3-13
あの走馬灯の中で見た記憶でわかったことがいくつかある。
「――真名、開放!!」
真名の開放には詠唱が必要になる。
厳重に封印された真名は、いうなれば何重にもロックが掛かった金庫だ。
だから言葉の一つ一つで、少しずつ開放しなければならない。
「我が身は夜、無限に広がる漆黒の闇――」
「詠唱……? 隠し玉というやつかな? だが、素直に発動させると思うなよ!」
「ぐうっ……!」
そして、その詠唱、及び真名は俺の本名に基づいている。
というか、真名をもとに普段使う本名を名付けられるのだ。
俺の場合は……望月朔夜、満月から新月までのすべての夜。
「……我が魂は月! 満ちてはかける……神秘の光!!」
「いい加減しつこいな君は!」
「くおっ……! すなわち我は! 闇と光が織りなす暗き空!!」
……さぁ、ロックの解除は終わった。あとは開くだけ。
告げよ、我が名を――
「故に我が名は、『夜天統べる月の王』なり――!!」
――その瞬間、世界が一変した。
「…………ははっ」
迫る魔族の刃を、俺は素手で握って止めた。
「なにっ!?」
当然魔族は引き抜こうとするが、抜けない。
俺の手の中では切れた端から再生が起こっており、巻き込まれる形となった剣が抜けるはずもない。
魔力? そんなもん今まで封じられていた分がドバドバ溢れてくる。
血液? 上に同じだ。
なるほどなるほど……これが真名開放か……。
「いい!! 実にいいね最高だねぇ!! こんな力持っていながら今まで何やってたんだ俺は!? ああそうか記憶が封印されてたんだったな、なら仕方ねぇかハッハッハ!!」
「なにを……!?」
「……そうだな、まずはお前で試すか。新しいこの力を」
そういって、俺は剣を掴んだ腕を振るい、奴を投げ飛ばした。
まったく、名前を変えただけでここまで強くなれるのならさっさと変えておくべきだった。
さっきから力と闘志が湧き出て仕方ない。
この矛先は……さっきも言ったとおりあの魔族に受け止めてもらうとしよう。
落ちていた紅椿を拾い、魔族に斬りかかる。
「ハッハァ!! 行くぜ行くぜ行くぜ!!」
「なっ……なんだ、この動きは……!!」
上段下段中段中段おっとそこで下段!
先ほどとはまるで逆で、俺の剣筋に奴が翻弄されている。
今までののろまさは何だったのかと思うほど、俺の体はスムーズに動く。
「ああ気持ちいいなぁこいつは!!」
「くっ……なんだ、これは!! まるで別人ではないか!」
「ああ、名前が変わったんでな、さっきまでとは別人さ!」
「かっ……!?」
剣にばかり意識が行っていたところで、蹴りを叩き込んでやった。
んー、手応えからして背骨くらい折れてそうだが、奴の体は入れ物だって言うし、あまり効果はないか。
「ぐっ……げふっ……なにが、どうなって……!?」
「よう、入れ物がダメージ受けただけなのにちょっとふらつきすぎじゃない?」
「なっ、速――」
「お前が遅いんだよ」
剣を収め、ボディーブローを決める。
面白いように吹っ飛んでいくなぁ。
「大丈夫? そんなに吹っ飛んだら宝石砕けない?」
「なっ――」
「心配だから頭は殴らないでおいてやるよ」
代わりにその胸にヤクザキックをプレゼントだ。
「がはっ……!?」
「ありゃ、やりすぎちった?」
そのまま吹っ飛んでいくかと思ったら、足が胸を貫通してしまった。
やらかしちまったなぁ……と思っていたら、足を両手で掴まれた。
「捕まえたぞ……!!」
「ほう、胸にわざと穴を開けて俺を捕まえたか。で、どうするの?」
「こうするのさ!!」
そう言って奴は、俺の腹に剣を突き立てた。
なるほど、たしかに首を刎ねるよりも俺にはそっちのほうが効果的だ。
……だがまぁ、今の俺にはほとんど効果がない。
「なにっ……!? なぜ、出血しない……!!」
「そりゃ血管が破れる端から再生してるからな、さっき剣を握ったときと同じさ」
「バカな、これほどの再生速度……ありえない!!」
「ありえるさ、現に俺がいる」
手刀で剣を叩き折り、背中から伸びる剣身を掴んで引っこ抜く。
うおおう気持ち悪い感触……敏感なところを撫でられた感覚に似てるね。
そのまま折れた剣身を捨てれば、もう腹の傷は治っていた。
「バカな……バカな!!」
「なんだよお前、剣がなかったら何もできないのか? 剣をなくしたときの手段を用意してないと剣士としては三流だって誰かが言ってたよ?」
はて、あれを言ったのは誰だったか……まぁいいか。
「なめるな!!」
「おっ、いいねぇカモンカモン! それワンツーワンツー!」
「ぐっ……! がっ……ぬおおっ!!」
殴りかかってくる奴の拳を受け止め、カウンターで殴っていく。
顎を重点的に……それワンツー!
