3-08
以前にも説明したが、ここ帝都は元漁村だ。
それゆえに北側が海に面しており……海に面しているがゆえに、海を渡って攻めてくる魔族との防衛線なっている。
俺たちは、そんな防衛線のある北門に集結していた。
「このAランク冒険者であるガラッゾ様がいれば、魔族など瞬殺だ! お前ら低ランク冒険者は周りの雑魚を狩って俺の邪魔をさせなければそれでいい!」
低ランク冒険者を安心させるためか力強い声で鼓舞するもの。
「…………」
静かに開戦を待つもの。
「滾るねぇ、久々の防衛戦だ」
「少しは歯応えのある奴だといいんだが」
闘志を滾らせるもの。
まさに三者三様といった様子だ。
共通点があるとすれば、彼らは俺のような木端冒険者とは違う、実質最高ランクであるAランク冒険者であるということか。
……まぁ、魔族との戦闘は彼らに任せればいいだろう。
俺たちは木端らしく、雑魚狩りに専念させてもらうとしよう。
「おや、久しぶりだなサクヤ殿」
「エドワードさん」
不意に声をかけられ、振り返れば衛兵隊長のエドワード氏がそこにいた。
……ああ、前に言ってた共に戦うってのは、このことだったのか。
そりゃ街の危機なわけだし、冒険者だけに任せるはずもなく、衛兵隊が出てくるのは当然か。
「前は私がついた時にはもう終わっていたからな。今回こそAランク間近とも言われるサクヤ殿の腕前、見せていただこう」
「誰が言ってるんですかそんなこと……ご期待には添えませんよ、派手に戦う気はないんで」
「ふっ、強者は望む望まないにかかわらず戦いの渦中に巻き込まれるものだ。期待しているぞ」
うわぁ、ここまで嫌な期待もそうそうないぞ。
なんか面倒に巻き込まれるフラグっぽいからやめてほしい。
「そら、嫌そうな顔していないで準備しろ。そろそろ門が開くぞ」
『ーー開門!!』
エドワード氏の言葉と同時に、北門が開く。
風に乗ってほんのりと磯の匂いが漂い……門の外の風景が飛び込んできた。
門の外は、言ってしまえば廃墟だった。
もとは漁のためにここから海岸線までズラッと街並みが広がっていたのだが、魔族との戦争が勃発し、防衛のため海岸付近の街は廃棄され……こうして廃墟になった。
そして、そんな廃墟の町を、大量の魔物の軍勢が侵攻していた。
全体的に、悪魔のような魔物が多い。
しかしそれらに紛れてでかい鳥やコウモリ、精霊というには少々邪悪な霊的な存在に、懐かしきワイバーンもいる。
これら飛行部隊のほかにも海を渡ってきたのか、半魚人や人魚、大ダコやダイオウイカなどの海産物系、珍しいところだとネッシーみたいな海竜系の魔物もいる。
さらにどうやって海を超えてきたのかゴブリンやらオークやらオーガやらトロールやらのいつもの魔物たちもぞろぞろと連れ立って歩いている。
「おいおいおいおい、いくらなんでも多すぎるだろ……」
「なに、これくらいならまだ少ない方だ。では我らは先行するのでここからは別行動だ。武運を祈る」
「ええ、そちらもお気をつけて」
駆けていく衛兵隊を見送り、俺たちは気合を入れ直す。
「よし、俺たちもやるぞ。フォーメーションを崩さないように、まとまっての行動を心がけるんだ。はぐれたら終わりだぞ」
「心得てるっすよ」
「了解だぜご主人」
本来、俺は団体行動とかが苦手なのだが……四の五の言ってられない。あの敵集団の中ではぐれたら助からないだろう。
「よっしゃ行くぞ!」
「「了解!!」
そうして俺たちは、敵の集団に向かって駆け出した。
さて、俺たちのフォーメーションとか実にシンプルだ。
「はぁっ!」
俺は目の前の鬼のような魔物――オーガに向けて紅椿を振り下ろす。
当然相手は回避をするが……予想通りの動きだ。
「ココ!」
「はいっす! フレイムジャベリン!!」
オーガは回避したことでココの射線上に入り……炎の槍に貫かれる。
このように俺がヘイトを受け持ち、敵を誘導してココの魔法を打ち込むのが一つ。
そしてもう一つが――
「おいおい、隙だらけだぜ?」
ココの魔法で視界が眩んだのを見逃さず、ニーナが手にしたナイフで首を切り裂き、さらにその死体を蹴って他の魔物へと飛び移り、さらに首を切る。
そう、俺の攻撃やココの魔法を隠れ蓑に、隠蔽魔法でニーナが次々に暗殺していくのがもう一つの戦法だ。
ぶっちゃけ、人型の魔物相手だと急所がわかりやすいから、暗殺者スタイルのニーナはこの上なく強いんだよな。
アサシンキルが決まること決まること。
