2-14
――俺が吸血鬼だと知ったニーナは、はたして。
「……そっか、アンタ吸血鬼だったのか。……くく、ははははは! アンタみたいな吸血鬼がいるなんて……あはははっ! こいつはお笑い草だ!」
……なぜか大爆笑された。
「なんだよ、そんなにらしくないか?」
「吸血鬼らしさなんかこれっぽっちもねぇよ! あっはははっはは!! ひー、お腹痛い!」
一通り笑い転げたあと、ニーナは涙を拭いながらつぶやいた。
「そっか……聖人みたいな吸血鬼と、悪に堕ちたエルフ。なるほど、正反対同士お似合いかもな」
「別に俺は聖人じゃないんだけどな……」
「聖人だよ、アタシみたいなやつを許して、仲間に誘ってるんだからな」
ただのバカって可能性もあるけど、などと続けてのたまうニーナ。
そして、不意に真面目な顔になった。
「聞かせろ。アンタは、アタシを仲間にしたいんだよな?」
「ああ、そうだ」
「なら、アンタはアタシを許すのか?」
「許す許さないは被害者が決めることだ。俺がやられた分は全部許すけど、他のは一緒に償おう」
「……アタシが困ってたら、助けてくれるか?」
「当たり前だ」
「アタシが危ないとき、守ってくれるか?」
「当然だろ、さっきみたいに守ってやるよ」
ニーナの顔が、さらに真剣になる。
それと同時に、瞳は不安げに揺れている。
一体何を聞こうというのか。
「…………アタシと、ずっと一緒にいてくれるか?」
「もちろん。お前が望む限り、俺達はそばにいる」
「そーっすよ、絶対見捨てたりなんかしませんからね」
治療を終え、立ち上がったニーナと向き合う俺とココ。
「さぁ、行こうぜ。俺たちと一緒に」
「……行きましょう、ニーナちゃん。あたしたちが守りますから」
手をのばす俺とココ。
その手をつかもうと、ニーナの右手が揺らぐ。
「……アタシは、でも!」
引っ込みそうになる手を、俺は無理やり掴んだ。
「デモもストもあるか! いいからついてこい、もう俺たちは運命共同体だ!」
「そうっすよ、なんてったってサクヤさんが吸血鬼だって知っちゃいましたからねぇ。逃さないっすよー」
「でもアタシは! いっぱい悪いことをした! 色んな人を不幸にした! なのにアタシが幸せになんて――」
「一緒に償うって言っただろ! 言ったよな、運命共同体だって。お前の罪は、俺たちの罪だ。それを背負う覚悟は出来てるんだよ!」
「……一緒に償いましょう。そうして、みんなに認めてもらいましょう。あたしたちが最高のパーティだって」
「私が……仲間……パーティ……」
ぎゅっと、ニーナの手に力がこもる。
「ずっと……ずっと寂しかった。……生まれてからずっと一人ぼっちで、苦しかった……」
「うん、そうか」
「大丈夫っすよ、あたしたちがいます」
「そう、そうだ……アタシが欲しかったのは……この温もり……大切な、かけがえのない存在……」
そして、ニーナは手を離すと俺たちを抱きしめてきた。
「……家族、家族が欲しかったんだ……本物じゃなくていい、かけがえのない仲間……ずっと欲しかった」
次第に、ニーナの声に嗚咽が交じる。
「ずっと……ずっと欲しくて……! あた、アタシは……!」
「うん、大丈夫、わかってる。お前が欲しいものは、ここにあるから」
「いて、いいのかな……! だって、アタシ悪い子で……!」
「いいっすよ……ちょっとくらいやんちゃしたって、そんなことで見捨てたりしないっす」
「そうだ、ニーナ。ここがお前の居場所だ」
少しだけニーナを引っ張り、俺とココの間に挟み込むように抱きしめる。
……そのまま、年相応の姿で泣きじゃくるニーナを慰め続けた。
「……ひぐっ……ぐずっ……」
「落ち着いたか?」
「ぐず……あ、ああ、なんとかな」
「今更取り繕わんでもいいだろうに」
「こ、この口調じゃねぇともう落ち着かねぇんだよ」
顔を赤らめるニーナ可愛いなーと思いつつ、残念なお知らせをしなければならない。
「さてニーナが我等の仲間になった記念すべき日ではありますが、残念なお知らせです」
