2-07
その後は簡単な魔法の訓練からとなったが、すぐに終わってしまった。
というのも、俺が大体の形状に魔力を変化させられるため、どんな魔法もだいたいできてしまうのだ。
「ふっ……これは俺の時代が来てしまったか……」
「調子に乗っちゃだめっすよ、出力はまだまだへなちょこなんすから」
…………そう、俺はだいたいの魔法の形を使えるが、魔力が足りていないのだ。
いや、魔力が足りていないと言うより、魔力の変換効率が悪いというか……ともかく出力が低く、結果威力はとてもしょぼいものになってしまう。
「変換効率は修行あるのみ。訓練しないと使い物になりませんよ」
「わかってるって、ちょっとした冗談だよ」
さすが調子に乗って身を滅ぼした女が言うと重みが違うね。俺も気をつけないと。
「じゃー次は風っすね。要領は水のときと同じなんでパパっとやっちゃいましょう」
「うっす」
で、風の属性変化。風自体は空気そのもので、いつも触れているのでイメージしやすい。
そんなわけで変化完了。今度は緑色になったが、まぁ風だ。
「なぜ緑に……」
「あー……疾風のごとく敵を射抜く戦士とか、二人で一人の探偵のソウルサイドのせいかなぁ……」
「ちょっと何言ってるかわかんないっす」
「ですよねー」
特撮ってなぜか風属性が緑だよね。いやほんとになんでだろ?
ともあれ風は起こせた。特に全身の感覚が強化されたり素早くなったり風を吸収して体力を回復したりはできないけど、まぁ風は起こせた。
あとはこれを起点に形状変化をさせるのだが……うん、色がついててめっちゃ見やすいな。本来なら無色透明だろうからさぞ見づらいことだろう。
……その分本来の風属性の強みである視認性の悪さが犠牲になっている気がするが、まぁそのうち水と一緒に透明な風を使えるようになろう。
そんな事を考えつつ形状変化をやってみたのだが、うん、水よりもやりにくいな。
水のときより三割増しくらいで重たい。
まぁ俺のやり方は血液操作を応用したものだから、血液から遠ざかるほどにやりづらくなるのだろう。
それでも操作できてる分なかなかチートな能力だが。
「ふむ、水より遅いっすけどちゃんとできてますね」
「ああ、速度も訓練次第でなんとかなりそうだ」
「じゃあそっちも出力向上とともに今後の課題として…………何教えたらいいんすかね?」
「なんだろうなぁ……」
なんせ基本も応用もだいたいできてしまったのだ。あとやることといえば反復練習くらいである。
もちろん大切なことだし毎日欠かさずやるが、せっかく割と広いスペース使えるのにもったいない気がする。
とはいえできることは限られてるし、うーむ……。
「……あ、そうだ。氷雪属性。あれ訓練しよう」
「え、でもあたしやり方わかんないっすよ?」
「ああ、でもちょっと一人で色々やってみるよ」
そういって、とりあえず思いつく方法を試すためにココのもとを離れた。
☆☆☆
「……とんでもない人ですね、サクヤさん」
ぽかんとしていたニーナちゃんは、ようやく茫然自失から復帰したようで、思わずと言った感じでそんな事を言った。
「まぁ、色々と規格外の人っすからねぇ、あの人」
そもそも人じゃないんだけど。という言葉は飲み込んでおく。
サクヤさんの種族である吸血鬼は、魔族の中でも魔力が高く、魔法を使うことが多い。
吸血鬼という括りで見れば、物理攻撃しか使えないサクヤさんのほうが異端と言える。
そんなわけで、サクヤさんも使ってないだけで魔法の才能はあるだろうとは思っていたけど……まさかこれほどとは。
「それにしたって非常識過ぎませんかね……普通属性変換だけで最低でも一週間、魔力制御は半年以上かかるようなものですよ?」
「あー、まぁ、そっすねぇ」
……私も割とすんなりできてしまったということは黙っていたほうが良さそうだ。
実際、一般的には魔法を使えるようになるにはニーナちゃんが言うくらいの時間がかかる。
私の場合は幸い才能があったので苦戦することなくできた。いや、その後の慢心を考えればできてしまったというべきか。
で、サクヤさんはあの有様。
魔力変換効率の悪い今は規模の小さい魔法しか使えないが、反復練習を重ねて変換効率を上げれば、水、風、氷雪に限っていえば私を遥かに超える魔法使いとなるだろう。
「……嫉妬とか、しないんですか?」
「嫉妬、っすか?」
ニーナちゃんは不安げに、私を見つめながら聞く。
嫉妬……嫉妬かぁ。
まぁ私のほうが魔法使い歴長いわけだし、その私を軽々と超えてしまうサクヤさんは、なるほど確かに普通なら嫉妬してしまいかねない。
嫉妬して、コンビの関係に傷が入ってもおかしくない。
