2-02
「行きたくないっす」
武器の修理中、バザーを見ながらブラブラ歩いていたところで、俺が旅の途中で妖狐族の里に寄ろうぜ、といった瞬間にココはそう答えた。
即答だった。
「……いや、でもなにか帰るための手がかりが」
「嫌っす、行きたくないっす」
「でもほら、ご両親も心配してるだろうし」
「絶対イヤっす」
取り付く島もないとはこのことか。
「なんでそんなに嫌がるんだよ。たまには帰って両親に顔見せてやれよ」
「……合わせる顔がないっすよ。あたし、学校退学になっちゃいましたし……」
「あっ」
察した。というか察せなくてすまん。
そうだった、こいつは里一番の天才魔法使いとして帝都の魔法学校に入学し、成績不振で退学、今や冒険者という半ば博打打ちみたいな職業になってしまったのだ。
そりゃあ申し訳なくて合わせる顔ないよなぁ……。
「……ていうかさ、お前退学になる要素あるか? 仮に当時の態度が悪かったとしても、今の魔法の腕前を考えれば退学になんかならないと思うが」
……もしかして、嫉妬とか派閥とかのあれそれでこいつハメられたんじゃね?
でなきゃ……ブレイズメテオといったか、あれ程の魔法が使える人材を手放すはずがないと思うのだが。
「あー、えっと、その…………あたしが今の魔法を使えるようになったのは、つい最近でして」
「……え、最近?」
「はい……心を入れ替えたあと、独学で勉強しまして。……なんで、退学になったときは本当にへなちょこ魔法使いだったんすよ……なのにあんなに自信過剰で……ああ恥ずかしくて火が出そうっす!!」
「ちょっ、出てる! ほんとに火出てるから! 魔力抑えて!」
「うわぁすみません!」
「ちょっと焦げちゃったよ……まぁ、そういう事情なら仕方ないか」
プスプスと焦げた髪を再生しつつ……考える。
まぁ、ココのいうへなちょこってのはやや信用できないが、まぁ現状より劣っていたのは事実なのだろう。
……しかし、独学でここまでの魔法の腕を身に着けてしまうやつを退学にしてしまったのは、やはり学校側の判断ミスとしか思えない。
……とはいえ、退学になってしまったのは事実なわけで、ココの両親に合わせる顔がないという言葉もまた事実だ。
「うーん……とはいってもなぁ……割とアテにしてるんだよ、お前の魔法。それ無しで俺一人で行くってのもなぁ……」
「う……それは、その、嬉しいっすけど……」
とくにさっきも上げたがワイバーン戦の最後の魔法。不発に終わったが、あれは凄まじかった。
アレだけのことができるのなら戦力として頼もしいし、ぜひ付いてきてほしい。
「……あれ?」
……いや、でも、あれ? よくよく考えたら俺はこいつを連れてヤマトまで行くつもりだったけど、そもそもコイツ、そこまで付き合うつもりないのでは?
いや、どうなんだろう。他にパーティ組めないから俺と組んだわけで、だとしたら俺が帝都から出たら食ってけないわけだし、やっぱり付いてくるつもりなのか?
いやしかし、ヤマトまでの道のりは過酷なわけで、はたしてそれに同行してくれるのかどうか…………。
……もういいや、めんどくさいし聞いちゃえ。
「なぁ、ココはどこまで俺に付き合ってくれるんだ?」
「え、どこまで、とは?」
「俺とコンビを組むのはこの帝都だけか? それともヤマトまで付いてきてくれるか? それとも…………」
……俺の世界まで付いてきてくれるか? とは聞けなかった。
だってそれは……この世界での生活を捨てろって言うの等しい。
ココは大事な仲間で、相棒で……友達だから、一緒にいてほしいけど、そんなことを強制することはできない。
ココの答えは、はたして……。
「そんなの最後までに決まってるじゃないっすか。サクヤさんが帰るまで、きっちりお供しますからね」
「えっと、つまり……帰る方法が見つかるまで、ついてきてくれるのか?」
「そうっす」
「帝国を出て、旅に出るとしても?」
「ついていくっす」
「海を超えてヤマトの国にも?」
「もちろん」
「……マジで?」
「……いや、まぁ、最初は適当なところでお別れしようと思ってたんすけどね? ほら、ワイバーンとの戦いのときに、あたし助けられちゃったじゃないっすか」
ああ、最後の噛みつきのときか。
まぁたしかに俺が突き飛ばしてなかったら半身食われてスプラッタ画像になってたのはココだろう。
「ウチの家訓で、『恩には恩を、仇には仇を返せ』とありまして。恩人のサクヤさんを放り出すなんてできないっすよ」
「恩には恩を、はわかるけど仇も返すのか……」
