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「いたか?」
「いや、見当たらん。しかしなんて日だ、吸血鬼が城に入り込み、さらに無記名で城に侵入した狼藉者が現れるとは……」
「……まさかとは思うが、あのザビエルとか名乗ったやつ、吸血鬼では?」
「バカを言うな、上からの通達で吸血鬼は黒髪黒目の少年の外見をしていると聞いている。あいつは茶髪に青い瞳だった」
「……だが、吸血鬼は変身能力を持つという」
「まさか……それでは吸血鬼が野に放たれたということか!?」
「可能性は大きい、すぐに上へ報告して大規模な捜索隊を組むべきだ」
「だが変身したというのなら、また別の姿に変身できるということだ、一体どうすれば……」
「考えるのはあとだ、とにかく報告を――おっと、済まない少年、怪我はないか?」
仲間と何事かを話し合っていた騎士は、うっかりぶつかってしまい、転んでしまった少年に手を差し伸べた。
金髪碧眼の、凛々しい顔立ちの少年だ。
「は、はい、大丈夫です」
「よかった、少年、こんな時間に路地裏を歩いていては危ないぞ」
「す、すみません、気をつけます」
「ああ、わかってくれればいいんだ。では私は任務中なので失礼する」
そう言って城に戻ろうとした騎士だが、ふと助け起こした少年に違和感を覚えた。
いや、違和感というか既視感というか……。
「どうした、急ぐぞ」
「あ、ああ、そうだな」
ふと振り返れば、少年はもういなかった。
騎士は頭を振ると、そのまま城へと向かっていった。
あっぶねぇー!! まさか騎士にぶつかるとか……マジあぶねぇー!
城を出てすぐに服を変えて、髪と目の色を変えていたのが功を奏した。
服に関してはなんとなくぼったくられたような気がしなくもないが、それで命を拾ったのだから文句は言えまい。何より俺が稼いだ金じゃないし。
「とりあえず連中がザビエル=吸血鬼の結論に至ってしまったか……まぁ顔変えたしばれないだろ……多分」
俺の変身能力だと髪とかの色は変えられてもパーツは変えられないんだよな。
だからよく見ると同一人物だとバレてしまう。
まぁ、この世界にはヘアカラーもカラーコンタクトもなさそうだしよく似た別人で流されるだろうけど……。
とりあえず変身能力は要練習だな、理想は顔の作りを変えて別人になることだ。
とりあえず目の前の危機は去ったわけだが……まだまだ問題は山積みだ。
その中でも特に問題なのが、これだ。
……ぐぅ~
「……お腹すいた」
そう、空腹だ。
これが人間なら、城からパクってきた金でご飯を買えばいいだろう。
だが俺は吸血鬼、その名の通り血を食料とする存在だ。
吸血鬼にとって血液は食料であり、数多の特殊能力の源だ。
そして俺は城の脱出で結構な能力を使ってしまった。要するにただでさえ空腹気味だった夕暮れ時からさらに空腹感が増しているということだ。
「もう夜か……ただでさえ腹減る時間なのにあんだけ能力使っちゃったからなぁ……。うう……ふらついてきた」
空腹感のあまり、路地裏でうずくまってしまう。
いかん、このままだと空腹に任せて衝動的に人間を襲いかねない。
この歳で眷属持つのはちょっと……何より初対面の人から直接吸血するのは倫理的にまずい。
「……魔眼使うか? ああでも魔力がきついなぁ……」
吸血鬼は生まれつき魔眼を持つ。俺の場合催眠の魔眼だ。
簡単に言うなら、目を合わせただけで強力な催眠術をかけることができる。
これによって記憶を残すことなく血液を分けてもらうこともできるが……今は魔眼を発動させる魔力が殆どない。
これって詰んだのでは……?
そんな脱力感とともに、腹の虫の大合唱が二重唱で奏でられた。
……二重奏?
