4-06
吸血鬼のエネルギー源はなにか?
もちろん、血液である。
正確には魔力と血液だが、重要度は血液のほうが高い。
なんせ血液が枯渇すれば、俺たちは存在そのものが消えてしまいかねないのだ。
戦闘においても血液操作はもちろんのこと、身体強化や変身、魔眼に魔法とすべての能力に血液は使用される。
ゲームで例えるなら、HPゲージとスタミナゲージが直結している感じだろうか。
ともかく、血液とは吸血鬼にとって重要なものであり、それを全身に運ぶポンプである心臓は重要な臓器である。その重要さたるや、人間にとっての心臓の比ではない。
以前ココにも言ったが、心臓を貫かれると吸血鬼はその能力を発揮できなくなる。
……そんな状態になった俺は、普段の一割も力を出せずに、吸血鬼狩りに追い詰められていた。
「ぐっ……げほっ……くそったれ!」
「吸血鬼でありながら心臓が潰れても動けるのは大したものですが……いい加減諦めたらいかがです?」
「バカ言うな!!」
ダラダラと口から血を流しながら、俺は氷雪剣で銀の剣を受け止め、弾き返す。
ああクソ、力が入らねぇ……銀で傷つけられたせいで再生は遅々として進まないし全然傷が塞がらない。
貴重な血液は口からも胸の傷からも流れて、そのたびに俺の力が失われていく。
……まずい、これは本格的に死にかねない。
なんか魔族と戦ったときもこんなこと思ったなぁ……なんで俺こんな短期間で何度も死にかけてんの?
「いい加減……俺は平穏無事に暮らしたいんだよ!!」
「これはおかしなことを……あなたは吸血鬼。所詮は闘争を求め、殺戮と血の中で生きるだけの生き物……それが平穏無事に生きたいなどと」
「生憎だな……俺の世界じゃ割と当たり前なんだよ!」
「それはそれは……随分と窮屈だったのではありませんか?」
「なにを……!」
「先程も言いましたでしょう。吸血鬼とは戦い、殺戮し、血を啜り生きる化け物。それが安穏とした暮らしを受け入れられるはずがない」
「そりゃあテメェの狭い価値観だろうが!!」
「いいえ、真理ですよ。現に、あなたはこの世界に来て楽しんでいたのではありませんか? 戦いを、殺し合いを、血で血を洗う闘争を、そして相手を殺す快感を」
「それは……!」
……ない、とは言い切れない。
たしかに俺は戦いを楽しんでいた。前の世界よりも開放感を感じていなかったといえば嘘になる。
だけど、だけど!
「それはあくまで俺の側面の一つだ! 人は様々な面を持つものだろう! 俺は戦いを求めていたかもしれない……でも、仲間との平穏な生活も間違いなく望んでいた!」
「あなたは人ではない。吸血鬼に多面性など存在しない」
「あるんだよわからねぇやつだな! 吸血鬼も人も、食って飲んで泣いて笑って怒って楽しんで……なにも変わりゃしねぇだろうが!!」
「……いいえ、いいえ。人と吸血鬼は違う。人を、貴様のようなおぞましい化け物と同一視するな」
……その瞬間、吸血鬼狩り――ゴレイヌの気配が一変した。
「吸血鬼は人を襲う、人に紛れ、隣人として接しながら、その人をためらうことなく食らう。そこに人間性など存在しない。吸血鬼と人は、相容れない」
「……俺の世界では、共存できてた」
「いいえ、それは仮初のもの。その共存もいずれは破綻する……吸血鬼とはそういう存在。騙し、殺し、血をすする。共存の道など存在し得ない」
「やってみなきゃわからねぇだろうが!」
「やった結果、私は妻子を失った」
「――っ!?」
その殺気は……今まで感じたことがないほど大きなものだった。
あのグラインさんの殺気さえも笑顔で流せるようになった俺が、萎縮して動けなくなるほどの、痛ましいまでの殺意だった。
「私はね、とある吸血鬼を信じたのですよ。もう人を襲いたくない。ただ平穏に暮らしたいと。そういう吸血鬼を、私達一家は匿った」
