2-15
「罪……? 何が罪だ! 欲しがってるやつにものを売りつけて何が悪い! 俺はただ仲介しただけだ、俺に罪なんかない!!」
「うわぁ……一番やべぇ返しじゃん」
「さすがのアタシもこれは引く」
俺とニーナ、揃ってドン引きである。
開き直るにしても、「今更数え切れるか!」的な罪を認めた感じの開き直り方ならまだマシだったんだが……。
これがあれか、自分が悪だと気づいていない最もドス黒い悪ってやつか。
「そうだ……そもそも証拠がない! バレなきゃ罪じゃねーんだよ!!」
「あ、証拠ならあるぞ」
「…………は?」
そう言って収納袋からバサバサバサーっと書類をぶちまける。
「えっと、こっちが貴族への違法薬物売買の証文、こっちが誘拐の指示書、セットで奴隷商人を買収して強制的に奴隷落ちさせた証言、他にもいっぱいあるぞ」
「な、なんでそれをお前が!?」
「そらお前あれよ、裏でゴニョゴニョしてだよ」
正確にはこいつの屋敷に侵入してそれらしき証拠を盗み取り、代わりに筆跡を完コピした偽物を残してバレないようにすり替え続けたのだ。
で、当然証拠を揃えたら頼るのは国家権力なわけで――
「サクヤさーん!! おまたせしたっすー!!」
「おお、ココ、帰ってきたか。ってことは後ろのが……」
「お初お目にかかる、サクヤ殿。私が衛兵団団長、エドワード・マルスだ」
「こりゃご丁寧にどうも。冒険者のサクヤ・モチヅキです」
――こうして、衛兵たちを取りまとめる団長殿に渡りをつけ、駆けつけてもらったのだ。
どうも衛兵たちもこの男はなんとしてでも捕まえたかったようで、話は非常にスムーズに進んだし、動き出すタイミングもこちらで決めさせてもらえるなど結構な優遇もされた。
「グドン商会会長グドン、もはや言い逃れはできんぞ。これだけの証拠があれば、貴様の絞首台行きは確実だ」
「は、はっ、いいのか俺に手を出して! 俺はテメェらの上役ともつながってる! 俺に手を出せばテメェらの首が飛ぶぞ!」
……そう、これだけ黒い噂があり、捜査の素人である俺でさえこれだけの証拠をつかめたにもかかわらず衛兵たちが動けなかった理由が、衛兵の取りまとめ役である貴族がこいつと癒着していたからだ。
下手に手を出せば自分たちの首が飛び、それでも強引に捕まえても適当に釈放されてしまう。
だからこそ、長年衛兵たちは臍を噛んでいたのだ。
だが、今日動いたということは、もちろん対策済みだ。
「ああ、その貴族か。奴さん死んだよ」
「………は?」
「俺の師匠はグライン・アルバート、この街の冒険者ギルドのギルドマスターだ。そして冒険者ギルドは国に対して強い影響力を持っている。あとはわかるな?」
「なっ………なぁっ!?」
……そう、冒険者ギルドはそのイメージに反して国に強い影響力を持っている。
なんせ一人ひとりが並の兵士以上の力を持った、冒険者という戦力を多数抱えているのだ。
この国では国防は冒険者に頼り切りだし、治安維持でも時折力を借りている。
そしてそのトップである帝都の冒険者ギルドの、そのまたトップであるギルドマスターの言葉は無視できない。
ようは俺がグラインさんにその貴族とグドンの癒着の証拠と、あとついでに一つでもバレれば首が飛ぶような不正の証拠を複数個渡し、国の上層部に訴えてもらったのだ。
こんなのに治安維持任せてる国に、戦力貸し出したくないんだけど、と。
当然そうなれば国は排除に動く。冒険者を失ってしまえば、魔族との戦争では現状維持すら不可能になるからだ。
加えて、衛兵たちの上役である騎士団のトップの貴族が、武人気質で不正を嫌っていたこともいい方向に働いた。
結果、件の貴族はその日のうちに爵位を剥奪された上で処刑。代わりとして騎士団トップイチオシの清廉な人物がそのポストに収まった。
「というわけで、お前を守るものはもうなにもない」
そして、俺は笑顔で親指を下に向けた。
「さぁ、地獄を楽しみな」
「い、いやだ、いやだ、嫌だァァあああああああ!!」
いやぁ、こっちの台詞も言えるなんて今日は本当にいい日だなぁ。
半狂乱になりながら護送されるグドンを、俺は笑顔で見送った。
……なお、犯罪者で極悪人とはいえ、人間が処刑されに行くさまを笑顔で見つめる俺は、それはもう恐ろしく見え、衛兵たちは震え上がったという。
……そんなつもり無かったんだけどなぁ。
「……サクヤ殿、感謝する。ようやく長年の仇敵の捕らえることができた」
「いえいえ、俺たちだけじゃ対処しきれなかったんで、おあいこですよ」
実際、国家権力に頼らなければあいつを殺す以外方法はなかったわけで、そうなると俺が犯罪者になってしまう。
ニーナの罪を精算してやるって言ったのに、増やすわけには行かないだろう。
「それでも、だ。……そうだな、なにか困ったことがあったらこれと、私の名前を出すといい。騎士団くらいまでならスムーズに通れるだろう」
「おっとこれは予想外にいい報酬が」
そう言ってエドワード氏が渡してくれたのは、なんか紋章の刻まれたメダルだ。
……もしかして、家紋? 印籠的なものなのかこれ。
まぁ、俺って国に追われてる立場だし、そうそう使うことなんてないだろうけど。
「あとは……そうだな。彼女の問題か」
そう言ってエドワード氏が見つめるのは、ニーナである。
ニーナも一瞬ビクッとしたが、それでも静かに沙汰を待っている。
しかし、ニーナは俺の仲間、当然ながらそのまま見過ごすつもりはない。
……とはいえ……ううむ、どうやってエドワード氏を丸め込んだものかなぁ……。
そんなふうに考え込んでいると、フッとエドワード氏が笑う。
「まぁ、今回の功労者であり、正義の味方である君の仲間だ。特に対処する必要はないだろう」
「……え、いいんですか?」
「ああ。それに我々が知るのは、盗賊はダークエルフの少女という情報だけ。彼女がそうとは限らないだろう」
……つまり、見逃してくれると。
これもまた今回の報酬ってことなのかね?
