4-07
「――『真名開放』!!
真名開放は、封印された純血の吸血鬼としての力を開放するものだ。
「……なるほど、アレですか。確かにこの状況を打開するには最適かもしれませんが……今度こそ飲まれるかもしれませんよ?
「我が身は夜、無限に広がる漆黒の闇」
ゴレイヌの言葉を無視して、詠唱を続ける。
……奴の言う通り、開放すると同時に強すぎる力とともに吸血鬼の本能が目覚め、人格を汚染していく。
「我が魂は月、満ちては欠ける神秘の光」
この前の俺は、その力と本能に飲まれて頭がパーになってしまった。
「すなわち我は、闇と光が織りなす暗き空」
だからこそ、今度こそ制御し、俺は吸血鬼の本能に負けないと証明してみせる。
「故に我が名は――『夜天統べる月の王』なり!!」
……その瞬間、世界が一変した。
「……ククク……クハハハアハアアア!! やっぱ最高だなぁこの力!! 本能? 理性? どうでもいいわそんなもん!!」
「……やはり飲まれましたか。吸血鬼とは所詮その程度の存在ということ」
「クカカカ! そのデカイ口、叩けないようにしてやるよ!! さぁ、行くぜ行くぜい――んがっ!?」
まさに斬りかかろうとしたその瞬間。
……俺の頭に、金ダライが落ちてきた。
ガコォン!! といい音を立てて、俺の脳天に直撃する。
「いっつ……うああっ!?」
そして、そのタライは血液となり、俺の中に入ってくる。
血液は血管を巡って脳へといたり…………。
「……っはぁー……無事戻れたか」
俺は、いつもの俺に戻っていた。
しかし、能力自体はさきほど同様に開放されたまま……うん、いい感じに人格汚染を防ぎつつ、能力と両立できている。
「いまのは……一体何を!?」
「今のは俺の血液で、正確にいうなら脳の一部を血液化して作ったタライだ。んで、時限式で落ちてきて、俺の脳に入ってとある記憶が戻るように設定しておいた」
時限式の血液操作も、肉体の一部の血液化も、能力が上がったおかげでできた芸当だ。
時限式はまぁわかりやすいとして、肉体の血液化は俺の認識によるものだ。
吸血鬼にとって血液はなくてはならないもの。失ってしまえば存在そのものが消えてしまう。
ならば逆説的に、存在を血液に変えることだってできるはずだ。
その屁理屈みたいな理屈で脳の一部を、もっというなら大切な記憶を血液にして、金ダライにして頭にぶつけ、脳に戻して修復した。
なぜ金ダライのかといえば……頭にぶつけてショックを与えるものとして真っ先に浮かんだからである。
まぁそれは置いといて、これによって、俺は暴走しかけた自分自身に、とある記憶を強く意識させた。
「とある記憶……? 一体何の記憶だというのですか?」
「仲間の記憶」
「……仲間?」
「そう、ココとの記憶。ニーナとの記憶。仲間が、俺を呼び戻してくれた」
前に開放したときも、二人の記憶が俺をもとに戻してくれた。
だから今回も強く意識できるよう設定したのだが……うん、うまく行った。
……しかし肉体の血液化はまだまだ要練習だな。
記憶は戻せたが他の部分の修復がうまくいかなくて、さっきから命の危機を感じるほどの頭痛がする。
再生能力は働いてるからそのうち治るだろうが……正直二度とやりたくない。
……けど、仲間を守るためなら何度でもやってやる。
「俺は仲間を傷つけない。どんなに吸血鬼の力に溺れようともだ。今の俺が、その証明だ」
「……いいえ、いいえ、そんなことはありえない。今のあなたは危ういバランスで人格を保てているだけ、戦えば汚染が始まり、仲間のことなど忘れてしまうでしょう」
「……試してみるか?」
血液操作で血液剣を作り、さらに氷雪魔法で凍結させる。
名付けて氷血剣。
薄く氷の膜を作っているので、銀の武器とぶつかり合ってもすぐに壊れたりはしないだろう。
……それに、壊れても今の俺ならほぼ無限に作れる。
「それじゃあ今度こそ……行くぜ行くぜ行くぜ!!」
「いいでしょう……叩き潰します!」
テンション高いのは許してくれ、高揚感だけは抑えられないんだ。
☆☆☆
「はぁ……はぁ……!」
サクヤさんがミエルと名乗った天使族を倒すため空を飛んだ直後、私とニーナちゃんは白装束の吸血鬼狩り二人の襲撃にあった。
未だに意識を取り戻さないニーナちゃんを背負いながら必死で走っているが……このままじゃまずい。
