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「……よくわかったな」


 俺はココの確信に満ちた目を見て、しらばっくれることを諦めた。


「そりゃあそうっすよ。毎回毎回餓死寸前まで血を飲まないし、飲む時も辛そうですし……それに、あたしも経験がありますから」


 そう言うとココは俺の隣に腰掛けた。


「あたしも魔法学校にいる頃、そして退学になった時、冒険者としてうまくいかなかった時期、自分のことが嫌いでした。何やってもうまくいかない。どうして自分はこんなところでもたついているのか、なんで、こんなはずじゃなかった。そんな感情で一杯でした」


 ……ココの心情は、察するに余りある。

なんせ人生の絶頂から現実を叩きつけられて転落したのだ。

そりゃあ情けない自分が嫌になるだろう。


「でも……サクヤさんに出会って、サクヤさんに必要とされて、ようやく今の自分を受け入れられました。だから、その、なんていうか……あたしと同じように悩んでるサクヤさんをほっとけないんすよ」


 そういうココの顔は真剣そのものだ。

全く……俺はいい仲間を持ったものだ。

それに比べて俺は……。


「ほら、また暗い顔してるっすよ。……話してくれませんか? 話すだけでも、少し楽になるものっすよ」

「……そう、だな」


 ……でも、この気持ちを吐き出すのはとても怖い。

話してしまったら、ココも、ニーナも、俺から離れてしまいそうで。

……もしも二人が俺のもとを離れてしまったら……きっと俺は生きていけない。


「サクヤさん、あたしたちはそんなに信用できないっすか?」


 ココの言葉は、俺の心情を的確に見抜いていた。


「そんな、ことは……」

「あたしとサクヤさんは一蓮托生、離れることなんて絶対にあり得ません。サクヤさんが嫌だって言ったってついていきます。だから……少しだけでいいっす。あたしを信じて、話してくれませんか?」


 ……そうだな。

俺たちは一蓮托生。俺が吸血鬼であっても受け入れてくれたのだ。

なら……話すべきなのだろう。


「そうだな……なにから話したものか」


 だから、俺は意を決して口を開いた。


「俺はさ、前にも言ったけど平和な世界……それこそ人殺しなんてニュースとして全国で報道されるくらいには平和な世界からやってきたんだ」


 ……思い返せば、本当に平和な世界だった。

いや、日本が平和だっただけで世界中を見てみれば戦争はあったが……それでも俺にとってそれは遠い国の出来事で、言ってしまえば他人事だった。


「だから、当然俺も人を殺すことに強い抵抗があった。必要に迫られても躊躇ってしまうくらい、人を殺すのが嫌だった」

「……ええ、知ってます。だからこそ、できる限り殺しはしないって決めてたんすもんね」

「ああ……だけど、俺は人を殺した。襲ってきた吸血鬼狩りを、意識が飛んでたとはいえ輪切りにして殺して……あまつさえその死体を食ってしまった」


 思わず、身体が震える。

寒気と吐き気で震える身体を温めるように、俺は自分の肩を抱いた。


「だから、嫌なんすか? 人を殺してしまった自分が、それを食べてしまう吸血鬼としての自分が、嫌いなんすか?」

「…………違う」


 ……そう、違うんだ。

吸血鬼狩りを殺したことも、それを食ってしまったことも、今の嫌悪感の原因ではない。

そう、俺がこんなにも自分を嫌っているのは――


「俺はさ……何も感じなかったんだ。あれほど嫌だった殺人をしても、人間を食べても……なにも、本当に何も感じなかったんだ」


 ――そう、俺は人を殺したというのに、食ってしまったというのに、罪悪感もなにも、全く感じなかった。

……以前、盗賊を殺しまくったからもう殺人になんの感慨も抱かないと言ったが、あれは嘘だ。

最初から、俺は人を殺すことになんの感慨も抱いていなかった。


「殺人への忌避感も、人間を喰らうことへの嫌悪感も、全てただ常識として教えられたから感じてただけで……本当は、何も感じてなかったんだ。……当然だよな。だって俺は吸血鬼、人間は餌でしかないのに……獣が獲物を殺すことに、食うことに抵抗があるはずがなかったんだ」


