4-05
「仕方ないわね……私も本気を出させてもらうわ」
と、思考を巡らせていた俺に、軽い衝撃が走った。
「え――?」
見れば、胸から矢が生えている。
いや、これは、撃ち抜かれて――
「――げほっ!?」
一拍遅れて、俺の口から血が溢れた。
しかもなんか鏃のあたりが熱い、ていうか焼けてるのか煙が出ている。
「ぐっ……つぁっ!」
慌てて矢を引き抜いてみれば、鏃は銀でできていた。
「なるほど、吸血鬼には銀ってわけか……」
「加えて、私はエルフに並ぶ弓の名手である天使族よ。この程度の早撃ち、なんてことないわ」
なるほど、たしかに油断していたとはいえ、弓を出すのも矢を番えるのも見えなかった。
「さて、お仲間二人にも言っておきましょうか。私の目的は吸血鬼を狩ること、つまりあなた達は眼中にないのよ。こうして狙撃できれば、それで十分」
「まずい、ご主人、アタシらの後ろに!」
「甘い」
トン、と軽く地を蹴ったと思うと、ミエルは一瞬で空へ飛び立ち、上空から矢の雨を降らしてきた。
なるほど、上からではココとニーナが盾になっても意味がない。そもそも盾にするつもりもないが。
「くっ……! 氷雪――」
「いえ、サクヤさん。ここはあたしの出番っす! ウィンドベール!」
それは、いつぞやのワイバーン戦で使ってみせた魔法だ。
あのときは咆哮を防いでいたが、そもそもが矢避けの魔法だとあの時ココは言っていた。
その言葉通り、強烈な風のベールは、降り注ぐ矢を完全に吹き飛ばしていた。
「なるほど、やるわね。では、こういうのはどうかしら?」
そう言ってミエルは、矢を持たずに弓を引いた。
すると魔力が矢の形に収束して……おいこの魔力、すごく嫌な気配がするんだが。
「陽光魔法……斜光!」
そうして放たれたのは、まるで太陽の光を凝縮したかのような矢だった。
しかもこの矢は魔力の固まり、物質としての質量を持たない以上、風では吹き飛ばせない。
「ぬおおおおっ!!」
やむなく全力で回避。
着弾した地面は融解しており、熱量の高さが伺い知れる。
……ただでさえ太陽に近い性質で食らったらヤバいのに、熱量まで高いのか。
「サクヤさん、無事っすか!?」
「ああ、なんとかな……しかしこれは食らったらヤバいな」
「あらそう、じゃあおかわりを上げるわ」
「結構だ!」
次々放たれる矢を全力疾走で回避するが……本気と言うだけあってこの女の弓の腕はかなりのものだ。しかも着弾した地面は走れなくなるおまけ付き。
徐々に逃げ場が失われていく。
「クッソ、このままじゃジリ貧だ……」
「ほら、そこよ!」
「……っ!? まず――」
やばい、頭に直撃コース!
さすがに頭を太陽の光で焼かれたら……せめて半分くらい残ればまだ生き残れるか……!?
まるでスローモーションのように矢が迫る中、俺は回避せんと首をそらして。
「だらぁああああああ!!」
そこに、ニーナが割り込んできた。
信じられないことに、ナイフで矢を受け止めている。
「ニーナ!? バカ、お前人間でもこの熱量は死ぬぞ!?」
「ご主人が死ぬくらいなら……ろくでなしのアタシが死んだほうがマシだ!!」
そう言ってニーナは両手でナイフを握り……これは、魔力か?
ナイフの刀身から、魔力が溢れ出て、矢の光をかき消した。
「はぁ、はぁ……ぐっ……」
「ニーナ!!」
魔力の剣はニーナの力を相当消耗させたのか、そのまま膝から崩れ落ちてしまう。
慌ててその身体を抱きとめた。
「はぁ……無事か、ご主人……?」
「ああ、無事だよ。無茶しやがって……お前何考えてんだ!?」
あの矢、陽の光の性質を持っている点で俺にとってかなりの脅威だが、地面を融解するほどの熱量を持っており、普通の人間にとっても脅威だ。
それを真正面から受け止めて……コイツほんと馬鹿じゃねぇの!?
