2-11
というわけで劇を見てきた。
え、内容?
社会科見学で国内最大手の劇団が演じた世界で最も有名な演劇ですら寝落ちした俺が最後まで見れたとでも?
「サクヤさん爆睡してましたね……もったいなさすぎません?」
「最近色々あって疲れてたからなぁ……まぁもったいなかったのには激しく同意だが」
いやね、最初はちゃんと見ようって思ってたんだよ。
実際すごかったし、まさか魔法を演出に使うとは思わなかった。
ただね、内容がその、吸血鬼と人間の恋愛ものでして……。
……ぶっちゃけこの世界に来る前に俺が書いてた脚本とモロかぶりしてんだよね。
まぁあれは全部書きあげられなかったけど、なんというか、頭に浮かんでた構想が劇の脚本とほぼ同じなせいで、まるで自分の脚本をみんなに見られてるような気分だった。
そういう気まずさもあって集中できず、そうしてたら眠気がやってきて見事にノックダウンさせられるという……。
「まぁ、寝ちまったものは仕方ない。で、あの二人結局別れたん? くっついたん?」
「いきなり核心を聞くっすね……まぁくっついた、と言えますかね? 心中しちゃったんで」
「……そこまでかぶるかー」
……まぁ、創作にかぶりはつきものだ。
前に最高のアイディアが浮かんだ! と喜んでたらすでに書籍化までされてたなんてこともあったし、こういうこともあるだろう。
それはそれとしてココから話を聞き出して帰ったときの脚本の参考にするとしよう。……え、パクリ? バレなきゃいいのさ。
「……よく、わからないです」
そんな邪な事を考えていたら、ニーナがポツリと呟いた。
「死んじゃったらそれまでなのに、なんであの二人は死を選んだのでしょう? 死んだら何も残らない、生きてないと意味がないのに」
「……そうだな、死んだらおしまい、命は一つしかない。だから自ら死を選ぶなんてバカバカしい話だ」
俺たち吸血鬼も、不死身というわけではない。
伝説にもあるように弱点を突かれれば死ぬし、寿命もある。
だから死んだら終わりってのは、俺たちも一緒だ。
「けど、命より大事なものがあるのなら、それも悪くないと俺は思う」
「命より、大事なもの……?」
「あの二人だったら、互いへの愛だったんだろうさ。愛を貫くためには生きていけなかった、だから死んだ。そういうことだ」
「……わかりません。命より大切なものなんて……私にはありません」
「あるさ、まだ見つかってないだけで、絶対ある。誰にだってあるんだよ、死んでも守りたいものって」
それは物かも知れないし、人かもしれない。あるいは信念や矜持、誇りといったものでもいいだろう。
何に命をかけるほどの価値を見出すのかは、人それぞれだ。
俺だったら……
「え、なんすか?」
「なんでもない」
……まぁ、こいつのためなら、な。
絶対本人には言わないけど。
「ただ生きてるだけなんてつまんないじゃん? だったら命より大事なもの見つけて、それを守るために生きるほうが張り合いがあるし、なにより生きてる意味があると、俺は思うな」
「ただ、生きてるだけ……生きてる、意味……」
吸血鬼は死ににくいし寿命も長い。だからただ漫然と生きていると人生に飽いてしまう。
だからこそ、こういう生きている意味を大事にしている。俺みたいな若い吸血鬼でもな。
「まぁニーナは人生まだまだこれからだ。そのうち見つかるさ、命より大事なもの」
「案外劇みたいに恋人だったりするかもっすよ?」
「ニーナに恋人など絶対許さん」
「……サクヤさん、顔がまじ怖いっす」
「…………」
そんな俺達のやり取りを見つめながら、ニーナは黙りこくって何かを考えているようだった。
☆☆☆
「生きる意味……死んでも守りたいもの……わからない。私にはなにもわからない」
深夜、サクヤならば草木も眠る丑三つ時とでも表現するであろう時刻。
ニーナは眠ることなく、ぼんやりとつぶやいていた。
そもそもニーナはほとんど寝ない。長年の習慣で短時間の睡眠で十分な体になっていた。
「……そんなもの、あるのかな……私は生きるので精一杯なのに」
暗い部屋の中でつぶやくニーナは、はっきり言ってかなり不気味なのだが、咎める存在はいない。
