3-05
四人の友人と酒を酌み交わした翌日――
「うえぇ……気持ち悪い頭痛い……」
――俺は見事に二日酔いになっていた。
「とりあえず再生能力をオンにして……毒素が分解されるの待つかぁ……あいたたた……」
頭を押さえつつ、能力を使ってアルコールの分解を試みる。
どうやら上手くいっているようで、少しずつだが症状が和らいできた。
「にしても……昨日の記憶が曖昧だな……うぇ」
ううむ……なんか果実酒が美味しくて飲んでたら気分良くなってきたあたりまでは覚えてるのだが、その後がよく思い出せない。
……なんか変なこと口走ってなきゃいいのだが。
「考えても仕方ないか、ていうか考えるのが辛い」
とりあえず喉が渇いた。アルコールの分解には水分が必要というし、水差しに水を入れてこよう。
そう思って部屋を出た時だった。
「「あ」」
ココとバッタリ遭遇した。
うん、ある一点を除いていつものココだ。
しかし俺は、その一点に釘付けになってしまった。
「あ、ええと……おはようございます。気分はどうっすか?」
「へっ!? あ、ああ、そうだな。絶好調だ!」
今まさにココを見て絶好調になったよ。
「そ、そうなんすか。さすが吸血鬼っすね」
「あ、ああ、まぁな。それより、髪型変えたのか?」
そう、俺が釘付けになっていたのはココの髪型
ココの髪が……ツインテールになっていたのだ。
ツインテール、俺の大好きな髪型
しかも金髪ツインテで倍満。くわえてココの美少女補正でドラが乗って、さらに恥じらうような表情で槓ドラも乗ってもう役満だ。
何を言ってるかよくわからなくなってきたが、それくらい俺の心は掻き乱されていた。
「え、ええまぁ。たまにはアレンジしてみるのもいいかなーと思いまして」
「そ、そうか。よく似合ってるぞ」
「あ、ありがとうございます……」
似合いすぎててもう一生その髪型でいて欲しいくらいだという言葉を必死で飲み込む。
あかん、これはあかん。
なんていうか……可愛すぎてしんどい(語彙力爆散)。
このままではうっかりココに惚れてしまう。
それはまずい。相手はあのココだぞしっかりしろ。
そうだよく見ろ。ココがツインテールになったからなんだというのだ、ちょっと髪型を変えたくらいで落ちるほど俺の精神は弱くあっ駄目だよく見るともっと可愛い。
お、落ち着け望月朔夜、素数だ、素数を数えるんだ。素数は孤独な数字、常に私ああもう駄目まじ可愛い。
い、いかん、このままではマジで落ちてしまう。
くっ、この場は戦略的撤退を……ああでも今のココをもっと見ていたい!
「あ、あの、サクヤさん」
く、いかん先手を取られた!
「な、なんだ?」
「あの、その……付き合ってほしいんすけど」
「はい喜んで!!」
……やばい、脊髄反射で答えちゃった。
……まぁ、付き合ってほしいとは言われたけども。
「いやぁ、すみません。どうしても一人だと荷物が……荷物持ちみたいな扱いで申し訳ないんすけど」
「ああ……いや、それくらい別にいいよ……」
お買い物の荷物持ちでしたとさ。
まぁいいけどね。収納袋があるから荷物持ちに最適だしね俺。
「……サクヤさんなんかガッカリしてます?」
「へ!? い、いやそんなことないぞ! お買い物楽しいなぁ!」
……いや、別にガッカリはしていないぞ。ホントに。
実際マジの告白だったら困ったことになるし。
そもそも俺は元の世界に帰らなきゃいけないのに、この世界の誰かと恋人になれるはずもない。
そもそも冷静に考えて? あのココだよ?
見てくれは美少女だし狐っ子で可愛いけど、魔法の天才で下手したら俺より強いし、私生活はちょっとだらしなくてお世話したくなるし、実は意外と料理上手だったり、気心が知れてて一緒にいて楽だし、教え方は基本スパルタだけど時々思いっきり褒めてくれるあたりがちょっと嬉しくて……あれこれ全部いいところだぞ?
いや、そうじゃなくて付き合うのが無理と感じるところをだな……あれぇ? 一個もないぞ?
ど、どうしようココが俺の好みじゃないところが胸がでかいくらいしかない。
むしろ今日ツインテールが似合うという事実が判明したことでより好きな要素が増えている。
そんな……俺は実はココが好きだった……?
い、いやいやそんなまさか。
「ん? どうしたんすかサクヤさん?」
ツインテールを揺らしてこちらを見るココ。
あっ、好き。
いやいやいや、待て待て待て落ち着け望月朔夜。
勢いで告白しかけたけど落ち着け。落ち着くのって英語でなんて言うんだっけ? スタンディングバイ? いやコンプリートしてしまうわ。
いかん、全然落ち着かねぇ。
これはツインテールマジックだから、この感情はツインテールマジックによるものだから。
「ほ、ほら、さっさと行こうぜ」
「そうっすね、こっちっすよ」
「うむぐっ」
手! 手を繋いできおったわこの娘!!
いや手ぐらい何度も繋いでるけど! 何なら戦闘中は引っ張り回したりするけど!
こうして改めて繋がれると恥ずかしいわ!!
