2-閑話
これは、ニーナが宿を抜け出す数日前のこと。
深夜、ニーナが寝静まったあと、俺とココは俺の部屋に集まっていた。
「で、これらの調査結果を鑑みるに、ニーナは盗賊と見て間違いない。ニーナを買ったっていう奴隷商人も金品を大量に盗まれていたし、手口もだいたい手配書と一緒だ」
そう言いつつ、俺はココにニーナのものと思わしき盗賊の手配書を見せた。
内容としては手配者は名前は不明だがダークエルフの少女。罪状は脱走、窃盗、強盗、殺人、傷害、エトセトラエトセトラ……あのナリでよくもまぁここまで罪を重ねたもんだ。
手口も簡単にではあるが書いてある。
内容としては、主に非力な逃亡奴隷を装い被害者に接触し潜り込み、隙を狙ってありったけの金品を盗むというものだ。
基本的に盗みを邪魔しなければ殺しはしない。家主が気づいた場合も脅される程度で済んでいる。
しかし、本格的な討伐隊などは闇討ちによって全滅……皆殺しだったそうだ。
「なんとまぁ……あの可愛い顔でとんだ極悪人っすね」
「で、今回のターゲットは俺たちってわけだ。……そこで、提案なんだが」
「ニーナちゃんを見逃したい、でしょう?」
「……以心伝心とはこのことか」
さすが相棒と言うべきか、俺の考えはお見通しだったらしい。
「ですが、それには反対させてもらうっす。逃亡奴隷程度なら匿うのは問題ないっすけど、彼女は立派な犯罪者っす。犯罪者を手助けするような行為は、バレたときのリスクが高すぎます」
「まぁ、たしかに立派な犯罪幇助だからなぁ……」
でも、それでも俺は、ニーナを助けてやりたい。
「……なんで、あの娘にそんなに肩入れするんすか? はっ、もしやロリコン――」
「いや違うから」
……ロリ同人誌にはだいぶお世話になったが、あくまで二次元なのでセーフだ。そして三次元のロリには興味ない。
それはさておいて、ニーナを助けたい理由か……。
……自分でもよくわからないんだよなぁ
俺は犯罪は嫌いだ。
悪いことだからじゃない、人に迷惑がかかるからだ。
だから誰かを助けるためなら法を破ってもいいと思ってた。だからこそニーナを匿ったわけだし。
だが、彼女は犯罪を犯している。
特に許せないのは……殺人だ。
人殺しはいけないことだ。
被害者だけじゃない、遺族や友人など、周りの人間を悲しませる。
そんな罪深い業を、彼女は行っていた。
普段の俺なら迷うことなく衛兵に突き出しているところなのだが……。
「……やっぱり、子供だから、かな」
「え、やっぱりロリコン……?」
「そうじゃなくて、子供ってさ、守られる存在じゃん? 俺も小さい頃は力も体も弱かった。そんな俺を、両親は頑張って守って育ててくれた。ココだってそうだろ?」
「ええ、それは、まぁ……両親には感謝してるっすよ」
「でも、ニーナには両親がいない。守ってくれる人がいないんだよ」
……いや、もしかしたらいたのかもしれない。
しかしココの言うダークエルフへの迫害を鑑みるに、きっと碌な扱いを受けてなかったのだろう。
「その上ニーナは奴隷だ、しかも逃亡奴隷というおまけ付き。奴隷が主無しで、仕事できると思うか?」
「……無理、でしょうね。そもそも街に入れないっすから」
「誰も守ってくれない。仕事を得ることもできない。……そうなれば、生きるためには犯罪者に身を貶すしかないんじゃないかな」
「それは、まぁ……」
きっと、ニーナの人生は辛く厳しかったはずだ。
そんなニーナの人生に、二人だけでも、無償の優しさを与える存在がいてもいいんじゃないかと、俺は思うんだよ。
「そうだ、望むならニーナを仲間にしよう! 三人でパーティを組めば――」
「ちょっと待った! 流石に論理が飛躍しすぎっすよサクヤさん」
俺の提案に、ココが待ったをかける。
「なるほど、たしかにニーナちゃんは犯罪に手を染めなければ生きていけなかったのでしょう。そのサクヤさんの仮説は間違ってないと思います。……でも、被害者がいるんすよ?」
「う…………」
「盗みだけなら、金品を返せば済むでしょう。でも、彼女は人を殺めてる。犯罪者でもなんでもない、治安維持のための兵士を、殺し尽くしている。その罪は、とても重い」
……そうだ、人殺しは許されない。
悲しみを撒き散らし、どうあっても取り返しがつかないから。
それをしてしまったニーナを、かばう……。
それは、つまり……。
「ニーナちゃんを仲間にするってことは、彼女の罪を一緒に背負うってことっす。彼女に向けられる被害者の恨み、怨嗟。それを一緒に受け止めるってことっす」
「…………」
「それでも、サクヤさんはニーナちゃんの手を取るんですか? その覚悟は、あるんですか?」
……覚悟、覚悟か。
思えば、異世界召喚などされてしまったが、早々に逃げ出したのもあって、覚悟を問われる場面はなかった。
でも、今は覚悟という壁が立ちふさがっている。
その壁をぶち破らなければ、ニーナの手は取れない。
……ならば、答えは一つ。
「…………ある!」
ニーナ……ずっと一人で苦しんでいた少女に手を差し伸べずに、何が男だ、なんのための吸血鬼の力だ!
俺が親代わりに、主の代わりに、ニーナを守る。そう決めた!
「覚悟なんざ、助けたいって思ったときから決まってた。……でも、それに気づいたのはココ、お前のおかげだ」
「……どうしても、助けるんすね?」
「ああ、これは曲げられない。どうしてもって言うならココ、お前だけでも――」
「――わかりました。あたしもとことん付き合うっすよ」
諦めたような、それでいてなんだか慈愛を感じる笑みで、ココは言った。
「いいのか……?」
「言ったでしょう? あたしはあなたについていく、どんな事があっても。……犯罪者を仲間にする程度で、あたしが離れると思ったら大間違いっすよ!」
そう言って堂々と胸を張るココは、とても頼もしかった。
……これで、方針は固まった。
絶対にニーナを助ける。彼女が望まず、一人で生きることを選んだとしても。
「まずはそのための計画か。多分アイツ直近の被害者である奴隷商人に相当な恨み買ってると思うんだよね。だからその対策が必要だ」
「なら、隠蔽魔法のかかった魔道具とか作ってみませんか? そうしたら隠れて逃げられると思うんすけど……」
夜更けも近づく中、俺とココはニーナを助けるための策をひたすら考え続けた。