 ……だから俺は、自分は嫌になった。

吸血鬼という、醜い化け物である自分が、殺したいほど嫌いになった。

血を飲まなきゃ生きていけないことに吐き気がするほど嫌悪感を感じる。人を殺せば殺すほど、自分がいかに人間と違うかを見せつけられてる気分になる。


「結局のところ、俺はあの吸血鬼狩りが言う通り、ただの化け物でしかなかった。人間と共に歩むなんて、夢物語でしかなかった。こんなことなら、いっそあの時殺されてしまえば……」


 そこまで言った瞬間、俺の頬に強い衝撃が走った。

見れば、ココが腕を振り抜いていた。

……引っ叩かれたのか、俺は。


「なんで……そんなこと言うんすか……」


 見れば、引っ叩いたはずのココの方が、涙を浮かべていた。


「なんで、人と一緒に歩めないとか! あの時死んでおけばよかったなんて言うんすか!!」


 ココが、俺の胸ぐらを掴んで押し倒した。


「あたしも、ニーナちゃんも! サクヤさんがサクヤさんだから、サクヤさんに救われたから、あたしたちはサクヤさんについていくんすよ!! それともなんすか、サクヤさんは、あたしたちにしてくれたことも……あたしたちを想ってくれたことも、化け物だから、人と違うから嘘だって言うんすか!?」

「違う……違う!!」


 ココへの、ニーナへの想いは、間違いなく俺の中にある。

偽りの罪悪感とは違う、紛れもない俺自身の感情だ。


「俺は、お前たちが大好きだ! その感情は、紛れもない本物だ!」

「……なら、関係ないっすよ。人間だとか、吸血鬼だとか」


 ココが俺を離して、立ち上がる。


「あたしはサクヤさんが大好きっす。それは、サクヤさんが人じゃなくても、人を食う化け物だったとしても、絶対に変わりません。きっとニーナちゃんも同じ気持ちっすよ」

「……そう、なのかな……?」

「そうっすよ、信じられませんか?」


 そう言うと、ココは身体を俺に寄せてきた。


「あたしはサクヤさんのためなら何でもできます。だから……」


 ココと、至近距離で目が合う。

ココの綺麗な青い瞳が、俺に近づく。

俺もまた、吸い込まれるように近づき、やがて唇が――


「おーいご主人、交代の時間だぞー」


 ニーナの声がして、俺たちはバッと互いに距離をとった。


「……なんだよ、模擬戦でもしてたのか? 訓練もいいけど、寝ないと明日に差し支えるぞ」

「あ、ああ、そうだな。うん、寝る。おやすみ」

「そ、そうっすね。寝ます。おやすみなさい」

「おーう、おやすみー」


 そして俺はテントの中に入り、枕を口に当てて……声にならない声を上げた。


「(うわぁあああああああああああぬあああああああああはぁあああああああああああん!?)」


 なにした!? 何しようとした俺!? 

キス!? キスしようとしたのか!? ココ相手に!?

マジで!? 正気か俺は!?


 いや、そりゃ精神的に参ってる中であんな言葉をかけられたらコロッと落ちてしまいかねないけど!


「……あー、いや、そう、だな。うん」


 ……うん、いい加減自分を偽るのはやめようか。

たしかに、俺は間違いなくココに好意を抱いている。


 いや、だってさぁ、異世界に放り出されて一人ぼっちで心細かった時に仲間になってくれてさ、あまつさえ吸血鬼であることを受け入れてくれたのだ。

いつでも笑顔でまっすぐで頼りになって、極め付けに俺の醜い本性も受け入れてくれた。

これで好意を抱くなって方が無理じゃない?


 ……ただ、その好意が恋愛感情なのかはわからない。

なんせ恋愛未経験だからな、俺。

迫られたらキスしてもいいくらいには好意を抱いているが……自分から積極的に行けるかと聞かれたら困る。

今の関係が心地良すぎるんだよなぁ……そのせいで無理に変えたいと思えないというか。


 ……まぁ、俺の感情はさておいてだ。


「あ、明日からどんな顔してココに会えばいいんだ……」


 俺は悶々としながら、自分のこの感情とどう向き合うべきか悩みづけた。


 ……いつしか、自分に対する嫌悪感も忘れて。







☆☆☆


「……ココ」

「な、なんすかニーナちゃん」

「抜け駆けはなしだかんな」

「な、なんのことやら」

「別にご主人がお前を選ぶならそれでいい。でも、まだアタシだって諦めたくない」

「ニーナちゃん……」

「まぁ、お前を選んだならそれはそれでアタシは愛人でもかまわねぇけど」

「色々台無しっすよ!?」




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