3-11
「クソッ! だめだ破れねぇ!」
「バーニングジャベリン!! ……ダメっす、あたしの魔法でも……」
サクヤと魔族を閉じ込めた結界を前にして、二人の少女が攻撃を叩き込んでいた。
しかし、結界は揺らぎすらしない。
「おいココ! あんたならブレイズ級も使えるだろ!? あれならこの結界も……!」
「ダメっす、ブレイズ級は威力が高すぎます。下手したらサクヤさんごと焼き払いかねないっす」
魔法には四つの階級があり、火属性最上位であるブレイズ級ならば確かに結界を破れるかもしれない。
しかし、ブレイズ級の破壊力は凄まじく、下手に使えば術者まで焼き尽くす魔法である。
故に使う場合が耐火結界で術者と仲間を守るのが基本だ。
しかし、結界内にいるサクヤに耐火結界を張る術はなく、ブレイズ級を使えば焼き殺してしまいかねない。
吸血鬼だから死にはしないと思うが……本人曰く再生能力のは限りがあるとのことなので、迂闊に使うことはできない。
「サクヤさん……どうかご無事で……」
「っだぁあ危ねぇ!!」
「そらもう一撃だ!」
「っクソが!」
結界によって孤立させられた俺は、絶賛苦戦中だった。
種を明かしたからなのか、奴は傷を恐れることなく攻めてくる。
捨て身の猛攻は、ただでさえ苦戦していた俺をさらに苦境に追いやった。
「そらそら! 守ってばかりでは勝てんぞ!」
「るっせぇ! 攻められるなら攻めてるわ!!」
激しすぎる攻撃の嵐に、俺は攻め手を失っていた。
なんせ縦横無尽に絶え間なく剣戟が迫るのだ。体捌きどうなってんだマジで。
そんな状態だから紅椿で捌き、氷血晶で防ぎ、さらに急所以外の攻撃は全て無視してなお、俺は攻める起点が見つからずにいる。
「ぐっ……つう……」
ああちくしょう、傷が痛む。
再生能力は切っている。常時オンにしておくと治さなくていい細かい傷まで治してしまい、魔力と血液の無駄になる。
結果としてこうして傷が痛むが……グラインさんとの訓練ではもっと痛い目を見てきた。なんら問題ない。
……そこまでしてなお勝てないのは問題だが。
「っはぁ……はぁ……」
「しぶといな君は。これだけ攻めても守り切る……実に面白い」
「はぁ……なんにも……はぁ、はぁ……面白くねぇっつってんだろ……」
酸素が足りない。肺が悲鳴を上げている。
腕はもうガタガタ、身体強化しているというのに押し負けるようになっている。
……このままじゃジリ貧だ。
……俺が勝つにはどうすればいい?
……そんなのわかり切っている。
奴の猛攻を掻い潜り、奴が言っていた核とやらを破壊する。
「……理不尽ゲーがすぎるぜまったく」
まず前提である奴の猛攻を掻い潜るってのがしんどい。
加えて奴の核とやらの場所もわからん。
どう足掻いても絶望ってやつだ。
……いや、核の場所についてはある程度当たりが付いてる。
奴の頭……正確には額。
そこに張り付く宝石だ。
最初はアクセサリーかと思ったが、外付けではあり得ないほど揺れないのでよくよく見たら、額と一体化していた。
ゲームだったらまず間違いなく弱点だろう。
……とはいえこれはゲームではなく現実。あんなわかりやすい部分が核というのは、正直無いと思う。
思うが……他に手がかりがないのも事実。
「とりあえず、あれの破壊を最優先にするか」
目標は決まった。あとは達成するだけ。
「っしゃ行くぞオラァ!!」
「ククク、来るがいい!」
しかし、先ほどと同じでは攻める暇がないのはわかり切っている。
ならば、守りを減らせばいい。
守りは氷血晶オンリー、紅椿は全て攻めに回す!
「だらぁああああ!!」
「ははっ、君も捨て身で来たか! だが悪魔族の私と違い、人間の君では持たんぞ!?」
「あいにく……」
……もう考えるのはやめた。
吸血鬼狩りにバレるとかもうどうでもいい。
こいつは俺の全力を出さなければ勝てない。
ならば――
「……俺も人間じゃ無いんだよ!!」
――吸血鬼としての力を全て使って、俺は勝つ!
