2-10
それから数日、俺は魔法と剣の修業を繰り返す日々を送り、少しは成果が出てきた頃。
「……演劇のチケットをもらった?」
「そうなんすよ! 薬草採取してたら魔物に襲われてたお貴族様の馬車を助けまして、その御礼に金一封と演劇の券をもらったんす!」
……こいつ、目ぇ離した隙にそんなことやらかしていたのか。
いやまぁ、やったのは人助けだし別にいいんだけど。
「にしてもお礼に金一封はいいとして、演劇のチケットとは変わってるな」
「ええ、なんでもぜひあたしを誘いたいとかだったんすけど、忙しいんでって断ったらじゃあ知り合いの人と見てくれーって」
「おま、それ……」
……それって、ナンパでは?
お貴族様からのナンパを自然体で断るとは……こいつすげぇな。
いや、まぁ、こいつ見てくれはかなりいいんだよな。
顔可愛いし、巨乳だし、ケモミミ可愛いし、感情に合わせてフリフリ動く尻尾とか見ててたまらんし、背が低いのも愛くるしさを増強させて、加えて性格も悪くない。いやむしろ社交的で明るく元気で……。
…………いや、あくまで客観的な意見だよ? 別に俺がココのことを好きとかじゃないからね?
……話を戻して、そんな女の子に助けられるという劇的な出会いをすれば、まぁナンパされても不思議ではないか。
そしてすげなく断られてしまった貴族には黙祷を捧げておこう。
「まぁ、もらったのなら使うか。何人まで行けんの?」
「えーっと、五人までオッケーっすね」
「ちなみに期限は」
「無期限っす。最短なら今晩っすかね」
……そんなチケット、かなり貴重なのでは?
しかも貴族が使うチケットってことは、確実に特等席だろ?
……大丈夫? 俺たちしがない冒険者だよ?
「まぁせっかくもらったからありがたく使うとして……ドレスコードとかありそうで怖いな」
「あー……貴賓席っすもんねぇ」
……まぁ、なんとかなるか。
たしか収納袋に……。
「えーっとたしかこの辺に…………ああ、あった」
「……サクヤさん? 収納袋になんで礼服が入ってるんすか?」
「城から脱出するのに貴族のフリしてさ、そんときにつかったんだ。あと売り払う用にドレスも持ってきたんだが……あああった」
「いや、たしかにこれさえあれば葬式以外は出席できそうっすけど……きらびやか過ぎません?」
「大丈夫だって、馬子にも衣装っていうし」
「それ絶対意味違うっすよね?」
「まぁまぁ、せっかくだし衣装合わせして今晩行こうぜ」
「……なんか納得行かないっすけど、了解っす」
「あ、サイズ大丈夫か?」
「あー……大丈夫そうっすね。この服自動調節の魔法がかかってます。……とてつもなく高価っすねこれ」
「そんなに高いの?」
「サイズの自動調節機能のついた服なんて、それ一着で家一軒立ちますよ」
「ひぇっ」
なにそれこわい。
……だがまぁ、今はありがたい。一から仕立てるなんてなったらそれこそいくら飛ぶかわからんしな。
というわけで俺は一旦部屋に戻り、互いに着替えてココの部屋で合流。
「うーん……」
「微妙っすね」
「はっきり言うなよ」
まぁ、お互い服に着られてるなぁって印象だ。
俺は日本にいる頃から私服はラフな物が多かったし、フォーマルな服なんてそれこそ制服くらいだ。
こっちに来てからは言わずもがなである。
ココも魔法学校での制服くらいで、似たりよったりだろう。
……いや、でも俺よりは着こなしてる気はする。あくまで気はする、程度だけど。
あれか、顔がいいからどんな服も似合うのか。ずっこいぞ。
「なんか変なこと考えてそうっすけど、サクヤさんもまぁまぁ着こなしてますからね? 顔がいいとこれだから……」
「お前が言うな」
しかし俺、顔いいのか? 吸血鬼って美形がデフォだから顔面偏差値はまぁ高い方なんだろうけど、どのくらいなのかがよくわからない。
「……まぁ、ドレスコード満たしてればいいんだよ」
「それもそうっすね。何度も行くものじゃないですし」
とりあえず俺とココの準備は終わった。
そうなると次は――
「よし、ニーナ。着替えるぞ!」
「え、ええ!? 私も行くんですか!?」
「当然だろ、仲間はずれなんて俺が許さないぞ」
「そうっすよ、一緒に行きましょう」
――ニーナのおしゃれである。
「で、でも私逃亡奴隷ですし……」
「ではそんなニーナさんの悩みを解決する商品がこちら」
そう言って取り出したのは、地味なカラーリングのフードだ。
頭巾といってもいい。
「……えと、これでどうなるんですか?」
「目立たなくなる。そして印象に残らない」
この頭巾には隠蔽魔法が施されている。
かぶっている間は意識して見ないと見つけられないし、見つけたとしても印象が薄れ、どんな人間だったのか思い出せなくなる。
リアルウ○ーリーをさがせ状態になるわけだ。……え、ちょっと違う?