「ぐあっ……!?」
そのまま奴の体からがくんと力が抜け、倒れ伏す。
……あれ? もしかして脳震盪?
入れ物の体なのに脳震盪なんか起こすのかよ……もっと戦闘特化で弱点のない体作れよな。
「なぜ……だ。なぜ……ここまで急激に、強くなった……!?」
「封印してたものを開放しただけだ。今まで封じられ、蓄積していたものをな」
俺は二つ名という枷をはめられ、本来の力を封じられていた。
しかし封じられたままでもその力は俺とつながっている。俺が成長するたびに力も成長し、魔力と血液を蓄積されていった。
それが一気に開放されたのだから、こうもなりますわ。
「ああ楽しいなぁ嬉しいなぁ。こんなに強くなれて、次はどんな強敵と戦えるのかね? ドラゴン? 魔王軍の幹部? いやいっそ魔王と戦ってもいいなぁ!」
「バカなことを……魔王様は今のお前でも勝てはしない!!」
「それならそれでいいさ。大事なのは楽しいかどうかだ」
「な……なんだ、と……?」
「だから楽しいかどうかだって。雑魚を蹂躙するのも無双ゲーみたいで楽しい。同格の相手とは成長できて楽しい、自分より上の相手は挑戦するのが楽しい。瞬殺されるのは……まぁ、遥かな高みにいる相手と戦えたってのが楽しいだろうな。つまるところ、俺は戦えれば楽しいのさ」
「…………狂ってる」
「かもな。真名開放で俺はどうも頭のネジが外れちまったみたいだ」
けど、それでもいいかなって思ってるのが恐ろしい。
我ながら随分残念な頭になってしまった。
「まぁ、今回はこのへんで終わりかな。もうお前と戦ってても楽しくないし」
「なにを……!!」
「飽きたんだよ。お前の剣筋は見切ったし、格闘戦も二流。もういいよ、底が知れた相手との戦いほどつまらないものはない」
「ふざ……かはっ……!?」
「だから死んどけ、安らかにな」
血液剣で、奴の首を刎ねた。
随分ゆっくりとやったつもりだったんだが……どうも見えなかったらしい。
しかし、さっきまであれだけ苦労してたのに、今の俺なら血液剣で一発か。
全くさっきまでの俺は何やってたんだろうね? こんな簡単なこともできないなんて。
「さて、これからどうすっかなぁ……」
このまま冒険者を続けるってのも退屈だし……やっぱ魔族に言ったとおり魔王軍にカチコミかけるかね?
……ああ、でも。
「その前に……ここにいる冒険者全員に喧嘩を売ったら、楽しいかなぁ」
まだAランクの冒険者は残っているだろう。
一部の強者しかなれないというAランク……戦ったらさぞ楽しいだろう。
「さて、んじゃあカチコミを……あれ?」
魔族を殺したというのに、結界が解除されていない。
……俺としたことが、手の内を知り尽くしたと油断したか。
「まだ生きていたか、魔族」
振り返れば、そこには立ち上がり、首をくっつけている魔族がいた。
「……お前は危険すぎる。ここで私が倒す」
「……まさか首を落としても死なないとはな」
「言っただろう、私は核が砕かられない限り死なない。そしてお前を倒すために……私も奥の手を見せよう」
「へぇ、奥の手か。そりゃあ面白い」
さて、この瀕死の魔族がどんな奥の手を見せてくれるのか……実に楽しみだ。
「その減らず口、今すぐ叩けないようにしてやる。………ウオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
魔族が吠えると、その体が変化していく。
体が巨大化し、服が破れ、肌は紫色へ変色していき。
頭は顎が伸びて角が更に大きくなり、全身が黒い体毛で覆われていく。
その姿は……山羊頭に巨大な胴体の、まさしく悪魔と呼ぶにふさわしい姿だった。
それを見て俺は…………楽しくて仕方がなくなった。
「いいねいいね最っ高だねぇ!! 巨大ボス戦、そういうのもあるのか!! こいつは楽しくなってきたぜ!!」
「我が真の姿を前に笑顔を浮かべる……やはり狂人、ここで始末する!」
「やってみろよ。巨大ボスはギミックが割れたらただの雑魚だ。お前はそうでないよう期待してるぜ!!」
そして、魔族の第二形態との戦いが始まる。