4-03
「あー疲れた。無駄骨になって余計疲れた」
「元気出しましょうよ。ほら、ご飯食べて」
あのあと、日が暮れてしまったので俺たちはいつものごとく冒険者ギルドでの食事となった。
本当は今日中にグラインさんとかに挨拶済ませて、明日の早朝にでも旅に出たかったんだが……無駄な死闘のせいで一日ずれ込む羽目になった。
そんな不満を抱えつつも、ココに差し出された骨付き肉にかじりつく。
「むう……ガブッ」
「……なんか餌付けしてるみたいっすねぇ」
「おいココ、次アタシにやらせろよ。ほらご主人、野菜スティックだぞ」
「人を動物扱いすんなや」
まったくもう……いや差し出されたら食うけどさ。あ、この野菜美味い。
「しっかし、マジで時間無駄にしたな。こんなことならなんか依頼受けたほうがマシだったぞ」
「まぁ、サクヤさんが馬に乗れないのは予想外でしたからねぇ」
「……サクヤ? あなたがサクヤ様なのですか?」
「あん?」
声をかけられ、振り返るとそこには絶世の美女といった感じの女性がいた。
歳は俺より年上っぽい、大学生くらい? 顔立ちは切れ長の目に、金の瞳が特徴的な美人さんで、長身でスレンダーなモデル体型だ。
そして何より目を引くのが、天使のような純白の翼だ。この世界羽生えた人間もいるのか。
「ああ、俺がサクヤだけど、あんたは?」
「すみません申し遅れました、私ミエルと申します。見ての通り天使族です」
「天使族」
「……純白の有翼人はそう呼ばれるんす。かつて天から降り立った天使の子孫だとか……眉唾っすけどね」
俺が疑問に感じた瞬間ココが耳打ちして教えてくれた。さすがの以心伝心である。
しかし天使族か……その出自が真実かどうかはさておき、天使を名乗っているなら明らかに俺とは相性が悪いよなぁ。
「で、その天使様が何用で?」
「天使様などおやめください、私は未だ若輩の身……どうぞミエルとお呼びください」
「じゃあミエルさんは、なんで俺に声をかけてきたんだ?」
「はい、実は私も修行のため冒険者をやっているのですが、サクヤ様は冒険者登録からわずか四ヶ月でAランクまで上がったという伝説を打ち立てた、帝都の冒険者ギルドきっての天才とお伺いいたしました。ぜひお話をお聞きできればと思いまして」
……まーた伝説ですか。マジで誰か塗り替えてくれねぇかなこれ。
ていうか誰だよ広めたの。……一応俺の正体については箝口令が敷かれているはずだが……ああ、別に正体関係ない記録だから普通に口走ったと、やめてよまじで。
「話しっつったってなぁ……別に目の前の敵を倒していったらいつの間にかここまで来てただけだし」
「つまり強敵への飽くなき挑戦こそがランクアップの秘訣と……勉強になります」
なんでやねん。別に特別なことはしてないって意味だよ。
……いや、まぁ、不運にも強敵との戦いは多かったけど……ああでもニーナを養ってた期間は積極的に強敵に挑んでいたか。
おかげで今でも一部でバーサーカー扱いを受けて……いや今は関係なかったな。
「あとは……やっぱ修行あるのみっすよ」
「では、サクヤ様はどんな修行をなさっているのですか?」
修行、俺の修行か。
まぁ、一言で言うなら……。
「限界までボコボコにされることかな……」
「げ、限界まで?」
「うん、命の危機を感じるほど限界まで」
……グラインさん、マジで容赦ないからね。本当に死ぬギリギリを攻めてくる。いやまぁ、そのくらいじゃ俺死なないんだけどさ。
あと魔法の訓練も魔力が枯渇して死ぬ寸前までやってる。こっちはマジで枯渇したら死ぬからよりヤバい。
けど魔力変換効率上げるにはこれが最適なんだよなぁ……魔力の最大値と回復速度も上がるし。
……最近命の危機に晒されすぎて感覚がおかしくなってるかも。
「まぁそういうわけだからあんまり参考になるような話はできないかな。すまんね」
「いえ、大変勉強になりました。ありがとうございます」
そういって微笑むミエルさん。うーむ、美人だから様になるね。まぁ、俺の好みではないので一般論だが。
「…………ボソボソ(私のチャームスマイルが決まらない? 何この男、男として死んでるの?)」
……なんか大変失礼なことを言われた気がするが、気のせいだろう。
いや、ミエルさんは綺麗だと思うんだが、あいにく俺は美人な人より可愛い女の子のほうが好きだし、背は低いほうがいい。あ、胸は好みだよ。ストーンて感じで。
「ゴホン、それでサクヤ様。突然で不躾なお願いなのですが……一つ、依頼に同行してはいただけないでしょうか? 貴方様のお力、ぜひ近くで拝見したいのです」
「えー、あー、依頼かぁ……」
やだよめんどくさい、という言葉はぐっと飲み込む。
「ちなみに報酬は? タダってわけじゃないよな?」
「もちろんです。依頼の報酬はサクヤ様が八割持っていって構いませんし、私からも同額の報酬をお支払いいたします」
「……随分気前がいいな。赤字確定じゃないか」
「それだけ、サクヤ様の実力を見ることに価値を感じているということです」
……怪しい。怪しいが……報酬は美味しい。
いや、どんな依頼かわからない以上、ゴブリン退治で一万ソル、八割なんで八千ソルかける二で一万六千ソルなんてはした金の可能性もある。
ここはやはり断るべきか……。
「ああ、あとここでの食事代、全額負担させていただきます」
「やりましょう」
「即決っすか!?」
「当たり前だろうココ、お前いつもどんだけ食ってると思ってんだ」
最近は金が一杯あったから忘れがちだけど、コイツものすごい食うからね。
食費はパーティの共用費から出してるし、奢ってくれるなら多少怪しかろうとも受けるというものだ。
「では、決まりですね」
「ああ、それでどんな依頼なんだ?」
「はい、今回の依頼はアンデッド退治になります。ちょうど夜半ですし、今から出立いたしましょう」
……え、今から?