……かといって、振り払うわけにもいかない。
やむなく俺は顔が赤くなるのを抑えながら、ココに引きずられるがままに歩いて行った。
「いやぁこの本欲しかったんすよねぇ。……って、大丈夫っすかサクヤさん?」
「ああ、大丈夫だ……問題ない」
憔悴しきった俺は、目的地の怪しげな本屋でしゃがみ込んでしまった。
っはぁー……なんでこんなに今日は振り回されてるんだ。
いや原因は分かりきってる。
ツインテールだ。ツインテールが全て悪い。
ココが髪型を元に戻せばいつもの調子に戻れる。
……戻れるんだけど。
「? どうかしたんすか?」
「いや、なんでも」
……この可愛い姿をずっと見ていたいと思ってしまうジレンマ。
人のフェチに漬け込むとは卑怯なり……!
「で、何買ったんだ?」
そんな考えを振り切るように、ココに何気なしに訪ねてみた。
「はい、死霊術の本っす!」
「し、しりょうじゅつ」
「はい、死者の霊を降ろしてアンデッドとして使役する魔法っすね。帝国では禁術扱いで、これも見つかったら禁書っすね」
「やべぇ奴じゃねぇか!!」
「大丈夫っすよ、サクヤさんの収納袋に入れておけばバレないっすから」
「俺は隠し金庫か」
「まぁまぁ、それにこの本には死霊術で使う魔法陣が書いてあるだけで、使い方までは乗ってないっすよ」
「ふーん、どれどれ……」
渡された本をパラパラとめくっていく。
……なるほど、たしかに魔法陣ばっかだ。魔法陣ばっかなんだが……。
「ん、んん?」
本の各ページの隅っこに、記号のようなものが書かれている。
これをパラパラ漫画のように見ると……これ記号じゃなくて棒人間がなんかやべぇ儀式やってるところじゃん!!
「あれ、どうかしたんすか?」
「……いや、なんでもない」
……うん、これは俺の胸のうちに秘めておこう。
できれば本も誰にも見せないよう、奥にしまっておく。
「あ、そうだサクヤさん、日頃のお礼にこれ、プレゼントっす!」
「ほー、コイツは?」
「氷雪属性について書かれた本っす。複合属性についての本は珍しいんすよ」
「へぇ! ありがとうな!」
これは素直に嬉しい。
軽く見てみると、ちょいと小難しい文体で読みにくいが……読めないほどじゃない。
これを読めば、俺はもっと強くなれる。
そしたら……ココも、ニーナも、しっかり守れるようになれる。
「うん、大切にする。そうだ、お礼になにか……そうだな、ご飯でも奢ろうか」
「ホントっすか!? ぜひ行きましょう、行きたいお店があるんすよ!」
プレゼントにプレゼントで返したらきりがなさそうだし、食事とかで返すのがいいだろう。
ココって食欲魔神だしな。
「ぐっ……げふっ……」
……失念していた。
そう、俺はすっかり忘れていた。
ココは大飯食らい。最近は控えていたが、食うときは店の食材空にする勢いで食う。
そんな奴がすすめる店は……当然、量が半端なかった。
「さ、サクヤさん大丈夫っすか? あれっすよ、残しても特に罰金とかないっすし……」
「い、いや……食い物を粗末にするのは俺の主義に反する……!!」
思わずフォークとナイフを置きそうになる俺を、同じ量をさっさと食べきってしまったココが心配げに見てくる。
くうっ……このまま食いきれないのは主義と、そして男のプライドに関わる。
とはいえ、この量は流石に……。
……いや、落ち着け俺。認識を変えるんだ。
吸血鬼には通常の食事は必要ない。
しかし食べられるし栄養にはなる、そして完全に消化吸収してしまうので排泄も必要ない。
ならば、入るはずだ。
飲み込む端から消化吸収すれば、理論上いくらでも食えるはず。
吸血鬼の力はすべてイメージが重要だ。
イメージしろ……イメージするのは、常にデカ盛りを食い切る自分!!
「おおおおおお!! 食い倒れ上等、食い切ったらぁ!!」
「す、すごい勢いっすよサクヤさん!!」
で。
「うぼあ……なんで二日酔いで気持ち悪いのにデカ盛りに挑戦してんだ俺……」
「だ、大丈夫っすか?」
なんとか食い切りはしたものの、俺は吐きそうになりながらココに支えてもらっていた。
……そんな俺を見て、ココがしゅんとしてしまう。
「……すみません、サクヤさん。ほんとは、こんなはずじゃなくて……もっと二人で楽しめるお出かけがしたかったんすけど……」
……うっ、そんな顔するなよずっこいぞ。
「……いや、まぁ、飯は大変だったけどさ……プレゼント嬉しかったし、俺は楽しかったぞ?」
「そ、そうっすか?」
「ああ、また出かけようぜ。二人ででもいいし、ニーナを連れてもいい。また休みを作って、こうして遊ぼう」
「サクヤさん……はい、また遊びましょうね!」
「おっといい笑顔。ハイチーズ」
スマホを使い、ココの写真を取る。
普段はバッテリー節約のために電源入れてないんだが……どうしてもツインテココの写真が取りたくて、つい起動させてしまった。
「ちょっ、なんすかそれ?」
「んー、写真っつってな。光をこう、あれこれして、一瞬で風景を切り取って絵にするんだ。こんな感じ」
そういってココに写真を見せる。うん、いい感じ。笑顔が眩しい。
「な、なんか恥ずかしいっすね……消せないんすかそれ」
「いいじゃんいい笑顔だし。永久保存させてもらいます」
「や、やめてください! 消して、消してー!!」
追っかけてくるココを躱しながら、壁紙をこの写真に変える。
……なんか好きな女の子の写真壁紙にしてるみたいで恥ずかしいな。
ま、まぁいいか。どうせ滅多に起動させないんだし。
そんな風に言い訳して、消去を迫るココを躱しながら、宿へと帰った。