4-09
少し時は戻って、ココとギーガが戦い始めた頃。
夜闇の中で、もう一つの戦いが始まっていた。
夜闇を駆ける中、光るものを見つけ、アタシは地を蹴った。
見つけたのは極細のワイヤー、触れてしまえば足が切れ、さらに矢か刃物が飛んできたことだろう。
……これでもう六回目。
この辺り一帯は、こんな感じのトラップが山のように仕掛けられている。
どうやらアタシは自分の意志で走っていたようで、ここに追い込まれてしまったらしい。
とはいえ、問題はない。
こうして回避できているし、次のトラップも大体読めている。
アタシは暗殺者で、相手も暗殺者。
互いの思考は手にとるようにわかる。
そう、こうして跳躍して回避した場合、ちょうど首の位置にあるワイヤーなど、アタシには丸わかりだ。
「ふっ……!!」
魔力をワイバーンの牙でできたナイフに込め、ワイヤーを切断。
すると、デカイ丸太がアタシを潰そうと襲ってくる。
丸太が迫った一瞬、アタシは空中で姿勢を制御して下を向き、丸太を蹴って着地。
再度跳躍、飛んできたナイフを躱す。
「……よく動くガキだ。さっきまで倒れてたというのに」
「……ようやく姿を見せやがったか」
ここでトラップが弾切れたのだろう、仕掛けた張本人である白装束の男が出てきた。
「これが最後だ、引け。俺はゴレイヌの旦那やギーガのように優しくはない、これ以上やり合うってんなら、女子供だろうが殺す」
「上等、アタシもご主人やココみてぇに甘くねぇ。ご主人を傷つけるなら、容赦なくぶっ殺す」
……アタシらのパーティで汚れ役をやるなら、それはアタシであるべきだ。
ご主人は優しすぎるし、ココもあれでいて繊細だ。
その点アタシは、もう何度も殺しを経験している。
二人に人殺しをさせるわけには行かねぇ。さっさとコイツを殺して、早く戻ってココと戦ってるやつもアタシが殺さないと。
全部、アタシが殺して、二人を守る。
それが、アタシを拾い上げてくれた二人への恩義だ。
「わからんな、なぜそこまであの吸血鬼に執着する? 所詮人間の血を吸う化け物だぞ」
「ご主人が何者かなんて関係ねぇ。アタシはご主人に救われた、命を張る理由なんざそれだけで十分だ」
「……ならばお前もろとも殺すまでだ」
奴が斬りかかってくる。
得物は刀身まで真っ黒な、漆黒のナイフ。
なるほど、普通なら夜闇に紛れて見失い、そのままスパッとやられるだろう。
だが、常に闇に潜み続けたアタシをなめてもらっちゃ困る。
「……受け止めた?」
「腕の向き、手首の動き、風切り音……たとえ目隠しされてようが、その程度の腕じゃアタシを斬れねぇよ」
「言ったなガキが」
連続して振るわれるナイフを、的確に捌いていく。
先程あげた要素もそうだが……闇魔法を習得したときから、アタシは暗視能力を得ている。
目に魔力を込めるだけで、どんなに暗い場所も昼間のように明るく見える。
たとえ夜の闇に紛れさせようとも、アタシにはくっきりとそのナイフの軌跡が見えているのだ。
まぁ、自分から手の内を明かすような馬鹿な真似はしないが。
迫るナイフを弾き、今度はこちらが攻勢に打って出る。
「……なるほど、たしかにやるな」
「テメェが甘いのさ、そらそこだ!」
「だが、殺気に溢れ過ぎだ。攻撃の意図がバレバレだ」
ああ、そうだろうな。そういうふうに仕向けた。
攻撃をさばける。そう確信した瞬間、アタシは隠蔽魔法を発動。
「むっ――!?」
隠蔽魔法はあくまで姿を隠すだけ、気配や殺気と言ったものは消せない。
なら、これを使い続け、生き残り続けたアタシが、それらを隠せないわけがない。
アタシはこれに『無心』と名付けた。その名の通り、心を無にして一切の気配を断つ技法だ。
アタシは姿と気配を隠したまま背後に回り込み、隠蔽魔法を解除。
「そこか!!」
「甘い」
奴はすぐさま察知し、こちらに振り向きナイフを振るう。
だがアタシは、それと同時に再度無心と隠蔽魔法を発動、最初の位置――つまり現在奴の背後となっている位置に戻り、魔法を解除。
「ぐっ……はっ……!?」
「どうやら、読み合いではアタシの勝ちだな」
背中から心臓へ向けてナイフを突き立て、ニヤリと笑ってみせる。
骨の隙間を縫って、心臓に到達した感覚が――ない……!?
