考えたらまた血圧上がってきた。はい血液操作。
「さ、サクヤさん?」
「んおっ!? ど、どうした?」
「サクヤさんも……寝不足、なんすね」
「あ、ああ、一睡もできなかった」
「ふ、二人一緒に寝不足なんて奇遇っすねぇ! 何かあったんすかねぇ!?」
こ、こいつ……昨日のことをしれっと流そうとしてやがる!
いいのかお前はそれで!?
「そ、そうだな!! いやぁ偶然って怖いなぁ!!」
だがお前がそのつもりなら全力で乗っからせてもらおう!!
そもそもこの感情が恋愛感情なのかも分かってないまま恋人になるのもどうかと思うしね!
ヘタレと言いたきゃいえばいいさ、俺はこのまま下手に拗れさせてギクシャクする方が嫌だ!!
「あー眠いなーホント眠いなー」
「そうっすねー眠いっすねー」
そんな白々しい会話をしつつ、俺たちはテントから少し離れたところで見張りをしていたニーナの元へ向かった。
「おう、二人とも目覚めたか。今飯作ってるからちょっと待ってろ」
「おー、サンキューニーナ」
見ればニーナが即席のかまどで鍋を火にかけている。
焚き火では昨日仕留めた鹿の肉が焼かれているし、今日は豪華だ。
それだけ山の恵みってのは大きい。
「にしても、これだけ煮炊きして全く悟られないってのもスゲェよなぁ」
「ふふん、あたしの魔法にかかればちょちょいのちょいっすよ」
いや、実際スゲェと思うよ。これだけやっても匂いも音も漏れないんだから。
こんなに便利なら俺も隠蔽魔法覚えたいなぁ。
「ご主人、ご主人。普通の隠蔽魔法はこんなに便利じゃねぇからな?」
「え、そうなの?」
「そうだよ。普通隠蔽魔法って、影とか闇に潜んで見つかりにくくするだけの魔法なんだぞ。匂いや音なんかの痕跡まで隠せるのがおかしいんだよ」
「えー、そんな難しいことじゃないんすけどねぇ」
出たよココの天才発言。
天才はだいたいそういうんだよ。
「仕組みとしてはあれっすよ、普通の隠蔽魔法と同じっす。それを拡大して、テントを中心に範囲を設定して隠蔽してるだけっす」
簡単そうにいうけどそれ絶対難しいやつだろ。
氷雪魔法しか使えない俺でもわかるぞそれくらい。
「でもサクヤさん、最近凍らせることに関しては何でもできるようになってるっすよね?」
「いや、なんでもってほどではないけど……」
まぁ、以前はできなかった水属性で出した水から氷への変化もできるようになったし、その影響で自然に存在する水も凍らせることができるようになった。
もっと言えば氷の形状もイメージできるものならだいたい作れるし、副産物として周囲の温度を下げたり、氷雪波のような寒波で相手を凍らせることもできるようになった。
ただ氷を出すだけだった最初の頃に比べれば格段に進歩したと言えるだろう。
「まぁまぁ、何はともあれご飯にしましょうよ」
「……まぁ、それもそうだな」
腹が減っては戦はできぬ。
今晩が、クロードとやらのやってくる日なのだ。
「で、連中どんな感じなんだ?」
「んー……村に行った奴らが戻ってこないのを不審がってはいるが、クロードが来るとあってアジトを出ようって気配はないな」
ニーナの問いに、魔法で連中の会話を盗聴して答える。
やり方としては、風魔法で奴等の周囲の空気の振動、つまり音を記憶し、その振動を耳元で再現することで音を再生している。
この魔法を俺はセルフボイスレコーダーと名付けた。
記録も再生も手動だからな。
「サクヤさんも人のこと言えないくらい常識はずれな魔法使いますよね」
「……まぁ、確かに」
この魔法、ココに教えてもらった盗聴魔法がもとになっているんだが、その魔法は壁を隔てた先くらいの近い距離でしか使えないものだった。
それを考えれば、目視できるギリギリの距離の盗賊の声が聞けるこの魔法は、確かに常識はずれと言ってもいい。
まぁ、とはいえ俺の種族を考えればこのくらいできてもおかしくないだろう。
「まぁ、とりあえず連中が動かないなら好都合だ。このまま見張ってクロードとやらがきた瞬間に抑える」
「了解っす」
「なぁ、もしも転移なんかの魔法でやってきた場合はどうすんだ?」
「あー……ていうか転移魔法なんてあるの?」
「あるっすよ。とんでもなく複雑で高度な魔法なんで数人がかりで発動させるか、魔法陣を使うのが一般的っすけど。ていうかサクヤさんはその究極である異世界転移でやってきたんじゃないっすか」
そういえばそうだったわ。
しかし、転移でやってくる可能性は考えてなかったなぁ。
下手したら気が付かないうちにやってきて気がつかないうちに帰ってしまって、襲撃のタイミングを逃しかねなかった。
「まぁ、それなら空気の流れで人数を把握して、増えた瞬間に襲撃をかけるとしよう」
「……空気の流れで人数がわかるとか、やっぱご主人も規格外だよ」
うん、我ながらそう思うけど出来てしまうのだから仕方ない。
風魔法は便利だね!
それから俺が風の流れを読んで人数を確認しながら見張りを続けて、ついに日が暮れた。
「ここからはいつクロードが来てもいいように気合入れていくぞ」
「了解っす」
「おう」
……正直、俺は風を読むのに神経を使いすぎてもう疲れ切ってしまったのだが、情けない姿を晒すわけにはいかない。
気合を入れ直し、紅椿の調子を確かめる。
「なぁご主人、クロードが来たら生捕りにして、他の盗賊は全滅させるんだよな?」
「ああ、そうなるな」
クロードからは情報を引き出さねばならん、すぐに殺すわけにはいかない。
「で、どうやってクロードだけを生捕りにするんだ?」
「そこはちゃんと考えてるさ」
まぁ、簡単な理科の実験だ。
「っと、来たな。いきなり一人増えた」
「やっぱ転移魔法を使ってきましたか……サクヤさんが見張ってて正解っすね」
さて、クロードも来たことだし……さぁ、実験を始めようか。
では今回使用するのはこちら。
「炭?」
「そう、炭だ。ココ、着火頼む」
「はいはい。ファイアイグニッション」
ココの手から種火が放たれ、炭に着火する。
……着火剤がいらないのって便利だよなぁ。
まぁそれはともかく、炭を燃やすと何が起こるのかといえば、不完全燃焼だ。
そして不完全燃焼が起こることで発生するのが……一酸化炭素である。
……ここまでいえばわかるだろう。
俺はこの一酸化炭素を使って毒ガス攻撃を仕掛けるつもりだ。
なんせ奴らのアジトは密閉空間である洞窟。入り口を気流で塞いでしまえばいい感じにガスが滞留するだろう。
もちろん一酸化炭素は練炭自殺でもお馴染みの危険なものだ。
中の連中が動けなくなって、なおかつ死なない程度に微調整しなければならない。
そのための感覚は、これまでの風魔法の鍛錬で身につけている。
「よし、一酸化炭素もだいぶ溜まってきたな」
「……ご主人、なんでわかんの?」
「そりゃ、ここに来るまで訓練しまくったからな」
おかげで今では大気中の気体を分別することも可能だ。
直接の戦闘能力が下がった分、こういう小技を鍛えていかないとね。
「さて、準備も完了したところで……盗賊狩りと行きますか」
俺は手の中に滞留させていた一酸化炭素を、ひっそりと洞窟へと送り込んだ。