4-12
「ココッ!」
「ニーナちゃん、大丈夫なんすか!?」
「体はほぼ無傷だが、魔力がもうなんとか動ける程度にしか残ってねぇ。……けど、そうも言ってらんねぇだろ」
私は遠吠えの響いた場所へ向かう中、ニーナちゃんと合流した。
「さっきの遠吠えに、このご主人の魔力の濃さ……何が起きてんだ?」
「わかりません。けど、サクヤさんに異常事態が起こってるのは間違いないっす」
そう、異常なのだ。
いくら吸血鬼とはいえ、これほどの濃度の魔力が広範囲に広がることなどありえない。
「また、例の真名開放ってやつか……?」
「いや、それにしても魔力が濃すぎるっす。急ぎましょうニーナちゃん」
私達は遠吠えの音源……そして魔力がもっとも濃い場所へ向かい……それを見た。
「なっ……」
「なん……すか、あれ……」
「グルルル……」
そこに居たのは、二足歩行の漆黒の獣。
見た目はワーウルフに似ているが、三メートル近い大きさで全く違う。
そんな獣は、その鋭い爪でバラバラになった死体から衣服を剥ぎ取り、捕食していた。
剥ぎ取られている衣服は……白装束、つまり、食われているのは吸血鬼狩りだ。
「……そんな、まさか。……うっ」
別に、人の死体やそれを貪る獣に吐き気を覚えたりはしない。
私だって冒険者。そういう光景は何度か見てきた。
だけど……ああ、だけど。
「……サクヤさん、なんすか?」
仲間が、人を食う様に、嫌悪感を覚えないはずがない。
「……ココ、マジなのか?」
「魔力の気配……それに、あの服が……」
獣はもう殆ど服が破れ、ボロ布になっていた。
だが、比較的原型を留めているズボン、そして腰に吊り下げられた紅椿の鞘……間違いなく、サクヤさんのものだ。
「マジ、かよ……」
「なんで……どうしちゃったんすかサクヤさん!!」
「グル……?」
私の声に反応して、サクヤさんがこちらを向く。
狼のような顔に、口からは鮮血を滴らせ……その真っ赤な瞳には、理性が感じられなかった。
「ガルルル…………アォォオオオオオオオオオオオン!!」
「速っ……!?」
「ちぃっ!!」
その巨体からは想像もつかないほどの速度で、私に向けてその鋭い爪が振われ……間一髪のところでニーナちゃんのガードが間に合った。
だが……。
「がっ……ああっ!?」
「うぐっ……!?」
「ウガァァアアアアア!!」
サクヤさんの一撃はニーナちゃんのナイフを軽くへし折り、ニーナちゃんと私を吹き飛ばした。
「つう……」
「ニーナちゃん!?」
痛みを堪えながら、ニーナちゃんを確認する。
「だい、じょうぶ……それより、ご主人が……」
「えっ……あっ!?」
ニーナちゃんの声に振り返れば、サクヤさんが再びあの反則じみた速度で迫ってくる。
どうする、ワイバーンの牙で作られたナイフですら軽くへし折るあの攻撃を、どう対処すればいい?