部屋の主であるココノエは爆睡中だし、起きている可能性のあるサクヤは部屋に戻ってしまっている。
「……そうだ、生きよう。アタシらしく、アタシであるために」
そう言うと、ニーナの目が爛々と輝きだす。
そうだ、いい加減本職に戻ろう。
ずっと彼らといると、自分の中の何かがうずいて仕方がない。
……この人達のそばは、ひどく居心地がいい。
だからこそ、駄目になってしまう前に行動を起こそう。
ニーナは覚悟を決める。
彼女らしく、本職の――――逃亡奴隷を装った盗賊として。
ニーナの生涯は波乱の連続だった。
ダークエルフに生まれてしまったことで里中のエルフたちから迫害され、家族さえも冷遇する始末。
そんな家族は、不作の年に食いつなぐための金を得るために、ニーナを売った。
そしてニーナは、奴隷となった。
普通ならそのまま好事家の金持ちのもとに売られるところだったが、天は彼女に味方した。
彼女を輸送する馬車が魔物に襲われ、その隙に逃げ出せたのだ。
こうして逃亡奴隷となったニーナだったが、逃亡奴隷とはつまりお尋ね者だ。
街に入るすべはなく、生きるためには強くなるしかなかった。
馬車から持ち出したナイフ一本で、小柄な体躯を生かした暗殺者のようなスタイルで獣を狩り、食らう。
獣が見つからなければ魔物も殺して食った。
そうしてなんとか生きながらえながら、彼女は自分を助けてくれる人を探した。
保護して、奴隷から開放してくれる人間を。
しかし出会う人間は彼女を見て通報して金を得ようとするか、保護したふりをして売り払おうとするか、もしくは自分の奴隷にしようとするかだった。
幼い子供の凄惨な姿を見て、それでもなお欲望のままに動く人間に、いつしか彼女は絶望した。
だから、始めたのだ。
騙してくるのなら、こちらから騙してもいいはずだ。
戦う力ならある。
自分という囮にまんまと引っかかった人間から、金品をかすめ取る。
そんな盗賊にニーナはなった。
幼い容姿、弱々しい姿、逃亡奴隷。
そんな弱点をすべて武器に変え、彼女は近づく人間全てから金を巻き上げ、苦しくもなんとか生き延びていた。
「……そうだ、あんなことは生きるのに余裕がある人間が言える言葉だ。アタシに命以上のものなんてねぇ」
庇護欲をそそる言葉遣いから粗雑ないつもの口調に戻り、ニーナはサクヤの部屋に侵入。
そのまま金庫に忍び寄った。
保護された初日に、ここに金を入れてるのは見てるし、手の動きでダイヤルの数字も覚えている。
かくして……サクヤの金庫は、簡単に開いた。
中に入ってるのは金貨五十枚……五十万ソル。
ニーナとココが安心して巣篭もりできるよう、サクヤが冒険者として稼いだ金だ。
「…………っ」
そう思うと、もうとっくの昔になくしていたと思った罪悪感が胸をさいなんだ。
「ああもう!」
それを振り払うため、頭を掻きむしろうとして……プレゼントされた頭巾の感触に、手が止まった。
「……なんだよ……なんなんだよコイツら……」
ニーナがこれまで出会った人間たちに、こんな人はいなかった。
何も考えず、欲も出さず、無心で匿って、その上こんな貴重なものまでぽんとプレゼントして……。
『いーんだよ俺もココもお前のために作ったんだから。なぁ?』
『そうっすよ、着てください』
あの人達の笑顔が頭から離れない。
あの人達なら、本当に私を奴隷から開放してくれるかも知れない。
そうして、あの温かい場所で……。
「……バカバカしい」
そう言って、むしり取るように頭巾を取る。
そのまま投げ捨てようとして……やっぱりできず、眠るサクヤの枕元においた。
「アタシはもう、誰も信じない。アンタたちのことも、信じない」
金庫の中の金を抜き取り、振り返る。
「でも、感謝はしてる。ありがとう…………悪い」
そういってニーナは、窓から身を躍らせた。
そのまま無音で着地し、闇夜に紛れて身を潜めようとして――眩しい光に照らされた。
「ようやく見つけたぞ、小娘……!」
「アンタは……!!」
そこには、ニーナがこの街にやってくるきっかけとなった、そして大金をむしり取られた、悪徳商人が大勢の私兵を伴って立ちふさがっていた。