見れば、奴の身体はやつと同じ服を着た、丸太になっていた。
「変わり身、というやつだ」
背後で膨れ上がった殺気に、アタシはすぐさま横へ飛び……ナイフが抜けねぇ!?
やむなくナイフを捨てるが、判断が遅かった。
「がっ……クソッ!」
致命傷に至るほどではないが、背中が斬られる。
痛みは無心で忘れ、すぐさま背後に斬りかかるが、奴は夜闇に溶け込んで消えてしまった。
「……隠蔽魔法が使えるのが自分だけだと思ったか? この程度の魔法、暗殺者にとっては必須のものだ」
奴の声が響くが、反響しているかのようにあちこちから響き、場所を特定できない。
……まずいな、アタシの手札に傷を癒やすすべはない。
いや、あるにはある。
奥歯に仕込んだ丸薬、これを飲み込めばご主人と同等の再生能力が得られる。
だが、これはご主人からはできる限り使うなと言われている。
なら使わない。本当に死にそうなその時まで、絶対に使わない。
なぜなら、ご主人の言いつけはアタシにとって絶対だからだ。
「終わりだ、愚かなガキよ」
奴が、ナイフを振り上げる。
……ご主人は、アタシがここまで忠誠心を持ってるなんて気づいてないだろうな。
だけど、あんな風に助けられて、救われてしまったら、心からの忠誠を誓っても仕方ないだろう?
ご主人の奴隷になれと言われたとき、アタシは心の底から嬉しかった。
ご主人を助けられる、ご主人のそばに居られる、ご主人に使っていただける。
……まぁ、あのご主人だ。そんな風に思ってると知られたら逆に苦痛だろうからおくびにも出さなかったが。
アタシは、ご主人がやれといえば何でもやる。
人殺しも、犯罪も、夜の相手も……いやこれはアタシの願望だな。
逆に、やるな、耐えろと言われたらなんだって我慢できる。
たとえ魔法の的役だって、よろこんでこなしてみせよう。
だから……アタシはここでコイツを殺す。
ご主人の敵はすべてアタシが殺す。
殺して殺して殺して……きれいなご主人を守り抜く。
ご主人を殺させないし、ご主人に殺させない。
手を汚すのはアタシだけでいい。
「だから……この程度で足を止めるわけには行かねぇんだよ!!」
「……なに?」
その瞬間、奴からしたらアタシが消えたように見えただろう。
「だから、読み合いはアタシの勝ちだって言っただろ」
「がっ……!?」
「隠蔽魔法を使ってくるのは読めていた。テメェの魔力の気配から、使えるのはわかっていた」
奴の後ろから、アタシは声をかける。
今度こそ、捕らえた。
「なぜ、消えた……!? 気配も、魔力も、なにも……」
「そりゃ、アタシはここから一切動いてねぇからな」
……闇と光の複合属性、幻影魔法。
要は幻を見せる魔法だ。
つまるところ……アタシは最初の斬り合いから一歩も動いていなかった。
隠蔽魔法を使ったのも、背後に回り込んだと見せかけて背後に回り込んだのも、変わり身とやらにナイフを突き立てたのも、背中を斬られたのも。
すべてが幻だ。
……事情を知る人間はなぜ、アタシがこれを使えるのか。アタシには闇魔法しか使えないんじゃなかったのかと思うかもしれない。
たしかにアタシは光魔法の適性がない。
だが、人間死ぬ気で頑張ればできないことはそんなにない。
つまりアタシは、ココに死にそうになるほど修行を付けてもらった。
光属性だったのは、幻影魔法がアタシの戦い方にマッチしていたからだ。
そうして陰ながら努力に努力を重ね……ギリギリ昨日習得できた。
「正直、うまくいくかは賭けだったんだが……アタシの勝ちだ」
「ぐっ……おおおお……」
奴の心臓をえぐるように貫き、絶命させた。
「ふう……さて、ココと合流してご主人のところに行かないと……!?」
その瞬間、濃密な魔力が空間を満たした。
「この魔力、ご主人……!?」
「アォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!」
そして、狼のような遠吠えが響き渡った。