2-06
そして数日後、ニーナの容態も落ち着いた頃、俺達は宿屋の裏庭のさらに隅っこにやってきてた。
理由は単純で、前々からやろうと思っていた魔法の訓練のためだ。
俺自身吸血鬼なので魔力があるのはわかりきっているし、グラインさんとの模擬戦では無理やり魔力弾的なのも放った。
なのでこの際、ココに本当の魔法を教わろうと思ったわけだ。
「あの……それはわかるんですが、なぜ私も……?」
「なんでって、ニーナも魔法使えるかもしれないだろ?」
「いえ、その、ダークエルフで魔法が使えるのは数千人に一人と言われてまして……」
「……え? エルフって魔法得意じゃないの?」
俺のイメージだとエルフって森に住んでて弓と魔法が得意で長命って感じなんだけど。ちがうのか?
そう首をひねっていたらココが入ってきた。
「そこからはあたしが説明するっす。エルフという種族は多くの魔力を持っていて高い魔法適性を持っています。ですが、ダークエルフは突然変異の影響なのか魔法がほとんど使えないっす。代わりに身体能力が高く、魔力による身体強化も得意なので、肉弾戦に優れた種族ってことになりますね」
「あー、なるほど。物理特化の種族だったか」
俺がやってたゲームにもいたな、物理がめちゃくちゃ強いけど魔法には壊滅的に弱いキャラ。
上手に使ってやるとものすごく強いが、何も考えずに使うと弱点付かれてあっけなく負けるなんてこともようあった。
まぁそういうことなら仕方ない。結構頑張って隠してここまで連れてきたのだがしかたない。
適材適所というやつだ。
「でもまぁ、ほとんどいない、なんだろ? 魔法適性を調べるくらいはしてもいいんじゃないか?」
「たしかにそうっすね。別に減るものでもないですし」
「あ、えと、その……ま、前に調べられて、適正なしだったので、無意味かと……」
「あー、じゃあ仕方ないな」
ないものは仕方ない。その身体能力を生かした仕事を見つけてもらおう。
「じゃあ予定通りサクヤさんの魔法適性を調べるんすけど……その前に軽く魔法について解説しましょう」
「おお、そういや魔法について詳しくは知らんな」
せいぜいが魔力を使って不思議なことを起こすもの、くらいの知識しかない。
「いいっすか? 魔法は大別して二種類に分けられるっす。それが「属性魔法」と「補助魔法」っす」
「ふむ、何が違うんだ?」
「属性魔法は文字通り魔力を属性に変換して発動する魔法っす。属性は火、水、風、土、光、闇の六属性で、サクヤさんが見たあたしの魔法は大体これっすね」
「ああ、炎の槍とかか」
「そうっす。で、補助魔法は回復魔法とか身体強化とかっすね。属性変換を経ない魔法は大体ここに分類されるっす。別名無属性とも言います」
なんとも大雑把だが、わかりやすいのはたしかだ。
「で、サクヤさんは属性魔法を覚えたいってことでいいんすよね?」
「まぁそうだな。身体強化は今でも十分出来てるし、回復も同じ。今のところ補助魔法は必要性がないしな」
「では、まず属性魔法を覚える上で一番重要な、適性を調べましょう」
そう言ってココが取り出したのは、占いとかで使いそうな水晶玉だ。
「これは感魔石っていう特別な鉱石でできてまして、その人の魔力に最も適した属性を色で教えてくれるんすよ。火なら赤、水なら青、風なら緑、土なら黄色、光なら白で闇なら黒っす」
「ほー、こりゃまたわかりやすい」
「さぁ、というわけなんでサクヤさん、この珠に魔力を流し込んでください。あ、少しっすよ。あんまり大量に流し込むと割れるんで」
「え、なにそれ怖い」
とりあえず割れるのは怖いのでごく少量の魔力を水晶玉(水晶じゃない)に流し込んでいく。
すると、玉の色が徐々に変わっていき――
「……白? いや、ちょっと青みがかってるか?」
「おお、これは珍しい。氷雪属性に適正があるみたいっすよサクヤさん」
氷雪属性? さっき聞いた属性の中には存在しなかったが。
「魔法っていうのは基本的にさっき上げた六属性なんすけど、なかには複数の属性は合わせることで別の属性に変えてしまう魔法も存在します。氷雪属性もその一種で、水と風を合わせることで発現する複合魔法っす」
「水と風、か……」
……要は液体と大気だよな? なんか色々悪さできそうな気がするんだが。
「結構レアなんすよ、二属性持ってる人って。複合魔法となるともっと少なくなるっす」
「へぇ、ちなみにどんくらい?」
「百人に一人くらいじゃないっすかね?」
「……反応に困る微妙な数だな」
もっとこう、千人に一人くらいだったらやったぜ俺すげぇ! ってなれたんだが。
……まぁ、希少は希少なんだろう。得したと思っておくか。
「あ、ちなみにココのときはどんな感じだったん?」
「赤みの強い虹色でした」
「……にじいろ」
え、ガチャの最高レア確定演出かなんか?
