3-14
真の力を開放した魔族だったが、まず思ったのはでかい。
大体全長五メートルくらいだろうか。この巨体を相手にするのはなかなかに骨だろう。
おそらく弱点は変わらず頭の宝石だ。……今度こそしっかり砕くとしよう。
「となると、体は斬るだけ無意味か」
まぁ斬れば修復に魔力を使うだろうから魔力切れを狙うという観点ではありだが……それじゃあつまらない。
せっかくの巨大ボス戦、まずは正攻法で攻略させてもらうとしよう。
「どこを見ている!?」
「ほっ、と! まずは巨大ボス戦のお約束その一! 手はだいたい足場!」
「ぬうう!?」
俺を叩き潰さんと振り下ろされた手を回避し、逆にその手を足場に腕、肩と上り、魔族の山羊じみた頭、その眼前に迫る。
「巨大ボス戦のお約束その二! 弱点はだいたい顔、もしくは宝石とか!」
「ぐあっ……ああああああ!!」
そのまま両手に血液剣を握り、体を捻って回転するように連続で宝石を斬りつけると、魔族が苦悶の声を上げる。
「よっしゃビンゴ! オラオラオラ!! 連続で斬りつけちゃうぞぉ!?」
「くっ……ふざけるな!!」
「おっと、だから手は足場なんだよなぁ!」
「ならば……カァアアアアアアアア!!」
「うおっ!? 火炎放射!?」
怒り心頭と言った様子の魔族が気合とともに息を吐き出せば、それは赤い炎となって俺に襲いかかってきた。
まさかブレスが使えるとは恐れ入った。回避のために地面に降りちゃったよ。
ただ……なんというか。
「迫力不足だな。せめて青い炎出すとかさぁ」
「くっ……ちょこまかと!」
なんというか、全然危機感が湧かない。
この程度、多分普通に耐えられる。
あのとき見た青い炎はすごかったんだけどなぁ。
……ええと、いつ見たんだっけ? 思い出せない。
なんか大切な思い出だった気がするんだが……。
「ならばこれでどうだ!?」
「うおっと、地響きか! こいつは面白い!」
……まぁいいや、目の前の戦いのほうが楽しいし!
強烈な踏みつけによって足場が揺らいだ俺に向かって、再度火炎放射が迫る。
「まぁ、揺れて歩けないなら空を進めばいいんだけどな」
変身能力でコウモリの羽を背中に生やし、そこに風が当たるよう風属性の魔法で空気を操り、滑空する。
ハンググライダーに乗った気分だな。乗ったことないけど。
そのまま風にのって舞い上がり、魔族の額を勢いのままに斬り上げる。
「ぐああああああ!!」
苦悶のままにめちゃくちゃに手を振り回す魔族。どうやらだいぶ追い詰めてきているらしい。
ううむ、こういう規則性のない攻撃のほうがよっぽど危険を感じるあたり、本当に手の内がわかっちまったんだなぁ。
「はぁー……真の力とか言って巨大化して、そんなもんか? 他に手がないなら、サクッと終わらせるけど?」
「ほざけ!!」
「おー、雷の魔法か」
怒り心頭と言った様子の魔族が、その角の間で球体状に稲妻を帯電させている。
ふむ、流石に雷は食らったらまずいか。
……でもなぁ、やっぱ魔法については全然危機感が湧かないんだよなぁ。
もっとすげぇ奴知ってるし。
……んん? もっとすごいやつって誰だ?
なんかこう、喉に小骨が刺さった感じというか……ああ思い出せん! 嫌な気分だ!
この気分は魔族にぶつけるとしよう。
「ハァッ!!」
放たれた雷を地面スレスレに滑空して、回避していく。
そもそも雷は高いものに落ちる。低く飛べばその分当たる確率は低い。
あとは常に動き続けて同じ位置にとどまらなければ、まっすぐ飛んでくる雷は当たらない。
それでも当たりそうなときは……風魔法で真空の空間を作る。
真空の場所には雷は通れないので、それで防げる。
「なぜだ! なぜ当たらん!!」
「気象学っていう学問があってじゃな」
そして帯電していた雷がすべて打ち尽くされたところで、再度舞い上がってその宝石を切り刻む。
「あががああああああああ!!」
「もう諦めたら? お前じゃ俺には勝てないよ」
「まだだ……まだ、まだやれる!!」
「あ、そう。じゃあ飽きたから俺がさっさとトドメ刺すよ」
「ほざけぇえええええ!!」
俺に向かってくる手をひょいひょいと回避し、額に張り付いて血液剣で斬り裂いていく。
本来ならさっきやったみたいに腕を伝わないとここにたどり着けないんだが……俺の場合滑空程度とはいえ空を飛べることによって無意味となっている。うーむこのギミック殺し。
「そらそらそらそらそいやっさあ! どうしたどうした、俺を殺すんじゃなかったのか!?」
「ぐうっ……おのれぇえぇえええええ!!」
「おっとブレスは隙でしかないぞ!」
「ぐああああああ!!」
ううむ、これならあのワイバーンのブレスのほうが脅威だったなぁ。いやあれはブレスじゃなくて衝撃波か。
……あれ? ワイバーン? いつ戦ったっけそんな面白そうな奴。
どういうことだ? さっきから記憶がちょいちょい飛んでいる。
……これが、力に飲まれるってことなのか?
