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4-13

 冷静に考えれば、現在のサクヤさんの体表が血液であるヒントはあった。

それは紅椿が効いたことだ。

私の魔法では傷一つつかなかったのに、紅椿を使ったらあっさりと斬ることができた。

これはつまり、紅椿がサクヤさんの血液由来のため、防御の血液をすり抜けてしまったのだろう。

魔法でも、同属性の魔法で防御すると似たようなことが起こる。

なんにせよ、現在のサクヤさんに紅椿は非常に有効で。


「はぁあああああああ!!」

「グオオオオオオオオ!!」


 今のサクヤさんどころか、普段のサクヤさんにも劣る身体能力しかない私でも、なんとか食らいつくことができていた。

なんといっても、普段のサクヤさんなら無視するだろう些細な傷でも苦しんで動きを止めてくれるのがありがたい。

これのおかげで数秒だが休むことができて、今までスタミナを切らさずに動けている。


 とはいえ、そろそろ限界が近い。

そもそも私は後衛職、獣人という種族のおかげで前衛並みに動けているが、基礎体力がまるで足りていない。


 私は近いうちに動けなくなる……それまでに、なんとしてでもサクヤさんをこの獣の鎧から奪い返さなければ。


「いい加減……目を覚ますっすよ!!」


 いっても無駄なのはわかっているが、言わずにはいられない。

サクヤさんの意識は完全にこの獣に乗っ取られてしまっている。

私がなんとかしない限り、サクヤさんは帰ってこない。


「戻ってください……いつものサクヤさんに戻って、またみんなで笑いましょうよ……!」

「グルオァ!!」

「くうっ……!!」


 わかっていても、言葉が止まらない。

どうして、こんな……!


「お願いですサクヤさん……あたしに、これ以上あなたを斬らせないでください!!」

「グオオオオオオオオ!!」


 懇願にも似た叫びとともに、私はサクヤさんへ剣を振る。

その剣は獣を切り裂き……一瞬、サクヤさんの顔が見えた。


「サクヤさん!!」


 俯き、意識をなくしているサクヤさんに手を伸ばす……が、届かない。

一瞬で傷は閉じてしまい、サクヤさんの姿が消えてしまう。


「このっ……もう一回!!」


 ああ、でも……斬りたくない。

それに、深く斬りすぎてサクヤさんの身体を傷つけてしまったら。

そんな考えが浮かんでは消えて、太刀筋が鈍る。

チャンスができても浅くしか斬れず、サクヤさんの姿は見えない。


 ……諦めない、絶対に諦めない。


「諦めて……たまるかぁああああああああ!!」

「グルォ!?」


 紅椿が、獣の肩から脇腹までをまっすぐ袈裟懸けに切り裂く。

再び、サクヤさんの姿が見えた。


「サクヤさん、お願いっす、帰ってきてください!!」


 必死でサクヤさんに手を伸ばす。

そして、その顔に触れ――次の瞬間、傷口がまるで口のようにガチンと閉じた。


「あぐっ……!」


 まずい、いまので指が三本ほど持っていかれた。

まだ丸薬の効果は効いていて、再生が始まっているけど……ダメだ。指の足りない手では剣が振れない。


「あたしじゃあ、ダメなんすか……?」


 体力ももう限界で、私の足から力が抜ける。


 私じゃあ、サクヤさんを助けられない……。

……思えば、いつだって私はサクヤさんに助けられてばかり。

そんな私がサクヤさんを助けようだなんて、思い上がりだったのかな。


「アオオオオオオオオオオオオオオン!!」


 勝利に酔うように、サクヤさんだった獣は遠吠えを上げる。

そして、その爪が私に向けて振るわれ――


「諦めんな!!」


 ――その背後から、小さな影が、獣の首を掻き切った。


「ニーナちゃん!? ど、どうやって!?」

「へへっ……ご主人に念の為にって血液操作で作ったナイフを持たされててさ……固定化して切り離したから自分がどうなっても使えるってさ。……ああ、おかげでこんな場面でもちゃんと使えた」