そもそも、対処できたとしてどうする? どうやったらサクヤさんを元に戻せるかもわからないのに。
「ココ……怯むな。ご主人に仲間殺しをさせる気か……?」
……そうだ。少なくとも今は立ち向かわなければならない。
サクヤさんに、私たちを殺させるわけにはいかない。
あの繊細なサクヤさんのことだ。仲間殺しなんかしたら自殺しかねない。
「他の誰に殺されるとしても……あなたにだけは、殺されるわけにはいかないっすよ……ファイアジャベリン!!」
「グル……」
いつも使っているフレイムの一個下の階級、ファイアの魔法を放つ。
だが……手加減したことを差し引いても、サクヤさんの毛皮には焦げ目ひとつつかず、まるで痛痒を感じていないようだった。
「くっ……フレイムジャベリン!!」
……この硬さなら、少なくとも死なないはず。
そもそもサクヤさんは吸血鬼なんだから普通の方法じゃ死なない。
そう考え、手加減をやめていつもの魔法を、サクヤさんの頭にぶち込む。
「グルルル……ガァアアアアアアア!!」
「ぐうっ……ああああ!!」
しかし、それでも僅かな足止めにしかならず、サクヤさんは爪を振るってきた。
直感に従って一歩後退していなかったら、八つ裂きにされていた。
なんせ腕を振るう風圧で吹っ飛ばされるのだ。直撃したら間違いなく死ぬ。
けど、ビビっちゃいられない。
「まだまだ……ん?」
立ち上がり、杖を構え……そこで、サクヤさんの紅椿が近くに落ちていることに気づいた。
……少なくとも、強化したとはいえ木製の杖よりは防御に適しているはず。
そう判断し、剣を拾い上げたところで……サクヤさんが再び爪を振りかぶった。
「強化魔法全開!! うおらぁ!!」
「ガルルルルァ!!」
サクヤさんの爪と、私が振るう紅椿がぶつかり合う。
バチバチと火花を散らせながら拮抗し……そして、紅椿がサクヤさんの爪を切り落とした。
「えっ……マジっすか?」
「ガァアアアアアアア!!」
驚く私と、爪を落とされただけなのにやたらと苦しそうなサクヤさんの声。
いや……いくらなんでもおかしい。
たしかに強化魔法を全開でかけたとはいえ、今のサクヤさんの膂力に敵うはずがなかった。
だから勢いに任せて後ろに飛ぶ準備をしていたのに……まるでバターでも切り裂くように紅椿はサクヤさんの爪を切り落とした。
それに気になるのは、サクヤさんの苦しみ方だ。
爪を切られただけであんなに苦悶の声をあげるのはおかしい。
見れば……爪の断面から、赤黒い血液がぼたぼたと垂れている。
「グルゥ……オオオオオオオオオオオオオン!!」
「くうっ……この遠吠え、キッツイんすよねぇ……!」
耳を畳んで塞ぎながら、私はそれを見た。
遠吠えと同時に、滴っていた血液が形状を変え、爪になって再生するのを。
「やっぱこのくらいは再生するとして……なんで、爪から血が出たんすか……?」
最近のサクヤさんはどこからともなく血液を出すが、よく見ればそれは爪で傷を作っていたり、ちゃんと理にかなった方法で出血している。
ならば、血管の通っていない爪から出血するのはおかしい。
「確かめる必要がありそうっすね」
当たれば即死間違いなしな爪攻撃を避けつつ、私は紅椿を振りかぶる。
ぐうっ……重いんですよこの剣!!
そんな苛立ちに任せ、私はサクヤさんの腕を浅く、それこそ毛皮しか切れないように浅く斬りつけた。
「ガオオオオオオオ!」
やはり、浅い傷だというのに苦悶の声をあげる。
加えて、傷口からはドバドバと出血していた。
「今度はこっち!!」
「ゴアアアアアア!?」
呻いている隙に、サクヤさんの反対の腕を、今度は深く斬りつける。
「すみませんサクヤさん……無事終わったら、甘いもの奢るっすよ」
そう言いながら私は傷口に剣を差し込み、傷を抉るように開いた。
「ギャオオオオオオオオオオオオオ!!」
「うぐぅ……鼓膜破れそう……でも、ようやく理解したっすよ」
サクヤさんの腕を切り開いた先には、いつものサクヤさんの腕があった。
……つまりこの姿は吸血鬼の変身能力によるものではなく、血液操作によって作り上げたこの獣の姿を、鎧のように纏っているのだ。
ならば、この獣のガワからサクヤさんを引っ張り出せれば、元に戻せるかもしれない。
「凌遅刑っていうんでしたっけこういうの……少しずつ肉を削いで殺す処刑……ああやりたくないなぁ」
サクヤさんを苦しめたくない。
だけど、今はサクヤさんが纏う獣の肉体を削る他ない。
「……覚悟完了、行くっすよサクヤさん!」
「グオオオオオオオオ!!」
先ほど以上の殺意を漲らせたサクヤさんを前に、私は一歩踏み出した。