「残念な?」
「お知らせ?」
「この氷血界、まもなく割れます。はいというわけで戦闘準備ー!!」
「マジっすか! もっと早く言ってくださいよ!!」
「お前あの状況で言えると思うか?」
「すみませんでした!!」
「よろしい、さっさと杖取ってこい!」
「あいあいさーっす!」
ココはこれでよし。
あとはニーナだが……あった。
「ニーナ、このナイフ使え。ワイバーンの牙から作ったもんだ。そのへんのナイフよりよっぽど切れる」
「い、いいのかよこんな貴重なもん?」
「いいんだよ仲間なんだから。んでもって、ほれ」
そう言ってぽすっとニーナの頭にあの頭巾をかぶせた。
「これ……」
「別にものなんかなくても俺たちの絆は不変だけどよ、これもまた、仲間の証じゃねぇかなって」
「なにそれ……でもありがと」
ニーナは顔を赤らめながらも、フードを目深にかぶる。
「さて、長いこと持ちこたえてくれた氷血界くんだが、そろそろ割れるな」
「どうすんだ? あの人数じゃアンタが吸血鬼でもキツイだろ」
「そうだな、一応作戦はある。ココ、状況は?」
「はい、そうっすね……もうちょっと掛かりそうです」
「……ここはあいつらの街だろうに、何を迷ってんだか……ココ、行って案内してやれ」
「いいんすか、私抜けちゃっても?」
「まぁなんとかなるだろ。氷血界崩すのにこれだけの時間がかかる連中だ、俺一人でも十分だろ」
氷血術の慣らしもしたいしな。
「ココ、とりあえず早くこないとあんたらの分がないぞって伝えといてくれ。これで連中も少しは早く来るだろ」
「そうっすね、了解っす」
「うっし、じゃあ俺とニーナは目の前の連中の迎撃だな。行けるか?」
「ああ、当然!」
「よし、それじゃあ――――氷血界、解除!」
その瞬間、真紅のドームが砕けて消えた。
あと一息当てたら壊せる、そんなタイミングでこっちから解除してやったのだ。
そうなると、なぜ? という疑問ができる。
その一瞬の意識の空白に、俺とニーナは動き出す。
「氷血術――氷血槍」
魔法を解除したとしても、俺の血液はその場に残り続ける。
なぜなら魔法で出したものではないからだ。
血液を凍らせることこそが俺の魔法であり、それを解除したとしても解凍され、液体に戻った血液が残る。
そしてその血液は、再び氷血術に再利用可能だ。
俺の声に合わせ、血液は槍の形となり、再び凍結する。
ワイバーン戦で使った槍をさらに改良したものだ。
その数、三十。
「ロックオン――シュート!!」
俺の嗅覚で隠れている私兵を把握しロックオン、そのまま発射。
その速度、威力は並大抵の魔法ではない。
「ぬおっ!?」
「ぐっ……!?」
案の定、あの悪徳商人の私兵たちは何もできずに氷血槍を受けている。
だが、彼らの驚きは直撃を受けたことによるものではないだろう。
彼らの疑問は、これだけ鋭く、回転している槍が当たったというのに、なぜ貫通しないのか、である。
もちろん、俺の布石だ。
「形状変化、氷血鎖!」
再度血液を液体に戻し、鎖状にして縛り上げ、凍結。
これで無力化完了である。
「ホント吸血鬼らしくねぇな……最初ので殺しときゃいいじゃねぇか」
「必要なら殺すけどな、殺さなくていいのなら殺さないのが俺の主義だ」
……いやまぁ、本当に必要に迫られたときに、人を殺す覚悟ができるかはわからないけど。
ともかく、これで武装した連中はすべて無力化した。
残るは悪徳商人……グドン商会会長グドンだけだ。
「な、なっ……なんだ、お前は!?」
「正義の味方だ」
「……うわぁ、断言したよこいつ」
うるせぇな、悪人相手なんだから断言したっていいだろうが。
俺はグドンを指差し、告げる
「残るはお前だけだ。さぁ、お前の罪を数えろ……!」
……一度言ってみたかったんだよなぁこの台詞。
現代日本じゃプラモ積んでるやつ相手くらいにしか言う機会ないしさぁ。
本来の意味で言える日が来ようとは、異世界召喚された甲斐があったね!
手駒を失い、罪を暴かれたグドンは、果たして――