 ニーナちゃんの手には、たしかに見慣れた血液剣を小さくしたようなナイフがあった。

そうか、血液剣もまたサクヤさんの血液で作られたもの、血毛皮の防御を抜くことができる。


「ココ、アタシじゃこれが精一杯だ、お前が決めろ!」

「でも、あたしじゃ……」

「馬鹿かお前は! お前が一番ご主人を見てきて、ご主人と戦ってきたんだろうが!! お前以外誰がいるんだ!!」

「……あたしが、サクヤさんを」


 ……そうだ、最初にこの世界でサクヤさんの仲間になったのは、私だ。

そう、あの吸血鬼狩りにも言ったじゃないか。

この世界で一番、私がサクヤさんをよく知っている。

なら、やれるはずだ。


 首を裂かれてもがき苦しむ獣を見つめながら、立ち上がる。


「……紅椿、あなたのご主人さまを救います。手を貸してください」


 ……私の言葉に答えるように、紅椿が輝く。

私は祈るような気持ちを込めて、紅椿を突きの体勢で構える。


 ……狙うは、心臓。

サクヤさんが教えてくれた、吸血鬼の弱点。

心臓を破壊すれば、心臓が再生されるまで吸血鬼としての能力を一時的に失う。

……その一時で、サクヤさんの暴走が収まる……かもしれない。

……確証はない。けど、やるしかない。


「……行きます!!」

「やれ、ココ!!」

「ゴガガアアアアア!!」


 血に溺れるような獣の声を置き去りにして、私は駆け出す。

まっすぐ、胸の中央からやや左。

そこへ――紅椿が、吸い込まれるように突き刺さった。


 瞬間、凄まじいまでの魔力が溢れ出す。


「――――――――――!!」


 声にならない獣の叫びを遠くに感じながら、私は強すぎる魔力の奔流に、視界がホワイトアウトした。










「……ここは?」


 気がつけば、私は見知らぬ部屋に居た。

やけに散らかってて、まるでおもちゃ箱をひっくり返した子供部屋のよう。

よくわからないものが一杯転がっていて……それでいていくつかは棚に大切に保管されている。

そんななんだかアンバランスな部屋を、徐々に赤黒いものが侵食している。


「サクヤさん……!?」


 そんな部屋の中央、大きな窓のようなものの前に、サクヤさんは居た。

鎖でがんじがらめにされており、意識を失っている。


「いったい、どうなって……!?」


 ふと、窓のようなものが視界にはいった。

そこに映し出されていたのは、紅椿を突き立てる私の姿。

これは……まさか、あの獣の視点?


「まさか、これ……サクヤさんの精神世界?」


 ……そう考えれば、納得できる。

この窓はサクヤさんの視界で、鎖で縛られているのがサクヤさんの意識。

そして部屋を侵食しているのが、獣の意識だ。

このまま部屋を乗っ取られて、サクヤさんが殺されてしまえば、サクヤさんの体は完全に獣のものになってしまうのだろう。


「そんなこと、させないっすよ!」


 幸い、紅椿はこの世界にも持ってこれた。

これでサクヤさんを縛る鎖を断ち切る。

……私に鉄を斬る技術などないが、紅椿が任せろと言わんばかりに輝いている。

そのまま、剣の意思に導かれるように振るえば、鎖はまるでバターのように断ち切られた。

そして、鎖によって支えられていたサクヤさんが床に倒れ込む。


「サクヤさん、起きてくださいサクヤさん!」

「う……んぅ……あれ……ココ……?」


 よかった、気がついた。


「ていうか、ここ……俺の部屋? なんで、ココが俺の部屋に……?」

「詳しいことは後で説明するっすよ。さぁ、帰りましょう」

「帰る……そうだな、帰らないと。きっとニーナも待ってる」

「ええ、帰りましょう、一緒に」

「ああ……」


 私が差し出した手を、サクヤさんが握り返す。

――その瞬間、再び私の視界はホワイトアウトした。









「はっ……! サクヤさん!?」


 気がつけば、獣は突き立てられた紅椿を中心に血毛皮が溶け出しており、そこからサクヤさんの手が出ていた。


「サクヤさん!!」


 その手を、しっかりと掴む。

もう、絶対に離さない。腕がちぎれても、この手を掴み続ける!


「……帰るんだ」


 手を取った瞬間、声が聞こえた。


「ココと、ニーナのところへ、帰るんだ……」


 それは紛れもなく、サクヤさんの声だ。


「帰るんだ……だから、お前は邪魔だ……さっさと引っ込めぇえええええええええ!!」


 裂帛の気合とともに、サクヤさんの叫びが響く。

その瞬間、溶け出していた獣は完全に液体となり、地面にぶちまけられた。

……あとに残ったのは、サクヤさんと、その手を繋ぐ私。そして少し離れたところにニーナちゃん。


「はぁ……はぁ……ありがとな、ココ」

「……はぁー。ホントに大変だったんすからね」

「ああ、悪い……本当に助かった」

「いいっすよ、仲間っすからね」

「ああ……俺たちは……仲間……」


 そうして、すべての力を使い果たしたのか、サクヤさんは倒れてしまった。


「サクヤさん!?」

「ココ、ご主人は!?」

「さ、さっきまで意識があったんすけど倒れちゃって……や、やっぱり心臓貫いたのはまずかったんじゃ……」

「……いや、胸の傷は再生してる。呼吸も正常だし、脈拍も問題ない。……力を使い果たして眠ってるだけだなこりゃ」

「……っはぁー……脅かさないでくださいよもう……」


 思わず尻もちをつきながら、そう言ってしまう。

けど、まぁ……仕方ないよね。あんなに大暴れしたんだから。

ホントに、一時はどうなることかと……。


「本当に、よかった……ゆっくり、休んでくださいね」


 サクヤさんの髪をなでながら、私はそう言って倒れ込んだ。


「ちょっ、ココまで倒れんなー!!」





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