人間ならばともかく、武器を振り回す程度の知能しかない魔物では意識の外からの攻撃に対処できるはずもない。
はっきり言って、この場で一番活躍できてないのは俺だ。
……いいんだよタンクだって大事なんだから。縁の下の力持ちこそ俺の理想だ。
……それに、目立ちすぎると奴らが怖い。
「…………」
吸血鬼狩りたちは、今も俺たちを監視している。
ちゃんと戦いながらだから、文句も言えない。
「ああクソ、やりづらいなぁ!」
苛立ち紛れにトロールの棍棒を受け止め、そのまま円を描くように受け流す。
そしてその勢いのまま、首を刎ねた。
「おお、さすが魔剣にパワーアップしただけのことはあるな」
俺のイメージでは首を折るつもりだったのだが、紅椿はしっかりと切り裂いてくれた。
素の状態でこれなら、切れ味を強化したときはもっと期待できそうだ。
……でもまだ血液剣の方が優秀なんだよなぁ。
元が俺の一部だから手足のように扱えるし、切れ味も形状も変幻自在だし、最近は氷血術もあって耐久度もかなりのものになってきたし。
まぁでも紅椿も優秀だから、血液剣との二刀流とかも悪くない。
二刀流は難しいけど、片方がほぼ手足みたいなもんの血液剣とならそこまで難易度は高くないはずだ。
だが、実用化するには吸血鬼狩りの監視から外れなければならないわけで……。
「ああああマジ邪魔クセェ!!」
苛立ちを紛らすように大量の敵をひきつけ、ココにパスする。
「ココ、腕の見せ所だぞ!」
「ちょっ、多いっすよもう! フレイムジャベリン――五連射!!」
五発の炎の槍が、十匹近くいた魔物を次々貫き、絶命させていく。
おー、パスした俺が言うのも何だが全部倒し切るとは。
一応フォローに行く準備整えてたんだが、さすがである。
「ほう、こりゃアタシも負けてられねぇな!」
そう言ってニーナも次々キル数を稼いでいく。もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな。
っと、そうも言ってられない!
「ココ、後ろだ!」
「あいあいさー!」
後衛とは思えない動きで攻撃を回避し、魔法を打ち込んで敵を倒すココ。
……うん、知ってたけどさ。ココが前衛並みの動きできるって知ってたけどさ。
俺の中途半端なフォロー体勢はどうすればいいんだい?
……これ、もうフォーメーションと言わず各自勝手に暴れたほうがいいのでは?
いや、でもそうすると危ないときフォローに行けないし……。
危ない場面あるのか? と聞いてはいけない。あいつらだって数十体以上の魔物を一人で捌くのは難しいはずだ。……難しいよな? ……多分難しいんじゃないかな? うん。
……周りを見渡せば、流石にCランク以上の冒険者。危なげなく雑魚連中を退治している。
少々不安なのがワイバーンと、海竜か。そこだけ危うい。
……となれば、多少本気を出しても大丈夫だろう。
「氷血術――氷血槍!」
剣を収めて連中に見えないよう素早く指を噛み切り、氷血術を発動。
見た目はただの赤い氷雪属性魔法だから、これくらいは見せても大丈夫なはずだ。ていうかここまでの依頼で何度か見せてるし。
「一斉掃射!」
二十の槍を飛ばし、目につく限りの魔物の頭を砕いていく。
「ふはははは!! 爽快爽快!」
「あー、サクヤさんなにあたしらの獲物奪ってるんすか! おとなしく壁役やっててくださいよ!」
「うるせぇこっちはストレス溜まってんだよ! 少しくらい発散させろや!」
ふう、まぁでもいまのでだいぶスッキリしたし、ここからは再度壁役に徹して――
――その瞬間、空間を割くように凄まじい速度で何かが横切り、それに続いて地を割るような轟音が響き渡った。
「なんっ!?」
「ぐっ……ああ……」
それは、人だった。
それもただの人じゃない。さっき低ランクを鼓舞していた、Aランク冒険者の一人だ。
「――」
それは、ほぼ直感だった。
直感で男の前に出て、直感で剣を抜き、直感で振るった。
それが功を奏した。
とてつもない衝撃が手のひらに伝わり、遅れて凄まじい剣戟音が響いた。
……音速以上の剣戟? 嘘だろおい。
「ほう、私の一撃を防ぐか、面白い」
「ぐぬっ……おお……なにも面白かねぇよ……!!」
今もなお、とてつもない剛剣で俺を切り裂かんとするそいつは、俺とそれほど歳の変わらない少年だった。
だが、その頭にはねじれた山羊のような角が生え、額にはアクセサリーだろうか、エメラルドを思わせる宝石がくっついている。
さらに悪魔のような翼と尻尾。
……間違いない。
こいつが、今回攻めてきた魔族だ。