「そ、そこは今は関係ないっすよ。とにかく、そういうわけですから、サクヤさんが帰るまでどこまででもお供しますよ。地獄の底までだって相乗りしますからね」
「それはなんとも……はぁー……」
思わず深い溜め息が出てしまう。
なんというか……コイツやっぱ大物だわ。これだけの決意をあっさりとできてしまうんだから。
「まぁいいや……改めてよろしくな、相棒」
「ええ、こちらこそっすよ、相棒」
早いとこ帰る方法見つけて開放してやらないとなぁ、と思いつつ、そう言葉を交わした。
……でも、もう少しだけ、少しだけでも長く、この友人と付き合っていきたい、そんな思いもあった。
「で、地獄の底まで相乗りしてくれるんなら妖狐族の里にも……」
「嫌っす。それだけは絶対に嫌っす」
「そっかぁ……」
……なんかこう、ココを納得させる口実とか退学になってしまったココのフォローとか考えておかないとなぁ
その後修復された剣と調整された鎧を受け取った俺達は、慣らしを兼ねて再び狂い猪狩りの依頼を受けていた。
「そぉい!!」
武器と鎧の慣らしである以上、以前のようなヒットアンドアウェイ戦法は意味がない。
そんなわけで俺は、猪の猛烈な突進を手甲で受け止めて、直った頑丈な剣で頭蓋を叩き割って狩っていた。
「いやぁ、戦い方が人間離れしましたねぇ、サクヤさん」
「まぁ、ワイバーンの迫力を思い出せば猪くらいはな」
ワイバーンの迫力が突っ込んでくる大型トラックくらいとすれば、猪は突っ込んでくる原チャリくらいか。
どっちもヤベェし危険だが、まだ原チャリのほうがどうにかできる。
「しかしあの突進を食らっても傷一つ付かねぇとは……もう最強なんじゃないこの鎧」
なんというかこう、ゲームの序盤中盤で終盤あたりで手に入る装備を手に入れてしまった感覚だ。
あるいは圧倒的資金による課金で最高レアを揃えきったソシャゲか。
どちらにせよハイパー無敵な全能感がすごい。
「いや、Aランクの冒険者とかはワイバーンなんかスライム感覚で狩るらしいっすよ。そういう人たちにかかればその鎧も一刀両断なんじゃないすかね」
「マジかー……」
ハイパー無慈悲な真実が俺を現実に戻してくれた。
まぁそりゃそうだわ。世の中強敵一体倒したからって最強になれるなんて道理はない。
若干がっかりしつつも、Cランクから上がりたてにしてはいい装備なのだ、と自分を慰めることにする。
「んで、そっちの方はどうだ?」
「ええ、新しいローブも杖もバッチリっす!」
グッと親指を立てるココの後ろには、ぷすぷすと焼け焦げた猪の死体が積み上げられていた。
こんがり焼けてて実に美味しそうな匂いが漂ってくるが、血抜きしてないので多分食べられないだろう。
ともあれ、ココの方も万全なようだ。
「よーし、そんじゃ今日はこのへんで切り上げるか。もともと装備の慣らしが目的なわけだし」
「そうっすね、使い勝手は十分覚えたっすよ」
「オッケー、そんじゃ俺はココが倒した分の血抜きしてるから、ココは俺が倒したやつを荷車に乗せてってくれ」
「了解っす!」
そんなわけで、前回の失敗から学習して最初から借りてきた荷車に、ココが後衛職とは思えない腕力でドンドコ猪を積んでいく。
……あいつ、魔法使いだけど獣人だから、身体能力だけなら俺とそんな変わんないんだよなぁ。
「おっといかん」
思わず遠い目になりかけたが、自分の仕事は果たさなければ。
収納袋からナイフを取り出し、焼け焦げた猪の太い血管に突き立てる。
当然心臓は止まっているのでほとんど血は流れないが、少しでも出てくれば俺の血液操作で抜き取れる。
同じ要領で残り五体も抜き取ってしまう。
そして肉食獣がよってこないよう、ドリル状にして地中深くに埋めた。
「これでよし」
そうして処理を終え、俺もイノシシを荷車に積んでいると、不意にガサガサと草をかき分ける音が聞こえた。
「……イノシシかな?」
「匂いでよってきた獣や魔物かもしれないっすよ」
「うーん……とりあえず見てくるわ」
「いってらっしゃーい」
もはや単独行動について一切心配されてないのは信頼なのかどうでもいいのか……いやまぁ、相棒って呼んでくれたし、信頼なんだろう、うん。
ともあれ音がする方向に、気配を忍ばせつつ向かう。
そして音源と思わしき場所で、周囲を伺う。
「ここか…………んおっ!?」
そこには、とてもこの物騒な森には似合わない存在がいた。
「あ……たす、けて……」
その存在はそう言うと、ぱったりと倒れてしまった。
「おい、大丈夫か!?」
俺は慌てて駆け寄る。
それは褐色の肌に黒髪の、小さな幼女だった。