サクヤさんのところには本命の吸血鬼狩りがいるはず、急いで合流しないと危ない。
「くっ……!」
「後衛だと言うのにすばしっこいな。さすがは獣人といったところか」
しかし、私を追う二人も手強い。
一人は魔法使い、私の走るルートを先読みして、的確に偏差射撃を仕掛けてくる。
「――シッ!」
「くううう……!」
もうひとりはシーフ。私の意識が外れた瞬間にこうして襲撃したり、先回りして罠を仕掛けていたりする。
……どうにも私とニーナちゃんと戦い方が似ていて、やりやすいようなやりにくいような感覚に襲われる。
実際、魔法使いの攻撃は大したことはない。いや直撃を食らったらまずいけど、狙いが読みやすいから回避が容易い。
問題はシーフだ。
「っちょお!?」
足元に嫌な感触が走り、慌てて飛び退けば罠のお手本のようなトラバサミがガチンと刃を閉じていた。
……下手したら、足もげてましたよこれ。
「グロウ、その罠はやりすぎだ」
「……奴は素早い、足を潰さねば捉えられん」
……なにやら魔法使いに叱責を受けているし。聞く気はないみたいだけど。
「ふう……もう一度言おうか獣人の娘よ。我らの目的は吸血鬼のみ、おとなしくしていれば手は出さん」
「こっちも何度でもいいますけどね、サクヤさんは大切な仲間なんすよ! 見捨てられるわけ無いでしょうが!」
「吸血鬼が人間に仲間意識など抱くものか。お前は利用されてるだけに過ぎん」
「サクヤさんがそんな小器用なことできるわけ無いっすよ! そっちこそ変な偏見はやめてほしいっす!」
「偏見ではない。吸血鬼はどこまでいっても人類の敵だ。肩入れするだけ傷つくだけだぞ」
「ああもう、サクヤさんのこと知らないくせに偉そうに講釈垂れるんじゃないっすよ!!」
私は片手で杖を持ち、吸血鬼狩りたちに突きつける。
「サクヤさんはサクヤさんっす! あたしは他の吸血鬼なんか知らないけど、サクヤさんのことはこの世界で誰よりも知ってます! サクヤさんは賢くてしたたかなフリしてるけど、意外と抜けてて鈍感で、だけど傷つきやすくて繊細で……誰よりも優しい!! あたしも、ニーナちゃんも、サクヤさんの優しさに救われてきた!! ……サクヤさんを知らないあんたらが、サクヤさんを語るな!!」
「……平行線だな」
「だから言っただろう、徹底的に潰さねば厄介だと」
……そりゃまぁ、話して終わるならこんな事になってないよね。
やむなく魔力を高め、練り上げようと――
「ひゃうっ!?」
――したところで、背中に刺激が走って変な声が出てしまった。
「に、ニーナちゃ」
「シッ……」
思わず声を上げたところで、ニーナちゃんが吐息とさほど変わらない声で、そういった。
そして、背中の刺激に集中してみれば、それが文字だとわかる。
ニーナちゃんが、意識を取り戻したことを隠して作戦を伝えているのだ。
内容は……あ、た、し、が、し、ー、ふ、を、こ、こ、が、ま、ほ、う、つ、か、い、を、か、っ、こ、げ、き、は、で。
……アタシがシーフを、ココが魔法使いを、各個撃破で。
なるほど、たしかに考えが読みやすい相手と一対一なら、勝ち目はある。
了解の意を込めて、ニーナちゃんを軽く尻尾で撫でる。
「……いくっすよ!!」
そして私はニーナちゃんを手放し、魔法使いへと向かった。
「無策な突撃では倒せんぞ」
「それはどう……っすかね!?」
「むっ……!?」
私がもっともよく使う炎の槍、フレイムジャベリンを六連起動。
魔法使いに向かって掃射する。
……そして、そうなると私の意識は魔法使いに向くわけで。
その隙を見逃すことなく、シーフが迫る。
「あんたの相手はアタシだ!!」
「ぬ……目覚めていたか!」
が、その刃はニーナちゃんによって防がれる。
……さすがニーナちゃん、不意打ちの場所もタイミングもドンピシャで当ててきた。
「ココ、そっちは任せた!!」
「ええ、ニーナちゃんも気をつけるっすよ!」
そしてニーナちゃんは、素早い斬撃と闇魔法による射撃でシーフを遠くへと連れて行った。
……あんなに魔法を撃って大丈夫だろうか? まだ魔力は回復していないだろうに。
けど、信じるしかない。
「さて、一対一っすね」
「ちょうどいい。これでようやく面と向かって戦える」
そして私は、私のやるべきことをやるしかない。