オスカーの剣が俺の腕を切り裂く。
しかしあらかじめ血液操作を行なっていた俺の右腕は、血液に引っ張られてまるでヨーヨーのように戻り、くっつく。
「なに!?」
「その隙、貰った!!」
驚愕に、一瞬魔族の動きが止まる。
その隙を逃さず、俺が紅椿を額に打ち込んだ――!
「……なるほど、妙な魔力を漂わせていると思っていたが、そうか、君は吸血鬼か」
「なっ……硬っ!?」
俺の剣は奴の頭を割ることなく、宝石に傷一つつけられずに止まってしまった。
「見事、実に見事。ギリギリまで吸血鬼の力という札を隠し、私が人間だと思い込んだここぞというところで切ってきた。そして私の核を見抜く洞察力……実に見事だ。惜しむらくは、私の核を切り裂く技量がなかったことか」
「がはっ……!!」
俺はオスカーに蹴り飛ばされ、距離を空けられてしまった。
再度内臓破裂してしまったが、そんな軽傷はどうでもいい。
「まさか……斬れないとはな……」
「悪魔族の核は人間よりはるかに丈夫な骨の、さらに数十倍の硬度だ。私の身体を斬るのに私の力を使わなければならなかった君では斬れんよ」
……ヤベェ、打つ手がない。
さっきのは今までと違い、血液も使う全力の強化の上で放った一撃だ。
それが通らないとなると、どうあがいても奴の核を破壊でき無いということになる。
一体どうすれば……。
「さっきのは君の最高の一撃だろう? それが通じないとあっては、君に勝ち目はない」
「……どうかな? まだ隠し球があるかもよ?」
「それならそれで正面から叩き潰すまでさ。……そう、君はもう生き残る目がない」
「……」
全くもってその通りだな。
だが、大人しく殺されるほど、俺は潔くないぞ。
……しかし、オスカーの言葉は続く。
「とはいえ、だ。君の能力はここで失うに惜しい。この見事な力を持った男を、私は失いたくないのだよ。そこで提案だ」
そういうと、オスカーは俺に手を差し伸ばし、笑顔で言った。
「魔王様に忠誠を誓いたまえ。我らの仲間となるのならば、私は剣を納めよう」
「……は?」
俺が、魔王に忠誠を……?
つまり、降伏しろと。そして、軍門に下れと?
「魔王様には私から口利きをしよう。それに君の仲間二人、彼女たちの安全も保証する」
「……っ!?」
……その言葉には、ぐらりと来た。
俺がこのまま死ねば、次のターゲットはココとニーナの二人だ。
二人が安全だというのならば……。
「君には資格がある。吸血鬼という資格、そして強者としての資格。ふたつを兼ね備えた君は、魔王軍にとって得難い人材だ。どうかな? 一考の余地はあると思うが」
「俺、は……」
もう、いいんじゃないか?
なによりもココとニーナの安全が保証されるし、案外魔王側のほうが日本に帰る方法を知っているかもしれない。
それに、このまま戦って何になる?
どうあがいても俺ではこいつに勝てないし、万一勝てたとしても吸血鬼狩りには俺が吸血鬼だとバレてしまった。
……そう、俺は吸血鬼。
日本が特別だっただけで、吸血鬼と人間は相容れない。
ならば、魔族として人間と戦う方が……。
「……馬鹿だな俺、そんなことできるはずがないのに」
……そうだ。俺はずっと人間に囲まれて生きてきた。
人間は千差万別、いい奴も悪い奴もいる。
そう、いい奴だっているのだ。
この世界でも、それは変わらない。
そんな連中と、俺が戦えるわけないだろ。
だから答えは決まってる。
「お生憎様だな、俺は人類の味方だ。何があろうと、俺は人間を裏切らない」
「君は吸血鬼だ。受け入れてくれる人などほとんどいないんだぞ」
「ごくわずかでもいるなら十分だ。俺はそいつらを裏切れない」
「……交渉は決裂か」
奴は少しだけ残念そうな顔をして……次には、無表情になっていた。
「では私は君を殺そう。魔族の敵である君を」
「やってみろ三下」
俺は紅椿を右手に、小太刀サイズの血液剣を左手に、魔族へむかって駆け出した。