「え?」
「あう……」
ふと見上げれば、杖を持った魔法使い風の小柄な少女が俺の目の前でぶっ倒れそうになっていた。
「ちょっ!?」
流石に見過ごせず、倒れてくるのを抱きかかえて受け止めた。
ぐお……小柄な女の子と言っても人間……空腹で力が抜けてる今は……きつい……。
「お、おい、大丈夫か?」
声をかけつつ、よく見ればこの娘、狐のものっぽい耳と尻尾が生えている。
俺氏、リアルケモミミ少女との邂逅である。
……え、リアクションが薄いって?
いや、だって俺、知り合いに狐の妖怪がいるし。奴が人に変化するとだいたいこんな感じだからね、新鮮味が薄いっていうか。
それよりこの娘の服が気になる。
なんというか……改造した巫女服っぽいものの上から魔法使いのフード付きローブを着ている。
絶妙にミスマッチだが、妙にマッチしている。
しかし改造されているとは言え、巫女服なのだ。
もしかしたら俺の世界に帰る手がかりになるかも知れない。
まぁ、それはひとまず置いといて、先に彼女の介抱だ。
「どっか怪我でもしたのか? それとも病気?」
「うう……お、お腹……」
「お腹? 腹が痛いのか?」
「……お腹すいた」
その言葉に、がっくりと力が抜ける。
ああ……さっきの腹の虫二重奏はそういうことね……。
……いやしかし、これってチャンスなのでは?
この娘に飯を奢ってやって、その対価として血をもらう。
もらう理由はなんかこう……錬金術的なものの研究的なものって感じで誤魔化せばいい。
幸い金なら有り余ってる。まぁ俺の金じゃないけどね!
「よし、じゃあ俺が飯を奢ってやる」
「ほ、ホントっすか!? 神様……神様がいるっす!!」
……なんかこの娘、変な後輩口調だな。ま、まぁいいや。
「ただし、俺の頼みも聞いてもらうけどな」
「頼み……ま、まさか……ご飯を盾に、あたしにえっちなことを……!!」
「自惚れんな阿呆」
「ひどい!」
……いや、まぁ……たしかにこの娘柔らかい顔立ちで可愛いし、金髪に黄色人種の日本人ではありえない肌の白さとか、背は低いのに出るとこは出てるトランジスタグラマーな体型とか、何よりやっぱりきつね耳としっぽがたしかに男の本能を刺激するのだが、今はそれ以上に吸血鬼の本能のほうが問題なのだ。
「まぁ、飯屋に行きがてら話すとしようか。俺はこの辺の地理に明るくないから、案内頼むわ」
「はい! こっちっすよ!!」
「おう。……ああ、そういや名乗ってなかったな。俺は朔夜……こっちだとサクヤ・モチヅキになるのかな? まぁよろしく」
「あたしはココノエっす。気軽にココって呼んでほしいっすよ」
「オーケー、ココだな」
しかしココノエ、ココノエか……まさか九重からきてるのか?
巫女服といいやっぱり日本人が関わっているのだろうか? そのへんも含めてじっくりお話を聞かないとな。
で、なぜか俺たちは冒険者ギルドに来ていた。
ちなみに冒険者とはこのギルドに所属し、様々な人々から舞い込む依頼をこなすなんでも屋のような人たちのことだ。
まぁ、だいたい俺たち日本人が想像する冒険者であってる……と思う。
なにせココの言うことを総合したものだからな、相違があるかもしれん。
「で、冒険者についてはよくわかったが、なんでここなんだ?」
「はい、ここに併設された酒場は冒険者だと割引されるんす。それにここには依頼で血液を求めている人とかも来ますし、サクヤさんにお約束のものを渡す上でも丁度いいかと思った次第っす」
「お、おお……たしかにな」
……なんかこの娘思ってたより頭回るぞ!?(超失礼)
いかん、第一印象があんなだったせいでアホの子のイメージだったが、これはちょっと気を引き締めないとあっさり正体バレ、なんてことになりかねない。
「まぁ、とりあえず飯食うか」
「よっしゃ、行くっすよサクヤさん!」
……やっぱアホの子かも。