3-04
さて、新たな酒が用意されたわけで、観察してみたのだが……。
「……見た目はジュースっぽいな」
「味も甘くて飲みやすいぞ」
「まぁ、アルコールは弱めだから俺たちの好みじゃないが」
「なんだよこんな入門編みたいな酒があるなら最初から出してくれよ……」
「だって亜竜殺しがあんなにおこちゃま舌だと思わなかったし……ぶふっ」
「だから笑うなしばくぞ」
しげしげとぶどう色の液体を眺めつつ、一口飲んでみた。
ふうむ……確かにジュースっぽいが……なんかこう、後味に苦味を感じる。
あと、なんか喉の奥が熱い。これがアルコールの感覚なのだろうか。
「……まぁ、これなら飲めるな」
「よし、じゃあじゃんじゃん飲め! 俺たちのおごりだ!」
「……なんでそんなに俺に酒飲ませようとすんの?」
「酒はみんなで飲んだほうが楽しい! だから巻き込んだ!」
「巻き込んだ自覚はあるのか……」
「……ボソッ(あとついでに酔わせて亜竜殺しの恥ずかしい秘密とか聞き出したい)」
「……なんか不穏な気配を感じるが……まぁいいや。果実酒追加でー」
おごりということなら、まぁ飲んでもよかろう。
それにさっきも言ったが吸血鬼は毒素をすぐに分解してしまう。ワイバーンの毒ですら数分で分解した我が肝臓にかかれば、酒で酔うことなどありえんだろう。
……そう思っていた時期が、俺にもありました。
「あー……なんだろぐわんぐわんする」
「それが酔うってこった」
なんだかふわふわしてグワングワンして、しかしなんだかそれが心地良い。
なるほどこれが酔い……いや待てなんで俺が酔っ払ってんだよ!?
おかしい、なぜ毒素の分解が進まないんだ……?
「あれぇ……なんでだろ……?」
ああ思考がふわふわしてまとまらない!
考えろ、ワイバーンのときと違うことはなんだ……?
「あ……再生切ってる……」
そうだ再生能力! あれをオフにしているせいだ!
今すぐ再生能力をオンにして……。
「はれぇ…………? うまく思考できないぞぉ……?」
やべぇ酔いが回ってるせいでうまく能力が使えない!
なんてこった、酒はかくも恐ろしい代物だったのか……!!
「おうおう、随分酔っ払ってんなぁ亜竜殺し」
「その亜竜殺しってのやめろ……なんか恥ずい……サクヤでいい」
あー、あかん……これやばいやつだ。考えが全くまとまらないせいで、本能のまま言葉が出てくる。
「じゃあサクヤよ、ちょいと聞くんだが……お前さん『炎狐』とはどこまで行ったんだ?」
「えんぎつね……? ……ああ、ココか!」
そういえば俺たち、ワイバーンを倒したことで俺だけじゃなく、ココも炎狐なる恥ずかしい二つ名を頂いてしまった。
俺としては恥ずかしい限りなのだが、ココは天狗狐が払拭されたと喜んでたっけ。
「で、どこまでって何が?」
「だからさぁ、やることやったのか?」
……やること? なにそれ?
……ああ、男女のあれそれか!
「ええ……別になにもないけど?」
「……マジ?」
「まじ」
「うっそだぁ…………え、ほんとに何もしてないの? あの乳毎日見てて?」
「おれは身持ちがかたいのです!」
あははーなんか楽しくなってきたー、あ、果実酒もう一杯追加でー。
「あとー、ココはなんか恋愛対象から外れてるっていうかー」
「あー、まぁわからなくもない。アイツプライド高いしなぁ」
「え、アイツ割と気軽に土下座するよ?」
「「「「え゛っ」」」」
「このまえもー、ダンジョン行こうぜーって言ったらやけに嫌がるからといつめたらー、なんか火属性が使えないのが嫌だったらしくて、土下座してダンジョンは勘弁してください!! って言ってたなー」
あれおもしろかったなーってケラケラ笑っていると、四人はドン引きした顔になっていた。
なんでだろうなー?
「だから別にあいつプライド高くないし付き合いやすいよ? まぁ昔はしらんけど」
「……炎狐も変わったってことか」
「まぁ、たしかに天狗狐とか呼ばれてた頃よりは棘取れてるしな」
「にしたってさっき思いっきり袖にされてる男冒険者見たんだが……」
「知らんがな。でもまー美少女だよねーココ。胸でかいし」
「そう! それ! なんであの胸が間近にあって我慢できるのお前!?」
「えー、そりゃなんかーこう……友達っていうか、悪友って感じだからあんまり恋愛対象として見れないっていうかー」
あ、ジョッキが空だ。すんませーんもう一杯追加でー。
「あー、まぁ、そういうのもわからなくはない……かな?」
「確かに親しすぎると恋愛対象から外れることもあるか……」
「じゃあサクヤよ、お前さんどんな女がタイプなんだよ?」
「えー、俺の好みなんか知ってどうすんのさー?」
美人局か? 美人局を仕掛けるつもりなのかー?
