1-閑話 ココノエ
「ふうー……よいしょっと……」
肩に担いでいたサクヤさんをベッドに寝かせ、私は一息ついた。
「まったく……急に意識失っちゃうんすから……」
ワイバーンと戦い、最終的に半身を食われたサクヤさんはやはりかなり消耗していたようで、ギルドでの精算が終わり、宴会騒ぎが終わった瞬間魔力が切れたみたいに眠ってしまったのだ。
まぁ、それはそれで構わないし、むしろお疲れ様です、という気持ちなのだが、問題が一つあった。
というのも、サクヤさんは宿の鍵を収納袋にしまっていたのだ。
収納袋は基本的に入れた人にしか取り出せない。つまり宿の鍵はサクヤさんにしか取り出せない。
一応袋を壊せば中のものが全部出てくるのだが、おそらく国宝級であろうサクヤさんの収納袋をこんなことで壊すわけには行かない。
そんなわけで、やむなく私の部屋にお招きしたわけである。
『はぁー…………今日は死ぬかと思いました』
思わず母国語でつぶやいてしまう。というか私は一人のときは基本母国語だ。
『……そういえば、異世界から召喚された方はあらゆる言語を習得していると聞きますが……サクヤさんにはこちらの言葉でも通じるのでしょうか?』
もしそうならあの、こいつ変な言葉遣いしてるなぁ……って目を払拭できるかも知れない。
私だって好きであんな言葉遣いなわけじゃない。慣れないアトランティス語で敬語を使おうとすると、どうしても変な感じになってしまうのだ。
だからサクヤさんに通じるのなら、ずっとこっちの言葉で喋れば変な敬語を使わずに……あ、ダメだ。そしたら周りと言葉が通じなくなる。
『ままならないものですね……』
……そもそも、なんでそんなにサクヤさんの目を気にしているのか。
ただの冒険者としての相棒だというのに。
『……いえ、ただの、ではありませんね』
サクヤさんは吸血鬼で、私は獣人。
サクヤさんは戦力を提供し、私は食料である血を提供する。
そんな、なかなか類を見ない契約関係に私達はある。
……正直、サクヤさんの話を聞いたときはチャンスだと思った。
吸血鬼のくせして人の良さそうな顔した彼をうまく使い、冒険者として成功を収める。
そうすれば、魔法学校を退学になってしまった私のことを、故郷の人たちも許してくれるかも知れない。
……そんな打算で、私は彼にこの話を持ちかけた。
食料も乏しく、行く宛もなく、国に追われてる彼が断るはずがないとわかっていて。
……ある程度は、それを彼もわかっていたはずだ。……そう、思いたい。
『……私達は打算で動くはずの契約関係。……そのはず、なのに』
つぶやきながら、サクヤさんの短く切りそろえられた前髪を撫でる。
本当に力を使い果たしているようで、以前言っていた変身能力も解除されてしまい、明るい金髪だった髪は真っ黒に染まっている。
たしか吸血鬼の手配書では黒髪黒目とあったから、今は閉じられている瞳も黒いのだろう。
力を使い果たし、眠るその顔は、とても幼く見えた。
『親しげにしたのも、膝枕したのも、利用しやすいよう好感度を稼ぐため』
わかりやすく言ってしまえば、籠絡だ。
私はサクヤさんを籠絡し、人のいい彼をより扱いやすくしようとした。
……だけど。
『……あなたが登録試験で倒れたとき、本当に不安になった。ワイバーンに吹き飛ばされたとき、怒りと不安で心がかき乱された。……ワイバーンに半身を食われたときは、魔法が消えてしまうほど、頭が真っ白になった』
利用しようと、危ないときは肉壁にでもしようと思っていたのに、いざその時が来たら、私はそれに耐えられなかった。
どうやら私は、自分が思っているほど冷血な女ではなかったらしい。
……いや、それだけじゃないか。
……里を出て、初めてできた、私の仲間。いや、友だちといってもいい。
打算込みだとしても、それは挫折し弱りきった私の心に、優しく染み込んだ。
もう、彼は私の心の一部だった。そう、気付かされた。
『まったく……籠絡するつもりが、もうされていたんですから、お笑い草ですよね』
初めての仲間、初めての友達。……そして、命の恩人。
私はこの友情に、恩に、どう返していけばいいのかわからない。
『さしあたっては……サクヤさんの願いである、元の世界に帰る方法を探すこと、ですかね』
だからまず、できることをしよう。
……本当は適当なところで(できるかどうかはさておき)縁を切るつもりだったが、こうなればとことん付き合おう。……いや、付き合いたい。
彼がいつか自分の居場所に帰ってしまうその日まで、私は彼を助け、支えよう。
「……これからも、よろしくおねがいするっすよ。サクヤさん」
すやすやと眠る彼に語りかけるよう、私はそういった。
今回はちょっと短いですがここまでとさせていただきます。