「要するに全属性に適正があって、中でも火が得意って感じっすね」
……やはり天才か。
こいつホントなんで退学になったの? 魔法学校見る目なさすぎじゃない?
素行が悪いならさぁ、もっとこう、しっかり教育してあげてさぁ、そしたらこんなすごい人材手放さずに済んだのにさぁ……。
……まぁ、おかげで俺の相棒になってくれたと感謝しておこう。複合魔法といい今日は得しまくってるね(白目)。
……そんな微妙な目をしていたからだろう、ココがあわあわしてしまった。
「……あっ、いや、でも、その、あたし複合魔法使えませんし、そのへんはサクヤさんに分があるっていいますか……」
「あーいや気にすんな、相棒が強いとわかって安心したぞ、うん」
うん、そうだ。組んでる相棒が強いのは喜びこそすれ、がっかりしたりましてや妬むようなものでもない。そもそも俺、魔法に関してはほぼココに一任するつもりだし、今回の訓練も戦術の幅を広げるためのものだ。
なのでむしろ俺より強くないと困ってしまう。おい本職ってなっちゃう。
「まーそういうわけだから堂々と誇れ。調子に乗りすぎない程度にな。そしてその才能で俺の魔法の修行をつけてくれ」
「さ、サクヤさん……はい、頑張って教えるっすよ!」
「よっしゃやるぞ!」
「おー!!」
「とはいってもあたし氷雪属性使えないんでどう修行つけたらいいかわかんないんすよね」
「オイコラ」
出鼻をくじかれるとはこのことか。
「や、でも水と風は使えるんで、そっちの修行から始めましょう。基礎となる二つを伸ばせば自ずと複合した属性も強くなるはずっす」
「……まぁ、たしかにな」
「では修行を開始するっすよ」
「押忍!」
「じゃあはじめに手のひらから魔力を流してください」
「うっす」
ココに言われるまま、手のひらから魔力を放出する。
とはいえただ垂れ流すのはもったいないので、玉状にして循環させていく。
魔力が見えるほど放出しているわけでもないので、このくらいは今の俺でも負担なくできる。
「続いてイメージします。魔法はイメージが一番重要っすよ。いま手のひらから出している魔力が水になるようイメージしながら魔力放出を続けるっす」
「イメージ……むう……」
水、水かぁ……あんまり水辺に行くことなかったからなぁ。
というのも吸血鬼の弱点の一つが流水を渡れないことだからだ。
俺はその辺問題なく渡れるし、なんなら風呂だって大好きだけど、やっぱり川とか海には抵抗感がある。
一家揃ってそんな感じだから川辺に行くことも海水浴に行くこともなかったんだが……なんでそんな俺が水属性の適性があるんだ?
「おっと、思考がそれた……むう……」
ともあれ水のイメージだ。
俺にとって身近な水といえば……まぁ水っつーか液体なんだけど、やはり血液だろうか。
流石にテレビ越しでしか見たことのない水辺や水道から出てくる水をイメージするよりはやりやすそうだ。
「ふー……はっ……!」
イメージするのは血液。
何度も何度も流してきた、今も俺の中を流れるあの赤い血潮を想起する。
すると、イメージする本が良かったのだろうか。
俺の手のひらの魔力は赤い水となり、玉となって循環し始めた。
「おっしゃあ! どうよココ!?」
「あー、えーっと、まずはその、おめでとうございます。…………でもツッコミどころいくつかあるんでツッコんでいいっすか?」
「いいけど?」
「なんで赤いんすか?」
「そりゃまぁ、血のイメージしたからじゃねぇの? 水よりイメージしやすかったし」
「あー、サクヤさん吸け……あれでしたもんね」
ニーナがいる手前、隠語を使うココ。
いかんな、ニーナがいるなら無理してでも普通の水にするべきだったか。
「……」
……ニーナの様子をうかがうが、特に不審そうにはしてないのでセーフだと思っておこう。
「で、もうひとつなんすけど……なんで球体になってるんすか?」
「そりゃほら、垂れ流しより循環させたほうがエコじゃん?」
「…………ちなみに聞きますけど、他の形にもできますか?」
「え、まぁやってみるけど」
試しにいつも作ってる血液剣の形状に。続いて盾、鎖型、犬、人、鳥、ライオン――「もういいっすもういいっすよ!!」
「なんだよまだまだできるぞ?」
なんというか、操作感は血液操作に近い。
ただ血液操作よりも反応が悪いというか……そう、重たい感じがする。
「はぁー……まさか最初から形状変化ができるとは……まぁ教えることが少ないのはありがたいっすけど」
「なに、これできないやつ多いの?」
「魔法使いの最初の壁って言われてますね。普通は詠唱ありで魔法を使って形状変化の仕方を体に叩き込むんすけど……サクヤさんは必要なさそうっすね」
「やったぜ」
というか詠唱とか恥ずいから省略できるならありがたいわ。
「それじゃあ、水属性の簡単な魔法から使っていきましょうか」
そんなこんなで、俺達の魔法教室は進んでいく。