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さて、ではどうやってこの盗賊からアジトの場所を聞き出すのか。
決着が付き、最低限だけ凍らせて拘束している男の視線は反抗的で、とても話が聞けそうにはない。
「……さっさと殺せ。俺は何をされても吐かねぇ」
本人もこういっている。
しかし、問題はない。
こういうときに非常に便利な能力が俺にはある。
そう、催眠の魔眼だ。
吸血鬼の能力は全て封じられた、俺は以前そう言ったが、正確には間違いである。
どうやらこの封印術は俺の心臓に刻印を施し、その刻印の力で持って血液から吸血鬼の特異性を薄め、結果として吸血鬼の能力が使えなくなっているという仕組みらしい。
そう、あくまで薄くなっているだけなのだ。
だから以前ほどの速度ではないとはいえ傷は再生するし、ものすごく頑張れば止血程度なら血液操作も使える。
そして、もともと血液をほとんど使わない魔眼は、少々発動に時間がかかる程度で問題なく使える。
そんなわけで俺は男の髪を掴んでその頭を持ち上げ、強引に目を合わせる。
「俺が三つ数えて指を鳴らすと、お前は意識が深く深く沈んでいく」
「なにを……」
「一つ、二つ、三つ!」
パチンと指を鳴らせば、男の全身は脱力して催眠状態に入った。
「さて、お前には俺の言葉が心地よく聞こえてくる。信頼する親友のように……すべてを打ち明けたくなる。さぁ、俺の質問に答えろ」
「はい……」
「お前たちのアジトはどこだ?」
「ここから南の山中の……洞窟……です……」
ふむ、山中の洞窟か、アジトにはうってつけだな。
もうちょい探ってみよう。
「構成員は何人だ?」
「……十……三人……です」
十三人か。今始末したのがコイツ含めて五人だから……残りは八人だな。
「お前らのまとめ役は誰だ? どこにいる?」
「本名は……わかりません……ただ……クロードと名乗って……います……。どこにいるかは……わかりません……突然現れて……金と引き換えに食料と……嗜好品……装備を置いて……行きます」
「そのクロードってのは何者だ?」
「わかりません……ただ、我々ラドーン領を根城にする盗賊を……取りまとめています……」
……ふむ、そのクロードとやらがこの盗賊の元締めか。
一体何者だ……? なぜ盗賊を取りまとめて支援をしている……?
「次にクロードが来るのはいつだ?」
「満月の晩……三日後……です」
三日後か、その日にアジトで待ち伏せすれば捕まえられるだろうな。
「よし、もういいぞ。眠れ……永遠にな」
「かひゅっ……」
紅椿を抜いて切れ味増幅の効果を発動し、男の首を刎ねた。
……どうせ騎士団に突き出しても同じ話を拷問にかけられながら吐かされて、その上で処刑されるのだ。
こうして今殺してやるほうが慈悲ってやつだろう。
「さ、さすがですな……」
安全のため引っ込んでもらっていた村長さんがやや引き気味にそういう。
ああ、うん、まぁ一般人からしたら無慈悲よね。催眠状態に入った時点で降伏状態なわけだし。
「……こいつから得た情報をもとにアジトに奇襲を仕掛けて盗賊を討伐します。ついでに元締めのクロードとやらを捕まえられたら御の字ですね」
「わかりました。我々に協力できることがありましたらなんでもお申し付けください」
「ありがとうございます。ではこの周辺の地図を……」
そうして、俺たちは必要な情報を村長から集めていく。
どうも盗賊が言っていた山というのはここから徒歩で南に三日ほど進んだ先にあるらしい。
「サクヤさんどうするんすか? 三日もかかるんじゃクロードとやらが来るのに間に合わないっすよ?」
「それ以前に、この連中が戻らないのを不審がってアジトを放棄することもありうる。どうすんだご主人?」
「それはもちろん織り込み済みだ。奴らが乗ってきたものを使う」
「乗ってきたものって……ああ、あの馬っすか?」
そう、連中は馬に乗ってやってきた。
だったらその馬を使ってやれば、歩くよりずっと早く奴らのアジトまでいける。
同じ馬を使うから、始末した連中が帰るのとほぼ同じ時間で……いや、強奪した荷物がない分もっと早く辿り着ける。
そうなれば、奴らが戻らないことを怪しんで逃げられることもない。
「問題があるとすれば……俺が馬に乗れるかってことくらいか」
「あー……一応馬車は大丈夫でしたけどねぇ……」
今の俺は限りなく人間に近いとはいえ、吸血鬼であることには変わりない。
吸血鬼要素が薄まってるおかげで近づくだけなら馬も暴れないが……乗るとなるとどうなるかわからない。
「ふーむ……でもまぁ、この馬たちかなりしっかり調教されてて大人しいし、いけんじゃねぇか?」
「そうっすね、見たところ騎兵用の馬みたいですし、多分サクヤさんが乗っても暴れることはないんじゃないっすかね」
「ううむ……まぁ、試してみないことにはわからんか。とりあえずここじゃ危ないから村の外で乗ってみよう」
で。
「な、情けねぇ……」
「しょうがないじゃないっすか、サクヤさん乗馬下手くそなんすから」
結果から言えば、俺は馬に乗ることはできた。
が、俺の乗馬の腕が下手くそすぎて手綱を引いてもらわなければまともに歩かせることもできなかった。
思えば帝都で乗った黒○号みたいな馬も、アイツ自身が俺の意思を汲んで歩いてくれていた節があった。
あれは死闘を経ての相互理解によるものなので、殴り合っていないこの馬たちと分かり合えるはずもなく。
結果、俺はココの後ろに乗るという非常に情けない姿を晒すことで決定した。
せめて逆だったら格好ついたんだが……乗れない以上実利を取るためにはこれしかない。
ニーナの後ろの乗るという案もあったが、ニーナの場合体格が小さすぎて安定して乗れなかった。
「じゃあ実際に走らせてみるっすよ。しっかり掴まっててくださいね」
「おう」
俺はココの声に応え、その腰に手を回した。
「……サクヤさん? なんか熱いっすけど熱でもありますか?」
「いや!? ないよ!? 超元気だよ!?」
「そ、そうっすか。ならいいんすけど」
……やばい。ココの腰マジで細っそい。
なのに柔らかいし馬の動きに合わせて靡く髪からはいい匂いがするし……なによりも、腕の上部に僅かに感じる、胸の膨らみよ。
やばい、この柔らかさはやばい。
俺貧乳派なのに鞍替えしそうになる。
落ち着け俺、心頭滅却、煩悩退散。
そもそもこんなこと考えてる場合じゃないんだよ、これだから男の本能って奴は……。
「サクヤさん? なんで微妙に腰引いてんすか?」
「気にするな。今最適なポジションを探しているんだ」
……なんで腰引いてるかは察して。
これから盗賊を皆殺しに行くっていうのにほんとに俺の下半身はもう……。
……とりあえず、この世界で見てきたグロいものを思い出すことで下半身の制御に成功した。
……こんなことでココと気まずくなりたくないから本当によかった。




