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「ええ、戦わなくていいんです。……あなたは退治されるだけでいい。この私、ヴァンパイアハンターのミエル様にね!!」
そういって斬りかかってきたミエルに、俺は紅椿を抜いて受け止めた。
「あー……なんとなくこうなるんじゃないかとは思ってたんだよなぁ」
だって、真偽はどうあれ天使を名乗る種族なのだ。吸血鬼なんて言う明らかに魔寄りの存在を許すはずがない。
そして俺の正体はもはや公然の秘密状態、一応新参者とかよそ者には話さないよう気をつけてくれているみたいだが、それはつまり正体がバレるきっかけとなった魔族との戦い以前にいたものたちは普通に知っているというわけで。
まぁ、一つ予想外だったのは、あいつら以外のハンターが襲ってくるということだが。
「いやはや、襲ってくるとしたらあの白装束共だと思っていたんだが、まさか別のやつとは」
「こういうのは早いもの勝ちよ。そういうわけだからさっさと死になさい!」
「お断りだ。――ココ」
「あいあいさー、フレイムジャベリン!」
やや気の抜けた声とともに、ココが俺の真後ろから炎の槍を放つ。
無論それは俺を体に直撃し……貫通しながらミエルに当たった。
俺へのフレンドリーファイアは極論問題ない。だって治るもの。
だったら俺の体を目隠しに攻撃を打ち込むほうが効率がいい。
「くうっ……! 吸血鬼らしい戦い方ね……!」
「――そりゃご主人は吸血鬼だからな」
「なっ……ぐっ!?」
俺たちに意識が向かった瞬間、ニーナが闇に潜みながら、ミエルの首を狙った。
しかし既のところで防がれてしまう。
「ちっ、そううまく行かねぇか。んでご主人、傷どうよ?」
「ああ、治った。なんかいつもより治りが早いな」
「ですね、前に試したときは焦げてたせいかもっと治り遅かったっすから」
それに……なんだろう、力が満ちてくる。
以前までよりも遥かに魔力と血液が滾っている。
すべての能力が、なにやら向上しているっぽい。
……もしかして、『真名開放』の影響か?
あれで吸血鬼としての能力を開放したから、再度封印した現状でも能力が上がっているんだろうか。
わからないが……吸血鬼狩りという最大級の驚異と戦う上では都合がいい。
「氷血術!」
すぐさま氷血鎖を作り出し、ミエルを縛り上げる。
思ったとおり氷血術もパワーアップしている。操作感が上がったおかげでわざわざ術名を言わなくても扱えるようになった。
「さぁ、このままおとなしく帰るなら良し、帰らないなら串刺し刑だ」
いつでも氷血鎖を氷血槍に変化できるようにしておきながら、ミエルにそう告げる。
「随分優しいのね、私はあなたを殺しに来たのよ?」
「人殺しはしたくないんでな。答えは?」
したくない、であってできないわけじゃない。
半分イッちまってたとはいえ、あの魔族を殺したことで人間型の生物を殺す抵抗は薄れた。
だから、殺ろうと思えばできる。
そんな殺意を込めて、ミエルに聞く。
その答えは――
「どちらもお断りよ」
――ミエルから放たれる、激しい閃光だった。
「ぐっ……なんだこの嫌な光……!」
「陽光魔法よ。火、光複合属性……擬似的に太陽の光を再現する魔法。吸血鬼狩りには必須の魔法ね」
閃光に目が眩みながらもミエルを見れば、俺の氷血鎖が光によって溶かされていた。
「なるほど、ただの血液操作ではなさそうね。普通、一瞬で蒸発するんだけど」
「氷血術だからな……」
氷雪属性で凍らせていた分、陽光属性に耐性があったってところか。
それでも消えてしまう以上、血液操作は氷血術含めてほぼ使えない。
紅椿も使えない、コイツは俺の特性を色濃く受け継いでいる。下手したら剣身が溶けかねない。
「まぁ、それならそれで戦い方はある」
血液操作も氷血術も紅椿も封じられて……それでもなお、活路はある。
「氷雪剣!」
こんなときのために練習しておいたのが、氷血術ではない普通の氷雪魔法だ。
勝手はかなり違うが、普段使っている血液剣と同じ形をした剣を作り上げる。