「それは……」
「血を分け与えて彼を養い、彼もまた私達のために働いてくれました。……よき隣人だと、信じて疑わなかった」
……いや、そんな、まさか。
ああ…………信じたくない。聞きたくない。
だけど、こんな場で離すのだ。結末は決まりきっている。
けど、同族が……俺と同じ吸血鬼がそんなことをしたなんて、聞きたくない。
「ですが、彼は私の妻と子を殺した。聞きましたよ。なぜ殺したのかと」
「……その、答えは?」
「曰く――新鮮な血が飲みたかったから。輸血では我慢できなかった。……たったそれだけの理由で、私の妻子は殺された」
…………この気持ちを、どう表現したらいいのだろう。
この男の悲しみは痛いほど理解できる。
いや、俺は大切な人を失ったことがないから、真の意味で理解はできていないのだろうが、それでも想像することはできる。
信じていたものに裏切られ、大事な人を殺された。
なぜ信じてしまったのか、なぜ守れなかったのか。
…………そして、こんな事件を起こした吸血鬼への憎しみ。
きっとそんな思いに押しつぶされそうになっている。
……だけど、ああ、だけど。
同時に、吸血鬼の気持ちも、わかってしまった。
……俺は、直接吸血したことがない。
生まれたときから食事は輸血パックだったし、この世界に来てからも直接の吸血はせず、血液操作で採血した血液しか飲んでいない。
だが、それでも感じるのだ。
新鮮な生き血を、思う存分飲んでみたいと。
ココの、ニーナの首筋に噛みつき、その血液で喉を潤したいと、そう思ってしまうのだ。
もしも、直接の吸血を経験したことがある吸血鬼であれば、その欲望は計り知れないだろう。
……恩人であり、大切な友の命を奪ってでも、欲してしまう。
…………その気持ちが、わかってしまった。
「……なるほどな、たしかに俺は吸血鬼だ。共存なんか夢かもしれねぇ」
「……私の話を聞いた吸血鬼は、皆そう言いますよ。曰く、私にも、吸血鬼にも共感してしまうからと」
無表情だったゴレイヌが、くつくつと笑う。
「おかしな話だ。吸血鬼に私の気持ちがわかるはずもない。人の気持ちは人にしか、吸血鬼の気持ちは吸血鬼にしかわからない。……共感など、出来もしないくせにしてほしくもない!!」
「……そうだな、俺にお前の気持ちはわからねぇ。俺は大切な人を失ったことはないからな」
「随分潔く認めますね」
「わからんもんはわからんからな。……そして、その吸血鬼の気持ちがわかるってのも認める。ああそうだ、俺たちはどうしたって人の生き血を欲する存在だ」
「……では、私があなたを殺すのもわかるでしょう?」
「そうだな、俺たちが人の生き血を求める以上、俺たちが人間にとっての害悪だ。始末するしかなかろうよ」
……そうだ、俺たちが、本能のままに生きるのなら。
「でも、俺は人間を襲わない」
けど、俺には理性がある。心がある。
隣人を襲うことをためらい、血よりも友情を優先できる知性がある。
「俺には大事な仲間がいる、命より大事な仲間だ。あいつらのためなら死んだっていい、血だって我慢できる」
「それはあなたが枯渇状態を経験していないからだ。飢えた吸血鬼は、仲間だろうが元家族だろうが平気で襲う」
「かもな。でも、俺はそうなったら自分で死ぬよ。ココとニーナを襲うくらいなら、そっちのがなんぼかマシだ」
「……できるはずがない。あなたは吸血鬼だ、その本能には抗えない」
「いいや、抗ってみせる。……今証明してやるよ、俺の覚悟を」
……わかりきっていたことだ。
俺たちは話し合いでは解決できない。
この会話は無意味なもの、結局の所戦うことでしか俺たちは解決できない。
……でも、俺は少なくとも本心で語った。
だから証明してみせよう。
そのために……そして勝つために、俺はこの力を使う。
「――『真名開放』!!」
さぁ、本能に抗え!!