アンデッド、そう言われて日本人が想像するのは、だいたいゾンビだろう。
死してなお起き上がり、動く死体。
あんまり有名ではないが日本でも古来から伝説があったりする、まさしくザ・アンデッドといった存在だ。
まぁ、実体は死亡判定が甘かった過去、死んだと思って埋葬されてから息を吹き返した人間が由来となっているなんて話もあったりするが……少なくともこの世界には本物のアンデッドが存在する。
先に上げたゾンビもそうだし、ゴーストやスケルトン、大物だとリッチなんかだろうか。
なかには禁術とされる死霊術によってアンデッドを使役するような存在もいるとか。
……あ、俺みたいな生まれたときからそうだったのではなく、吸血されて眷属になった元人間の吸血鬼なんかは一度死んでから蘇ってるし、アンデッド区分になるのだろうか。
ともあれ、やはりファンタジー世界、一口にアンデッドと言ってもバリエーション豊かだ。
今回はそんなアンデッドの中でも一番メジャーな、ゾンビとゴーストの退治となる。
この2つは一番発生しやすいアンデッドであり、その原因はしっかり供養しなかったことだ。
神官やそれに準ずる聖職者による供養が行われないと、遺体が残っていればゾンビに、火葬されていたりで遺体が残ってなければゴーストになってしまう。
今回は、そんな感じでアンデッド化してしまった存在があふれる、共同墓地の浄化が目的となる。
遺体の引受人のいない人間が埋葬される共同墓地は、供養も適当でアンデッドが出やすいのだとか。
なお、冒険者はだいたいこの墓地に埋葬されるので、俺も死んだらここに放り込まれる。明日は我が身だね。まぁ、俺の場合死んだら灰になるから遺体は残らないんだけど。
で、そんな共同墓地についたわけなのだが……ここで一つ疑問が湧く。
「俺、物理攻撃しかできないけど役に立つのかね……?」
いや、氷血術とか魔法も使えるけど、ぶっちゃけあれって氷を作って操作するまでが魔法で、あとのダメージを与える過程は物理現象だ。
ようは氷がぶつかるからダメージが入る。うん、物理攻撃だね。
水も風も似たようなものだ。水がぶつかる、物理。風圧で吹き飛ばしたり真空の刃で斬る、物理。
ゾンビなら死体を破壊すればとりあえず行動不能にできるが、実体を持たないゴーストの場合本当に攻撃手段がない。
「ああ、それなら大丈夫っすよ。サクヤさんの剣、魔力増幅効果がありましたよね?」
「え、あー、あったなそんな機能」
使ってないからすっかり忘れて……いや、無意識に使ってたのかも。この剣持ってから魔法の威力が若干上がってる気がする。
「だったらその機能で魔力を増幅させて、魔力のまま剣に纏わせればゴースト相手でも斬れますよ」
「なるほど、魔力で斬るわけか」
それならまぁ、俺でも戦えるか。精々魔力消費が大きくなるくらいで。
……ていうか、その魔力の刃を飛ばせたら夢の飛ぶ斬撃ができるのでは……なんか想像した感じできそうだし、これはリアル月○天衝ができるかも。
「大丈夫ですよ。サクヤ様はそのままで構いません」
墓地についたとき、ミエルさんはそんな事を言いだした。
「いや、俺の腕がみたいなら戦わないと…………あん?」
……アンデッド、いないぞ? ゾンビもゴーストも、全くいない。
……これは、まさか。
「ええ、戦わなくていいんです。……あなたは退治されるだけでいい。この私、ヴァンパイアハンターのミエル様にね!!」
そう言って、ミエルが俺に向かって斬りかかってきた。