「ココが言ってたろ……魔力を纏わせれば、剣でも非実体のものが切れるって」
「だからって無茶しすぎだ! 死んだらどうすんだ!」
「それならそれでいいさ……もともとご主人に拾われた命だ、ご主人を守るために使うなら本望さ」
「バカ言うな! お前を助けたのはお前を幸せにするためだ! 断じて死なせるためじゃねぇ!!」
ニーナを寝かせて、立ち上がる。
これ以上コイツは戦わせられない。
「お前が死んだら、俺は俺のことを一生恨む。絶対許さない。一生自分を呪って生きる。俺の奴隷だったら、俺にそんな思いさせんな」
「…………わーかったよ。ホント甘いなぁ、ご主人は」
「それが俺の取り柄だろ」
「たしかに、そのとおりだ」
と、このタイミングでようやくココが追いついてきた。……だいぶ走り回っちまったからな。
「ニーナちゃん、大丈夫っすか!?」
「ココ、ニーナの回復を」
「そりゃやりますけど……サクヤさんは?」
「やるしかないだろ……俺一人で戦う」
氷雪剣を二振り作り、両手に携える。
……あの熱量相手じゃ氷雪魔法は相性悪そうだが、使える手札がこれしかない。
「でも、相手は吸血鬼特攻を使うんすよ!?」
「だからそれでもやるしかないだろ。要はオワタ式だ」
一発でも当たればアウト。その前に奴を倒す。
ミエルに剣を向け、告げる。
「さぁ、ウチのニーナを倒れさせた罰、受けてもらうぞ」
「……吸血鬼のくせに、随分と仲間思いね」
「ふたりともかけがえのない大切な仲間だ。この感情に、吸血鬼もクソもあるかよ」
「……そう、まぁ私には関係ない。私はただ吸血鬼を狩る……それだけよ!!」
そして、再び陽光魔法による射撃が降り注ぐ。
冷静に回避していくが、やはり地面が溶けてえぐれてしまう都合上、逃げ場がどんどん限定されていく。
解決策は……あるにはある。
だが、できるかどうか……。
「ええい、男は度胸! やったらぁ!!」
変身能力発動! 変身対象は背中の肩甲骨、コウモリの翼のような巨大な翼に変身!
続いて風魔法を発動、翼に向けて風を送り、ハンググライダーの要領で……空を飛ぶ!!
「なっ……飛んだ!?」
「飛行能力はお前だけのもんじゃねぇのさ!!」
……そう、これは魔族との戦いのときにやったことの再現だ。
あのときは頭がパーになってたので、シラフで再現できるかは微妙だったのだが……うまく行った。
とはいえ、あくまでこれでできるのは滑空であり、自由自在に空を飛ぶミエルほどの機動力はない。
だが、近づければ十分!
「くっ……この!!」
「はっはぁ! その程度じゃ翼を得た俺には当たらんぜ!」
ミエルの射撃を右へ左へと、風を操作してまるで宙を舞う木の葉のように避けていく。
ぐ、ぐおおお……余裕ぶっているが三半規管へのダメージがでかい……!!
だが……ニーナの恨み、絶対晴らす!!
「なんで……当たらない!?」
「死に晒せぇぇぇええええええええええ!!」
接近し、まずは左の剣でミエルの弓を叩き切る。
そして返す剣で、ミエルの翼に大きく傷をつける――!!
「ああああああああ!!」
「終わりだぁああああああああ!!」
そして、ミエルの頭へ……剣の腹を叩きつけて、地面へと落とした。
「はぁー……はぁー……」
……本音を言えば叩き斬ってやりたかったが、ニーナは別に死んでいない。
死んでいないなら、殺して敵討ちをする必要もない。
人殺しはしたくない。たとえ敵でも、だ。
俺は翼を変化させてパラシュートのように地面に降りていく。
「サクヤさん、やりましたね!」
「おう、やってやったぜ」
ココとハイタッチして、地面に降り立った。
「ニーナは?」
「はい、魔力切れっすね。一応あたしの魔力を分けたんで、すぐ目覚めると思うっす」
「そっか、ならよかった」
ニーナも無事、と。これで一安心だ。
さて、そうなると問題なのがミエルの処遇だが……。
「……まぁ、縛り上げて放置でいいだろ」
「ありゃ、そんなもんでいいんすか?」
「一応武装解除はするけどな。殺さないで済むならそれに越したことはない」
「甘いっすねぇ……」
「それが俺だからな」
何を言われても変わらないだろうな、この人間性は。
「――そんなんだから、こうやって死ぬんすよ」
「――がふっ!?」
――気がつけば、ココが、俺の心臓に、銀のナイフを突き立てていた。
いや……ココじゃない、ココがこんなことを、こんな顔を、するはずがない……!!
「お前、誰だ……!?」
「へぇ、即死しないんすね? ……いや、もう口調を取り繕う必要はないですか」
まるで霧が晴れるかのように、ココの姿はかき消え、代わりに白装束の男が現れる。
「はじめまして、私は『暁の守り人』ゴレイヌ。あなたを殺しに来た吸血鬼狩りです」
「また、吸血鬼狩り、か……」
しかも、今回は警戒していた方の白装束じゃねぇか……。
いや、そんなことより聞かなきゃならないことがある!
「俺の……仲間は……どうした……!?」
「おや、殺されかけているのに仲間の心配ですか。随分と擬態がお上手なようで」
「擬態……じゃねぇ……!!」
「ふむ、まぁいいでしょう。あなたの連れは私の仲間が引き受けています。心配しなくても殺しはしませんよ。事が済むまで気絶していただきますが、身の安全は保証しましょう」
「事が……済む……まで……?」
「ええ、あなたを殺すまでの間です。なに、すぐに済みますよ」
「言ってくれんじゃねぇか……やってみろ!!」
俺は手刀で銀のナイフを叩き折ると、その刃を抜いてすぐさま距離をとった。
「心臓を貫いても死なず、ナイフを叩き折る……なるほど、強敵なのは間違いなさそうですね」
そういうと、油断なく銀の剣を構える吸血鬼狩り。
対して俺はといえば、ミエルとの戦いで消耗していて、なおかつ心臓に一発もらってしまった。
しかも銀の武器で食らったせいか、再生が遅い。
ああ、血が止まらない……これ、結構まずいな。