氷雪魔法は俺が唯一吸血鬼の力に頼らず使える技術、磨かないわけがない。
「へぇ、普通の吸血鬼は自分のスキルに頼りきりで他の技術を身に着けないものだけど……あなたは違うのね。さすがAランクと言ったところかしら」
「さぁ、どうかな?」
……とはいえ、氷血術ではない普通の氷雪魔法では効果は低い。
せっかくパワーアップしたというのに、これでは俺の戦力は八割減といったところだ。
やむなく、ココとニーナにささやく。
「ココ、ニーナ。今回俺はほぼ使い物にならん、お前たちが頼りだ」
「かっこいい顔で情けないこと言いますねサクヤさん」
「まぁまぁ、魔族との戦いじゃほぼご主人に任せっきりだったんだ。今回はアタシらでやってやろうぜ」
ニーナはやる気だし、ココもぼやきつつも魔力が滾っている。いい仲間を持ったものだ。
「さてと、んじゃあちゃちゃっと撃退して帰りますか」
「「了解!」」
開幕の狼煙は、俺の氷雪槍だ。
性能はほぼ氷血槍と同じ。ただし一度に展開できる数は五本が限度だし、強度も脆い。
加えて血液操作が効かないので一度投擲したら制御できない。投擲技能がゴミクズ以下な俺には辛い性能だ。
だが、今回は運が味方したようで、五本中一本がミエルの足元に刺さった。
……ほか四本が明後日の方向に飛んでいったのは見ないことにする。
ともあれ、足は止めた。
そこに突っ込むのはニーナだ。
「せあっ!!」
「ふっ……! あなたはアサシンでしょう? 正面から切り込むとはどういうつもり?」
「たしかに、アタシはアサシンスタイルが一番性に合ってるがな……!」
そのまま、ニーナはワイバーンのナイフで銀の剣を振るうミエルと斬り結んでいく。
「シッ――!」
「この、体躯からは考えられない腕力……! それにその肌……まさかあなた、ダークエルフ……!?」
「ご明察! そらそこだ!」
「ぐうっ……!」
そう、ニーナはダークエルフだ。
小柄な体と隠蔽魔法のおかげでアサシンスタイルが一番噛み合っているが……前衛としての能力も俺と同じくらい高い。
いや、下手したら俺以上かも……あれ、そしたら俺はアサシンできないし、戦闘センスもニーナ以下だし、俺はニーナの下位互換だった……?
う、うごごご……い、いや、俺には血液操作と氷血術があるし相互互換のはず。
……ということはそれらが封じられている今はやはり下位互換では?
……よそう、この考えはダメだ。死に至りかねない。
「そらそらそらぁ!!」
「くうっ!」
そんなアホな事を考えていたらニーナがミエルを押し切っていた。
……ニーナさんマジ強い。俺もココも援護の魔法打ち込む暇なかったぞ。
「はぁ、はぁ……さすがは闇に汚れたエルフね。腕力しか能のない愚かな種族」
「ああ゛!? テメェがニーナ語んなぶっ殺すぞ手羽先女が!!」
「ひぇっ」
「……サクヤさん、マジ怖いっす」
テメェうちのニーナバカにすんなよ!? 可愛いし強いし賢いしケチのつけようのないパーフェクト幼女だぞコラァ!!
上等だゴルァ! 俺が直々に斬ったるわ覚悟しろよ手羽女が!
「ご主人、待って、前に出ないで! いや嬉しいけど、アタシのことでそんな怒ってくれて嬉しいけど! 前に出たら危ないから!」
「ふ、ふん! さすが吸血鬼ね、野蛮だこと……ダークエルフにはお似合いの邪悪な化け物ね!」
「ああ゛!? ご主人バカにすんじゃねぇぶっ殺すぞ鶏女が!!」
「ひぇっ」
「あー……似たもの主従っすねぇ……」
……ニーナさん、怖いっす。え、俺もさっきまであんな感じだった? そんなまさか。
「そ、そこの獣人! あんたこんな愚かな二人に付いてるなんてどうかしてるんじゃない!? 今からでも遅くないわ、こっちについて――」
「二人をバカにしないでくださいぶっ殺しますよ羽毛布団の材料が!!」
「ひぇっ! ちょっ! 燃える、燃える!!」
ココ、お前も十分怖いよ。ていうかぶっ殺すって言いながら炎の槍打ち込むなよ、ホントに殺しちゃうじゃん。
……ところでこの女、ちょいちょいヘタレな部分が見えるのだが……さてどう利用したものか。




