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一夜明け、二日酔いで痛む頭を押さえつつ、俺たちは今後のことを話し合うため、俺の部屋に集まっていた。
「さて、これで俺たちも晴れてAランク冒険者……実質最高位の冒険者となったわけだ」
Sランク? あんなもんなれるわけねぇだろ。
噂だと地形を変えるような攻撃を連発したり、それを涼しい顔で捌き切ったりするような連中だぞ。
まぁ実際に見聞きしたわけじゃないが……一応物証として、ここから遠くに見える随分と不自然な形状の山は、Sランク冒険者がぶった斬ったからだとか……ドラゴ○ボールじゃねぇんだぞ。
というわけで、普通の人間が至れる最高ランクはAだ。俺が普通の人間かはさておき。
そんな最高ランクに至ったわけだから、ついにあの問題が解決した。
「というわけで、ココも胸張って故郷に帰れるな」
「え゛っ!?」
「だな。送り出した娘がAランク冒険者になったとなりゃ、ご両親も鼻が高いだろうよ」
「ちょっ、まっ」
「ようし、早速旅の経路に妖狐族の里を入れよう」
「ちょっ、ちょっと待ってほしいっすよ!」
ココが慌てて止めに入る。
強情だなぁ。だが今回は俺たちに利があるぞ?
「やっぱりその、学費を無駄にしたのは申し訳ないといいますか……」
「ワイバーンの討伐報酬に毎日コツコツ稼いだ金、それにこの前の魔族の討伐報酬で一千万。おおよそ二千万といったところか。学費を返すどころか家プレゼントできるんじゃね?」
「い、いやその、もう使っちゃって……」
「しょうがないなぁ無利子無担保で貸してやるよ。ちゃんと返せよ?」
「すみませんちゃんと取ってあるんでその金貨の山を仕舞ってください」
小市民め、何なら本当に貸してやってもいいというのに。
……あのバカ騒ぎで俺もギルドも忘れかけていたが、俺たちは魔族の討伐報酬が入る。
その額はおよそ一億。とんでもない額に思えるがワイバーン十匹分と考えればまぁ……むしろ安くね? となる。
とはいえ大金だ。それを即金で出してくるギルドもなかなかすごいが。
そんなわけで山分けにしても三千万ずつ……とは行かず、二人はほぼ俺が倒したようなもんだからと譲りまくり、やむなく一千万ずつ押しつけたので、俺の所持金はおよそ八千五百万となっている。
なので二千万くらい貸してやってもいいのだが……まぁ本人が断るのならば無理強いはしない。
「で、金銭問題は解決したが?」
「い、いやその、やっぱAランクに上がっただけじゃ納得してもらえないかもしれないですし……」
「魔族を単独で撃破したパーティだぞ俺たち。これ以上何が必要なんだ?」
聞けばあのレベルの魔族を単独パーティで討伐するのはかなりの偉業なんだとか。レッサードラゴンを退治するくらいの感覚らしい。まぁ実際死にかけたしな。
やったねドラゴンスレイヤーならぬデーモンスレイヤーだよ!
「うー、あとは、えーっと……」
「観念しろココ。もう逃げようはねぇよ」
「あう……」
ニーナに肩を叩かれてガックリ項垂れるココ。
……まぁそりゃ気まずいよなぁ。
いくら成功したとはいえ、頑張って入れてくれた学校退学になってるわけだし。
俺だったら相当気まずい…………あれ? 待って、俺この世界に来て何ヶ月たった?
え、ええと……よ、四ヶ月くらい?
…………ヤバくね? 単位相当ヤバくね?
このまま帰れなかったら……留年。いや下手したら行方不明からの除籍……つまり退学。
やややややばいどうしよう俺も退学の危機じゃん!
あわわわわわなるほどこれは確かに気まずいどころじゃない! 急いで帰らないと!!
「ココ、いざとなったら俺がご両親に話し付けてやる。学歴なんかどうだっていい、ココは俺たちの大事な仲間だってな。だから安心しろ、そして早く旅に出よう」
「さ、サクヤさん……」
「うーんなんだろう。いいこと言ってるはずなのにご主人からは自分のことしか考えてない気配がする」
だまらっしゃい! 俺の世界じゃこっちよりも学歴が重要視されるんだよ!
中卒で社会をのし上がるのってすごく大変なんだからな!
……まぁ、いざとなったら居住区の適当な仕事に着くという選択肢もあるにはあるが、俺はできれば大学まで出ておきたい!
そんなわけだから急いでヤマトの国まで向かわないと!
「よしニーナ、旅の準備を整えるぞ。買い物だ」
「そうだな。距離からして年単位の旅になるだろうし、しっかり準備整えねぇとな」
「……年単位?」
「おう、国を三つも超えるんだ。早くても一年はかかるんじゃねぇか?」
「oh……」
終わった……俺の学歴終わったわ……。
まぁ、無理なものは仕方がない。
そもそも異世界召喚は俺のせいじゃないしね。罪悪感を感じる必要があるのは俺じゃなくて帝国の性悪姫だろう。
それに最悪の場合は高卒認定もらってから大学に行くという手もあるし、まだ慌てる時間じゃない。
……しかし、俺の学歴以上に急いで帝都をでなければならない問題がある。
吸血鬼狩りだ。
あの三人は魔族との戦い以降見かけないが、まず間違いなくあの戦いで俺が吸血鬼であると断定したはずだ。
となれば確実に襲撃の計画を立てているだろうし……その前になんとしても帝都を出て、身を隠さなければならない。
「……なんでアタシらが犯罪者みたくコソコソしなきゃなんねぇんだよ。いやアタシは犯罪者だけどさ。ご主人は今回の戦いの立役者だろうに」
「吸血鬼狩りとか、化け物を専門に狩る連中に常識は通じないからな。どれだけ功績を残した英雄だろうと、吸血鬼なら、化け物なら、それだけの理由で狩る。そういうちょっと頭のネジが外れた連中なのさ」
いや、この世界じゃ吸血鬼と人間は敵対しているわけだし、そこまで頭がおかしいわけではないのか。
俺の世界の吸血鬼狩りとか、平和的に共存してるにも関わらずまだ執拗に俺たちを狙うからね。あいつらもうシリアルキラーとかそっち系だよ。
「戦わずに済むなら、俺はいくらでもコソコソするぞ。吸血鬼の専門家なんかと戦いたくない」
「……それに、前回の戦いで手の内全部バラしちゃってますからねぇ」
そうなんだよ。俺が各種スキルをどれだけ習熟しているのかも知られただろうし、根本的な戦い方やら癖やら剣筋やらがバレている。
いや、死力を尽くさないと勝てない戦いだったから仕方ないんだが……真名開放まで見られたのは痛すぎる。あれは正真正銘の切り札になりえただろうに。
……いや、あれを切り札と言うにはリスクがでかすぎるか。
人格に影響を及ぼすほどの圧倒的な闘争本能と吸血鬼の本能、それによる人間性の崩壊。
記憶を取り戻せなければ、俺は力に飲まれて戦うためだけの存在に成り果てていただろう。
「…………なにか策を立てないとな」
吸血鬼狩りのこともそうだし、真名開放のことも。
それまでは、使うわけには行かない。
「どうしたっすか?」
「なにさご主人?」
あの恐怖を思い出し、背筋が震える。
……もう二度と、この二人のことを忘れたくない。
「……いいや、なんでもない。さ、行こうぜ」
そんな震えを圧し殺し、大げさなくらい明るい声でそういった。