だが生憎だったな、さっき言ったように俺の身持ちは硬いのだ!
そう簡単に引っかかったりはしないぞ! ……あ、あの子結構かわいい。
「そりゃお前、友人なんだからそういう話をしてもおかしくはないだろう」
「友人……? 俺たち友達だったっけ?」
「ああ、友達じゃないかサクヤ!」
「こうして名前で呼び合ってるのがその証拠さ」
「一緒に酒を飲んだら、もう友達だろ?」
「そっかー、友達ならしかたないかー」
まったくしょうがない奴らめ、そんなに俺のことが知りたいのか。
だったら教えてやろうじゃないか。あ、果実酒もう一杯。
「えーっと、好きなタイプだっけー? んー、そうだなぁ……」
とはいったものの、俺って特に女性の好みに頓着ないんだよな。そもそも恋愛経験がないし。
どうしても男としての本能より吸血鬼の本能が先に来ちゃうというか。
……あー、でも吸血欲が湧かない二次元の世界には恋人や嫁はいっぱいいるし、それを参考に言えばいいのか。
「そうだなぁ……努力家で諦めないやつかな」
「努力家?」
「そう、人一倍頑張ってて、それを表に出さずにひたすら努力する努力家な女の子! 周囲の心無い言葉に何度も心を痛めながら、それでも頑張って乗り越えたときには流石に涙が出たね」
「お、お前まさかその子と!?」
「いいや、これはえーっと………その……そう、小説の話だから! こんな子いたらいいなぁってつい思っちゃったんだよ!」
ホントはエロゲのキャラなんですけどね。言わぬが花ってやつだ。
「あー、あとはそうだな……積極的に引っ張っていってくれる子がいいかな。俺自身そこまで行動力があるわけじゃないし、あんまり振り回されるのは勘弁だけど」
「積極的ではないのにあの戦績なのか……」
「狂戦士の戯言だ、聞き流せ」
「ちがいますー! あのときはニーナを食わせるために必死だっただけですー!」
まったく人をなんだと思っているんだコイツら、俺は人畜無害をモットーに生きる平和を愛する吸血鬼だと言うのに。
「まぁそれは置いといて、他には?」
「あー……そうだなぁ……」
……なんか本格的に頭が回らなくなってきたぞ。
思ってることがノンストップで口からこぼれていく。
「……残念なところがあるといいなぁ」
「残念なところ?」
「それはむしろ欠点では?」
「違うんだよ、仕事はできるのに私生活がだらしなかったり、優等生なんだけど実は勉強以外てんでダメだったり、優秀で真面目なんだけど手際が悪すぎてやる気が空回ってる子だったり、そういうギャップが愛おしいんだよ。あと、俺が支えてあげないと……っていう、庇護欲とかそういう感じの感情がむくむく湧いてくるのも大変良い」
「こ、これはまた……」
「こじらせてんなぁこの歳で」
いやいや、残念美人が好きな男は多いでしょ? 多いよね? 多いと言ってくれ。
「まぁ内面については大体わかった。要約すると努力家で周囲の批判にも負けない強い心の持ち主で、積極性があってやや残念な女の子…………」
「……これ炎狐では?」
「え? 炎狐って努力家なの?」
「知らんのか? アイツあの口調になってから死ぬほど魔法の勉強してるぞ」
「マジか、知らんかった」
「それはともかく、もしかして俺たちは、新手の惚気話を聞かされている?」
「いや待て、まだ判断するには早い」
「えー、ココがどうしたってー?」
何やら密談している中に割り込んでいく。あ、果実酒おねがしゃっす!
「なぁサクヤ、好きなタイプの内面はわかったが、外見はどうだ?」
「外見……? うーん、基本好きになった人がタイプだしなぁ」
「あくまで内面重視と。しかし好みはあるだろう、細身な人が好きとか肉付きの言い人が好きとか」
「あー……そうな、細身がいい。でも健康的な痩せな? ガリガリの骨と皮張りはいかんよ」
やっぱり健康が一番、健康の中でこそ、人間……もとい女性は輝くのだから。
……別に、吸血鬼的にガリガリだと食いでがなさそうだなぁとかは思ってないっすよ?
