2-13
「ア……ンタ……なんで、ここに!」
「なんでって、助けに来たに決まってるだろ?」
驚愕の表情を浮かべたニーナに、俺は軽い調子で答える。
……おっと、相手の魔法の出力が上がったな、強度を上げておこう。
「まったく、出ていくなら出ていくで構わないけど、あいつらの対策くらいしておけよ。念の為に渡しておいた頭巾も置いて行っちゃうしさぁ、結構ショックだったぞ?」
「あ、な……なっ!?」
言葉を失うニーナ。……その反応は少々不本意なのだが。
……あ、やばい。また魔法の出力が上がった。
「こりゃ耐えきれん。ニーナ、痛むかもしれんが我慢しろ」
「ちょっ!?」
ニーナを抱きかかえて離脱……の瞬間、俺を守っていた氷血晶が割れた。
その余波で、俺の右腕が吹き飛ぶ。
「さ、サクヤ、腕が!」
「っつう……問題ない! 氷血術……氷血界!!」
溢れ出る血がドーム状に広がり、固まり、さらに凍結する。
ふっふっふ……これぞ俺が開発した新たなる魔法……その名も氷血術だ。
仕掛けとしてはなんのこともない、ただ水の代わりに俺の血液を凍らせた氷雪属性の魔法である。
しかし血液操作の自由度によってほぼどんな形状にでも凍らせられる上に、強度も普通に水を凍らせるよりも上。
問題は血液を消費する上に予想外に魔力消費が大きかったことだが……効果を鑑みれば十分実戦での活用ができる。
とまぁ、俺の新しい技自慢はさておいてだ。
「さて、遅くなって悪かったな。ちょいと用事を済ませててな……ココ、ニーナの治療頼む」
「あいあいさーっす。ニーナちゃん、動かないでくださいねー」
「なっ……あ、アンタら、なんで助けに来た!?」
「なんでって言われても……なぁ?」
「っすねぇ?」
ココと顔を見合わせ、なんのことやらと首を振ってみる。
「ふざけんな! アタシはアンタらを裏切った! 恩を仇で返した! なのになんで助けに来た!?」
「そりゃ……助けてって言われたから」
「……は?」
ニーナは、初めて会ったとき、俺に言った。
『助けて……』って。
「あれはお前にとっては演技だったのかも知れないが……俺には本気の声に聞こえた」
「なんだよ……なんだよそれ! そんなことで裏切り者のアタシを許すってのかよ!?」
「ああ、その裏切りなんだけどな、別段裏切りじゃねーんだわ」
「…………は?」
「知ってたよ、お前が盗人だって。ていうか最初から疑ってたし」
ニーナと出会った森は、俺らは気軽に入っていたが、本来なら狂い猪みたいな危険生物や魔物が住む超危険地帯だ。
そんな場所で戦う力のない無力な幼女がほぼ無傷の状態でいるなんてまずありえない。
「というわけで、最初から疑っていました」
「なっ……じゃあ、なんで……?」
「だから、助けてって言われたから。あと、子供だったからな。うちの国じゃ子は宝っていうし、守るべき存在だ。たとえ疑わしい存在でもな」
で、とりあえず保護をした俺達だが、その後は依頼の帰りなんかにニーナについて調べた。
俺の帰りがだいたい遅かったのはこのせいだ。
そして衛兵に話を聞いたり、ニーナに逃げられた商人について情報を洗ってたどり着いた結論が、ニーナは逃亡奴隷という立場を利用した盗人であり、俺達はターゲットにされていた、ということだ。
「まぁ、つまりお前の言う裏切りは予想の範囲内だったわけだ。だから裏切りじゃありません、ハイ論破」
「なっ……な、なぁ!? じゃ、じゃあわざわざ金を金庫に入れてたのも!?」
「ああ、盗みやすくするため。そもそも収納袋のほうが安全確実じゃん」
「無理して稼いでたのも!?」
「ああ、それなりの金額用意するため。あんましょっぱいと悲しいだろうなぁって」
「バッカじゃねぇの!? バッカじゃねぇのお前!!」
「いやぁ、ホントバカっすよねぇ……あたしも話聞いたときは正気かと疑いましたよ」
「それに付き合ってるアンタもアンタだよ!!」
ごもっとも。
まぁ、普通なら衛兵に突き出しておしまいにすべきことなのだろう。
俺のやっていることは犯罪者を匿い、あまつさえ犯罪行為を助長し、そして逃走の手助けをするというもはや言い逃れのできない完全なる犯罪幇助である。
だが、ニーナは子供、そして逃亡奴隷だ。
子供とは大人の庇護にあるべきもので、奴隷とは主に労働力を提供する代わりに衣食住を保証されるものだ。
ならば、どちらもないニーナはどう生きればいいのか?