エドワード氏が清濁併せ呑むタイプの人で助かった。
「ああ、しかし主のいない奴隷というのは危険なものだ、いつ誘拐されてもおかしくない。君が主になってくれると、我々としても安心なのだが」
「……甚だ不本意ですが、やむを得ませんか。了解しました、近日中に契約に向かいます」
まぁ、俺がお目付け役として、しっかり監視している間だけ、ってことか。
ニーナに視線でいいのかと問いかければ、構わないというふうな視線を返された。
……正直奴隷なんて持ちたくないが、やむを得ないか。
近いうちに奴隷商人のところに行って、契約するとしよう。
「では私の方で信頼できる奴隷商人を紹介するとしよう。後ほど紹介状を渡すので明日にでも詰め所まで来てくれ」
「了解です。それじゃあ、また」
「ああ、いずれ共に戦えるのを楽しみにしているよ」
そういって、エドワード氏は去っていった。
しかし、ともに戦う……? なにとだ?
犯罪者……じゃ、ないよな。俺は今回みたいなことはこれっきりのつもりだし。
ううむ……わからん。
「まぁ、わからんことは考えてても仕方ないか」
「あ、サクヤさん事情聴取終わりました?」
「ココ。ああ、終わったよ。ニーナもとりあえず保護観察処分的な扱いで済んだ」
「代わりにサクヤの奴隷になる事になっちまったけどなぁ。まぁ悪くはねぇけどよ」
え、俺の奴隷だよ? 悪くないの?
「お前なら無茶な命令もしないだろうさ。違うか?」
「わからんぞ? 例えばこう、エロい命令をしたり――」
「衛兵さーん! 戻ってきてくださーい!! ロリコン性犯罪者がここにいるっすよー!!」
「やめろココ洒落にならん!! 冗談に決まってるだろうが!!」
「――アタシは、べつに構わないぜ?」
そういうと、ニーナが俺の腕にしなだれるように絡みついた。
「今回の一件で、アタシは骨抜きにされちまった。アンタになら……何されても構わねぇよ?」
ふっと耳元で囁かれ、背筋がゾクゾクしてしまう。
そ、そんななにされてもいいなんて……いや気を強く持て俺! 俺はロリコンじゃない、俺はロリコンじゃない!
いや自宅のパソコンの中には電子書籍で買ったロリ系同人誌が一杯入ってるけど、それはあくまで二次元であって三次元のロリは対象外……そもそも俺にとってニーナは娘、そうニーナは娘、あくまでニーナは娘……ぬああああなぜ反応してしまうんだぁ!!
「ちょっ、ニーナちゃんからかうのは駄目っすよ!!」
「本気で言ってるけど?」
「余計駄目っす!!」
そう行ってココが反対の腕を引っ張ってニーナを引き剥がす。
ちょっ、ココノエさん胸! 胸当たっとる!!
「はっはっは、こりゃあ脈アリ、かな?」
「ありませんー、そんなものありませんー」
むむむとにらみ合う二人。
……はぁ、はぁ、ようやく冷静さが戻ってきた。
「はいはいそこまで。やめて、俺のために争わないで! とでも言わせるつもりか」
「はっ!? べ、べべべべっつにぃ? サクヤさんのためとかじゃないっすしぃ? 恋人プラス1のパーティとか気まずくて嫌だってだけですしぃ?」
「あはは、まぁそういうことにしといてやるよ」
そういってくるりと回り、俺の手を抜けたニーナが、見た目相応の笑顔を浮かべ、こちらを見た。
「なんにせよ、これからよろしく頼むぜ、ご主人」
「……ああ、よろしくな、ニーナ」
……こうして、俺達の仲間にダークエルフにして盗賊の幼女、ニーナが加わった。
……属性盛りすぎじゃねぇかなぁ。