ニーナちゃんの不安はそこを心配してのことだろうが……まぁ、心配は無用だ。
「ニーナちゃん、世の中には上には上がいるっす。そりゃあもう、見上げたらきりがないほどにいるんすよ。だったらそんなの気にせず、ただひたすらに自分を磨くしかないと、あたしは思ってます」
「な、なるほど……」
まぁ、この考えに至れたのは魔法学校での挫折と、冒険者としての挫折を経験したからこそ、なのだが。
あの頃は若かった……と言うにはあまり年月も経ってないので、未だに心に重くのしかかっている。
それこそ、サクヤさんに里帰りしようと言われてノータイムで断ってしまうくらいには。
……話がそれてしまった。思考を戻そう。
「あとはまぁ、サクヤさんっすからね。あの人ほんとに色々常識はずれなんで」
吸血鬼なのに陽の光に当たっても平気だし、人類の味方だし、お人好しだし。
……血が必要なのに眷属化も魔眼も使わずに取引を持ちかけてきて、逃亡奴隷を匿って助けるようなお人好しだ。
そんな常識はずれの吸血鬼なのだから、常識にはめて考えるほうが間違っているというものだ。
「……サクヤさんのこと、信頼してるんですね」
「信頼? ……まぁ信頼っすか、そうっすね、信頼してます」
思わず疑問形になってしまったが、信頼してるかと問われれば答えはイエスだ。
なんといっても、あのワイバーンを撃退したのだ。その力を疑うようなことはありえない。
力だけじゃない。血を対価に戦力を買うような、半ば取引のような関係だったというのに、いつの間にか気のおけない友人みたいになって、先のワイバーン戦では体を張って命を救ってくれた。
文字通り体を張って、半身を食われてもなお私を救ってくれた。
私は彼に命を救われた。
だから、その時決めたのだ。
私も命をかけて、彼の目的を手伝おうと。
「なぁ、ココはどこまで俺に付き合ってくれるんだ?」
「俺とコンビを組むのはこの帝都だけか? それともヤマトまで付いてきてくれるか? それとも…………」
ふと、前にそんな質問をされたのを思い出す。
いつものお気楽な表情じゃない、真剣で不安げな顔のサクヤさん。
そんな顔しなくていいのに、私の答えは決まりきっているんだから。
だから心配しなくていいですよ。ココノエは、あなたが必要としてくれる限り、いつまでもどこまでも、そばにいます。
「なるほどなるほど……つまりココさんはサクヤさんが好きなんですね?」
「ふえっ!? す、好き!?」
ちょっとニーナちゃん、それは話が飛躍し過ぎでは!?
「い、いやたしかにサクヤさんには好意を抱いていますけどそれは人間としてであって決して男女のあれそれではなくてですね」
「そうなんですか。じゃあサクヤさんが別の女性と親しげにしてたのは浮気ではなかったんですね」
「ええ!? ど、どこの誰っすかそんな物好きは!?」
「嘘です。私、外出できない身ですよ?」
「え、あ……あ、ああっ! ああー!!」
自分の中でもわけのわからない感情が錯綜して、顔が真っ赤になっていく。
わけがわからない。なんでサクヤさんが自分以外の女と一緒にいてこんなに心が落ち着かないのか。
そして、それが嘘だとわかってこんなにも安堵しているのか。
……ひとまずそれは置いといて。
「……ニーナちゃん。嘘も方便っすけどね、言っていい嘘と悪い嘘があるでしょうが……!」
「えー、でもココさん、これくらいしないと自分の気持ち自覚しなさそうですし」
「んぐっ、そ、そんなことないっすよ! そもそも自覚するようなきもちはありません!!」
……とはいうものの、たしかにニーナちゃんの嘘で少し自覚してしまった。
どうやら私は、サクヤさんを異性として意識している。
いや、でも、その、ねぇ?
あんな顔が良くて頼りがいがあって甲斐性もあって性格も少しい意地悪だけど優しくて、加えて困ってるところに手を差し伸べてくれて、そのうえ命まで救われたら……ねぇ?
そりゃ意識するなっていうほうが無理だろう。吸血鬼だとかはもはや些細な問題でしかない。
……けど、あくまで意識してるだけだ。別に恋愛感情にまで発展してはいない。
そう、私達は友達、そしてこの感情は友情だ。
……サクヤさんが後腐れなく帰るためにも、そういうことにしておこう。
「……なんだか根深そうですねぇ」
「まぁ、好き嫌いの二元論で語れるほど簡単じゃないっすよ、人間関係は」
何かを察したようなニーナちゃんに、私もなんか深い感じの言葉を言ってみる。
偉そうなこと言ったけどニーナちゃんのほうが歳上なのだが。
とまぁ、そんな感じの会話をしていたら。
「よっしゃぁできたぞ!!」
――そんなサクヤさんの叫びが聞こえた。