どう考えてもこれまでのニーナの人生は辛く苦しいものだっただろうし、きっとこの先はもっと苦しいだろう。
ならば、俺たちが助けないでどうする。
異世界人でしがらみのない俺と、異国人で俺ほどではないがしがらみの少ないココ。
俺たちなら、いや俺たちじゃなきゃきっと助けられない。
「だから、助けるさ。裏切られたって犯罪者だって構わない。辛くて苦しいお前の人生に、そんな人間が二人くらいいたっていいじゃん」
「サクヤ……」
「本当はずっと一緒にいてくれたらよかったんだけどな。でも、出ていくってんならそれはそれで応援する。そのために資金も用意した、盗みやすいお膳立てもした、これからの活動がしやすくなるような魔道具も用意した」
「なんて……バカなやつ……」
「バカはお前だよニーナ。せっかく用意した金も全部盗まないで少し置いていくし、頭巾も持ってかないし……お前だって、俺達のこと考えてくれてたんだろ? だから困らないように金を残して、頭巾だって……」
「……そうだよ、そうだよ悪いか!! アンタらがあんなに優しくするから……アンタらのそばが、あんなに温かいから!!」
そう叫ぶニーナの目には、涙が浮かんでいた。
「思っちまう、ずっとそこにいる自分を想像しちまう!! これ以上、そばにいるのが怖かった……元の自分に戻れなさそうで……だから逃げた。急にいなくなってもアンタらが心配しないよう、金を盗んで、裏切って!! なのに、なのに……クソッ!!」
「別にいいじゃん、戻らなくてもさ」
涙を拭い、拳を叩きつけるニーナ。
俺は魔法の維持をしつつ、残った左手でそんなニーナの手を取った。
「俺達の傍にずっといるその想像、現実にしないか?」
「無理だ……犯罪者だぞアタシは。殺しだってやった、盗みは数え切れない」
「やり直せるさ。人には無限の可能性がある」
「今目の前にいるやつみたいに、アタシに恨みを持ってるやつがやってくるかもしれない」
「俺が話つけてやる」
「こうやって襲ってくるかも知れねぇ」
「ならぶちのめすまでだ」
「また裏切るかも知れない」
「何度でも許す」
「……片腕を失うはめになってもか?」
「あー……これな」
ニーナの視線が吹っ飛んだ俺の右腕に集中しているのには気づいていた。
しかしそっかぁ、やっぱ罪悪感与えちゃうよなぁ。
……まぁ、仲間にするならいいか。
視線でココに問いかけると、任せる的な目線を頂いた。
ならいいか。
「治せるんだわ。ほいっと」
再生停止解除。右腕の再生を全力で行う。
すると数秒で右腕は元通りになった。
「なっ……なん、なんの魔法だこれ!?」
「これな、魔法じゃないんだ」
そういって、口元を引っ張って牙を見せつける。
「ニーナ、逆に聞こうか。お前は俺の……吸血鬼の仲間になれるか?」
「吸……血鬼……!?」
ニーナを俺達の仲間にするのなら、避けては通れないのが吸血鬼バレだ。
ココにはなぜか余裕で受け入れられたが、ニーナは果たして――