あ、果実酒くださーい。
「ふむ……では髪は?」
「髪? ……綺麗な黒髪とかいいよなぁ。烏の濡れ羽色って奴? ああでも金髪も捨てがたいなぁ。流れる絹糸のような髪は最高だと思う」
「なるほど、髪は黒髪か金髪で……髪型の好みとかある?」
「ツインテール!!」
「お、おおう、すごい食いつきだ……」
「ロングヘアのツインテール、そして金髪! これこそ至高の髪型! 某ベルトじゃなくてもベストマッチ! て叫ぶわ!」
「いや後半何いってんだかよくわからんが……」
だってツインテールだよツインテール。あ、怪獣じゃないぞ。
オタクはみんな大好きで、アニメキャラとかにはよくいるものの、現実ではさっぱり見かけないあの髪型。
無論、少々子供っぽいのは否めないし、あれが似合う女性が少ないのも事実だろう。
だが子供っぽいのが愛らしくあり、似合う女性の少ないという希少性がたまらない。
あの2つの尻尾がフリフリと俺の心を掴んで離さないのだ。
「あー、ツインテールね、あの娘みたいな」
「アレはツーサイドアップだ二度と間違えるな」
「アッハイ」
まぁツーサイドアップも大好きですけどね。ストレートヘアとツインテールのいいとこ取りみたいで実にかわいい。
しかしやはり一番はツインテールなのだよ。金髪ツインテとか鉄板だよね。
えー、あとなんだろうなぁ……あ、果実酒もう一杯。
「あとは……そうだな、背の低い娘がいいかな。俺身長高くないし」
「それはわかる。どうでもいいことなんだけど、やっぱりどうしても男としては彼女より背が高くありたいというか」
「これはわかりみ」
「甘いな諸君、自分より大きな女性に甘える快感をわかってない」
「それ恋愛感情じゃなくて母性求めてるだけでは?」
なんかなかなかカオスな会話になってきたなぁ。あ、果実酒おかわりー。
「んで顔は……綺麗よりも可愛い系がいいなぁ。あんまり綺麗で美人だと気後れしちゃうし」
「これはわかる」
「そうか? 俺は美人のほうが好きだな」
「…………まぁ待て、ここまでのサクヤの話を総合しよう」
「ええっと、背が低くて金髪で可愛い系…………」
「…………これも、炎狐に見事に当てはまるんだが」
「……もしかしてこいつ、炎狐大好きな自分の感情に気づいておられない?」
なんだよそりゃあココのことは大好きだよ? 大事な仲間だもの。あー、果実酒もう一杯。
「あとはー、そうだなー…………胸か!」
「胸!」
「おっぱいは大事だな」
「うむ、重要な要素だ」
「古典文学にもそう書いてある」
いや書いてねーだろ。あ、すみませんもう一杯追加で。
「胸はーそうだなー……小さい方が俺は好きだな!」
「「「「…………」」」」
「あれ? どしたん?」
「いや……疑問が氷解したからな」
「なるほど……噂には聞いていたが本当に存在するんだな、貧乳派」
「道理で炎狐に手を出さんわけだ」
「ああ、あの乳を見て理性を保っていられる理由がようやくわかった」
「なんだよなんだよ、貧乳だっていいもんだぞ!」
胸が小さい分ボディラインが美しいし、膨らみかけの未熟さが非常に可愛らしいし、なにより、貧乳を気にして恥ずかしがるのが超可愛い。あれはもう辛抱たまらん。
あ、果実酒もう一杯追加で。
「ってちょっと待てサクヤ! お前それ何杯目だ!?」
「え、んーと……十杯くらい?」
「初めてでそれは飲みすぎだ!」
「水飲め水!」
「えー、大丈夫だって俺強いしー」
「お前……翌日どうなっても知らんぞ」
「あー!! 何飲んでんすかサクヤさん! 人が苦労して仕事してたっていうのに……!!」
と、どうやら依頼をこなした帰りらしいココたちがやってきた。
なにやらボロボロだが、そんなココとニーナを見て笑顔になる。
「労働者を眺めながら飲む酒は美味しいね!」
「やべぇ、ご主人がダメ人間になってる……!」
「おう炎狐、ちょうどよかった! こいつ飲みすぎてるから連れて帰ってくれ!」
「多分二日酔いがひどいだろうからしっかり手当してやるんだぞ」
「お前らが飲ませたんだろうがー」
まぁいいや、今日はこの辺にしといてやるぜ!
「何様なんすかサクヤさん……ほら、帰りますよ」
「ココ、アタシが腰支えるから肩抱えてくれ」
「あいあい」
そんなわけで、俺はココとニーナによって持ち帰られたのだった。
なお、その後――
「……あの、ニーナちゃん。胸小さくする薬ってないっすかね?」
「お前……気持ちはわかるけど全女性を敵に回す発言だからなそれ。まず髪型から始めてみたら?」
――サクヤが眠ったあと、そんな会話があったとかなかったとか。