ま、まぁ、人に見つかりたくないニーナにはぴったりの逸品だ。
「……それって、すごい魔道具じゃないですか」
「ふふん、すごいだろう。魔法はココ、縫製はすべて俺の合作だ」
これでも家庭科は成績五だ、ミシンなどなくともこれくらい容易いわ。
さらに俺の素晴らしい縫製技術によって奴隷の首輪も目立たなくなっている。
そして頭巾なので、当然耳周りも隠れてダークエルフであることも隠せてしまう。
つまりこれをかぶれば、ちょっと色黒で地味な女の子に早変わりである。
「こんな素晴らしい商品がなんと! 今回限りプライスレス! さぁさぁ着てみ」
「で、でもこんな貴重な品、いただけません」
「いーんだよ俺もココもお前のために作ったんだから。なぁ?」
「そうっすよ、着てください」
「私の……ため……」
うーん、まどろっこしい。
俺はすかさずニーナの後ろに回り込むと、頭巾をかぶせる。
そしてココが素早くボタンを留め、装着完了だ。
前に回ってみる。はい可愛い。知ってた。
「はいこれで使用品となりました。当店は未使用品以外の返品は受け付けておりません」
「そういうわけなんで、大事にしてくださいね」
「……はい」
ニーナは複雑そうな、でもどことなく嬉しそうな顔で、そう答えた。
「よし、じゃあ目立たない程度にニーナもおしゃれしような。さぁココ、やっておしまい」
「了解っすサクヤさん。素材がいいっすからねぇ、どこから手を付けたものか……」
「ちょ、ちょっとおふたりとも、顔が怖いですよ!? あ、あー!!」
で、数分後。
「……これはもう、良家の子女と言ってもいいのでは?」
「頭巾さえなければもう深窓の令嬢と言ってもバレないっすねぇ」
出来上がったのは、どこに出しても恥ずかしくないお嬢様然としたニーナだった。
いやはや、もともと可愛らしいとは思っていたが、ここまでとは。
頭巾取っ払ってぜひとも色んな人に見てもらいたいが……あいにくとそういうわけにも行かない。
「残念だがこれはないな、苦渋の決断だが」
「そうっすね。凄まじく心苦しいっすけど」
「おふたりとも苦悩に満ちたみたいな顔してますけど、そこまでですか……」
「そこまでだよ」
「そこまでっすよ……じゃあ心苦しいっすけど、従者っぽい感じで行きましょうか」
「あー、頭巾装備しながらだとそれくらいが丁度いいか。えっと……ああ、あった」
「……どんだけパクってきたんすかサクヤさん」
「そりゃあもう目につく限りよ」
そんな事を言いつつ、従者っぽい服……ぶっちゃけメイド服を渡す。
ちなみに俺はメイド服はロングスカート派だ、ミニスカメイドなんて邪道も邪道よ。
そんな俺の気持ちに答えるように、取り出したメイド服はクラシックタイプの実用性重視なデザインである。
そうそう、こういうのでいいんだよこういうので。
「なにをうんうん言ってるのかわからないっすけどさっさと出てってくださいね」
「あいあい、着替え終わったら呼んでくれ」
で、数分後。
「おお、これはまた……」
「頭巾がどうしても普段遣い用のデザインなんで浮いちゃうんすけどねー、まぁこんなもんじゃないっすか?」
そこにいたのは見事なロリメイドさんだ。
いや、なんだろう。年齢的にはありえないんだけどすでに熟練のメイド感が出ている。
姿勢か? あるいは立ち振舞だろうか? なんかこう、すでに一端のメイド感がある。
まぁ、なんにせよだ。
「うん、可愛い可愛い。これをみんなに見てもらえんのは残念だな。頭巾取る?」
「い、いや、目立っちゃいますよ……私目立ちたくないです」
「うーんまぁ、そうだよなぁ……ともあれこれなら頭巾の効果も合わせて目立たなそうだな」
「そうっすね。……なんだかんだやってたらいい時間っすし、そろそろ出ましょうか」
「だな、行くぞニーナ。久々のお出かけだ」
「は、はい……」
こわごわとしたニーナの手を取り、俺達は宿を出た。