何もかも忘れて、本能のままに戦うだけの存在になってしまうのか?
「……まぁ、それも悪くないかなぁ」
だって楽しそうだし。
楽しきゃ何だっていいじゃん。
……ああ、でも今の暮らしもちょっと捨てがたいなぁ。
だって血が飲み放題だったもんな、そう、あの二人が――
――あの二人って、誰だ?
頭に浮かぶのは、ぼんやりとした二人の姿。
そう、この二人だ。名前は――
「――ココと、ニーナ」
――そうだ、ココとニーナ。
だけど……ダメだ、名前以外思い出せない。
でも、ココもニーナもすごく大事な人な気がする。
誰だ? 知ってるはず、なのに思い出せない。
……いやだ、忘れたくない。他の何を忘れても、この二人だけは、忘れたくない。
「あっ……ぐう!!」
頭痛がする。めまいがする。
消えたはずの俺の一部が、思い出せと必死に叫んでいる。
「捕まえたぞ!!」
「ぐっ……このタイミングかよ」
頭痛によろめいていたら、魔族に捕まってしまった。
握りつぶそうとしているようだが……再生能力が上回っていて潰れない。
「バカな! なぜ潰れん!」
「うるさい! いま大事なこと考えてんだよ!!」
内側から氷血術で槍を無数に展開、剣山のような状態になってその手から脱出した。
「ぐああああああ!! 手が、手がぁ!!」
「うるさい、手ぐらいでガタガタ喚くな」
ああうるさいうるさい。
さっきまでは心地よかった叫び声が、ひたすら癇に障る。
いま大事なことを考えてるんだ。
ココ、ココって誰だ? ニーナって誰だ?
「あああ、ああああああああああ!!」
「ああもううるさい!! 考え事の邪魔だ、疾く死ね!」
氷血槍にさらに螺旋模様を刻み込み、ドリルのようにして魔族の宝石に打ち込む。
「ぎゃあああああああああああああああああ!!」
「ちっ、汚ぇ悲鳴だ」
「あが、あ、ああ……魔王、様……」
核が砕け散る。どうやら事切れたようだ。
これでゆっくり考えられる。
ココ、ココって、ニーナって誰なんだ。考えれば考えるほどわからなくなる。
そもそも――俺は、誰だ?
いや、俺は『夜天統べる月の王』……いいや、他にもっと別の名前があって、その名前で俺はココと、ニーナと三人で……ああ、ダメだ。
記憶が、何もかも曖昧になって……。
「サクヤさん!!」
「ご主人!!」
「――ココ、ニーナ」
……そうだ、ココはこの娘だ。
狐っ娘で、柔らかな金髪の狐っ娘で、表情豊かな娘。
ニーナは、ダークエルフでやたら口が悪くて、でも素直で優しい娘。
……ああ、そうだ。彼女たちだ。俺をつなぎとめてくれる存在。
そう、戦うよりも、彼女たちのそばのほうが、よっぽど楽しい。
俺は……俺は!!
「あっ……ぐあっ……つぅ……!!」
「サクヤさん!? 大丈夫っすか!?」
激しい頭痛とともに、俺の失われた記憶が蘇る。
……ああ、そうだ。俺はサクヤ、望月朔夜。
『夜天統べる月の王』なんて大層なもんじゃない、日本から来たポンコツ吸血鬼のサクヤだ。
「ココ……ああ、もう大丈夫だ。今、大丈夫になった」
「なんすかそれ……でも、無事で良かった」
「まったくだぜ。心配かけんなよな、ご主人」
「ごめん、ごめんな……ありがとう」
忘れかけてごめん、繋ぎ止めてくれてありがとう。
そんな思いに突き動かされ、気がつけば俺は二人を抱きしめていた。
「ちょ、サクヤさん!? 急にどうしたんすか!?」
「ご、ご主人、アタシは別にいいけど、こんなところではちょっと……」
「ごめん、ごめん、もう少しだけ、このまま……」
もう、二度と忘れない。
そのために二人の体温を、鼓動を体に刻み込むように、抱きしめ続けた。