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「まさか活動初日にワイバーンを討伐するとはのう……」
「いやぁ、俺たちも想像していませんでしたよ」
ワイバーンを倒してからしばらく経って、ココが呼んできたギルドの職員がやってきた。
なんせ全長十五メートル以上の巨体だ。収納袋には入らないし、荷車にも乗らない。
そんなわけで、職員に来てもらい、ここで解体と素材の買取、あと報酬の見積もりも行うそうだ。
そしてなぜか、グラインさんが来ていた。
なんでも仕事をサブマスに押し付けて俺たちの様子を見に来てくれたらしい。サブマスには黙祷を捧げよう、南無。
「しかし大きな傷は右目だけで、ほかは内臓がいくつか潰れてる程度……のうお主、このワイバーンを倒した方法を売ったりとかは……」
「嫌です。そんな簡単に飯の種を手放せませんよ」
まぁ、飯の種っていうか吸血鬼の能力によるものだから話せないってのが実情なのだが。
ともあれ、俺のやった内部から主要な臓器を破壊して倒すという方法はワイバーンの素材を傷めずに回収できる貴重な方法のようだ。これからも素材が高価な獲物相手にやってみよう。
もう半身を食われるのはゴメンだけどな。
あ、今はちゃんとズボン履いてるぞ。換えを持ってきておいて本当に良かった。
「ううむ……しかしこうなると、お主をCランクにしたのは失敗じゃったな」
「え、まさかDのほうが良かったとか……」
「違うわたわけ。どこの世にワイバーンをたった二人で倒せるDランクがおるんじゃ。そうではなく、最初からBランクにしておけばよかったという話じゃ」
「ああ、なるほど。…………え、ちょっとまってください? 最初っからってことは……?」
「うむ、お主とココノエ、ともにBランク昇格じゃ。本来なら複数の依頼をこなして実績を積まなければならないんじゃが……ワイバーンを倒したのじゃ、皆文句はなかろう」
「え、ええー………」
なんかすげぇいきなりだ。
いやまぁ、嬉しくないわけではないんだけどさぁ……。
「なんじゃその、いやだなぁ、めんどくさいなぁって顔は」
「いやぁ……実際面倒そうだなぁって思っちゃって」
いや、だって……ねぇ? 絶対面倒なのに絡まれるパターンじゃん?
俺はそういう面倒事とは無縁で生きていきたいんだよ。
…………まぁ、異世界召喚とかいう特大の面倒事に巻き込まれているが。
「まぁ、そういう文句行ってくる奴らが黙るような実績を積めば良い」
「実績、実績かぁ……」
まぁ、積み重ねが大事ってことだろう。
ひとまずこれ以上目立たない程度に依頼を堅実にこなしていくとしよう。
「サクヤさん、サクヤさーん!! すごいっすよ! なんかもうすごいっすよ!!」
「あー、じゃあ相棒が呼んでるんでこのへんで」
「うむ、今後の活躍にも期待しておるぞ。ああそれと」
「なんですか?」
「この国での婚姻は十五歳からじゃ、お主らなら今からでもできるぞ?」
「しませんよそんなこと!!」
俺とココはそういう関係じゃない。
出会ってからこの短期間で随分親しくなったが、それはどっちかと言うと友情とかソッチ方面だ。
なんていうか…………悪友みたいな?
妙に気があって、一緒にいて楽しいが、そういうのではない。
グラインさんの妙に生暖かい視線を受けつつココのところへ行けば、なんか妙にはしゃいでいた。
「あ、サクヤさん、もうこれすっごいっすよ!!」
「はいはい、何がそんなにすごいんだよ?」
「素材の買取目録っすよ!! 見てくださいよこれ!」
「へーなになに? へぇ、やっぱいい値段で売れるんだな。合計は……一十百千……………五百万!?」
「そうっす! 五百万ソルっす!! これであたしたち大金持ちっすよ!!」
マジか、マジかこれ! やったぜ大金が転がり込んできた!
いやー宿代も馬鹿にならないし、武器やら防具やら買ったり、なによりココの食費でかなり持っていかれていたので、これは素直に嬉しい。
「あ、違いますよそれ」
「「え゛っ!?」」
そんなふうにはしゃいでいたら、解体していた職員さんがそんな事を言ってきた。
え、マジで? 五百万は夢と消えるんですか?
「素材だけならその価格ですけど、討伐報酬が入っていません。討伐報酬を含めたら……一千万ちょいですね」
「「マジっすか!?」」
なんとびっくり、報酬が倍になった。
うそ、うっそだろマジかよ。大金持ちじゃん俺たち。
やったぜ、これで武器防具新調して……ああいっそいくつかワイバーンの素材もらってそれでアップグレードするって手もあるな。
ああワクワクが……はっ!?
「いや違うだろ俺! なにこの世界に馴染んでんだよ!」
「どうしたんすかサクヤさん、せっかく大金が入ったのに」
「そう、大金が入ったんだよ! この金で、俺が帰る手段を探さないと!」
「………? ………!? あ、ああ!! そういやサクヤさん異せか……ゲフン、あっちの人でしたもんね!」
「そう、俺自身忘れかけてたけど異せ……ゲフン、アレなんだよ。この金は大事に取っといて、帰る手段を探すために使わないとな」
吸血鬼と同様、異世界人という単語もアウトなので隠語を使う俺達。
ていうかなんで忘れかけてるんだ俺、いくらなんでも馴染み過ぎだぞ。
「え、じゃ、じゃああたしの杖新調したり新しい服買う計画はパーっすか………?」
「いやそこは山分けでいいだろ。互いに五百万ずつ、お互いの財布には干渉しない、これで行こう」
「やった、さすがサクヤさん! 愛してるっす!!」
「そんな即物的な愛はいらん」
「ひどい!」
まぁ、五百万でも大金だ。やれることは多いだろう。
……ああ、そう言えば気になることがいくつかあった。
「そういや契約魔法のときに、俺が使った文字に似てる字を使う国があるって言ってたよな?」
「あー、ヤマトの国っすね。ひたすら東に向かって海を超えた先の国なんで、文献で呼んだだけっすけど」
「そんな遠いのか……お試し感覚で行くのは難しいな」
どっか図書館とかでヤマトの国について調べて、確実に日本と関わりがあるって確信を得てからじゃないと行けないな。
ああ、あとココ――ココノエの名前の由来についても聞いておかないと。
もしかしたら、そっちから日本に帰る手がかりが見つかるかも知れないし。
「やることがいっぱいだなぁ」
「そうっすねぇ……でも大丈夫っすよ、あたしが付いてますから」
「その根拠のない自信はどこから来るんだか……まぁいいや」
なんとなく、こいつのそういうところに救われている気がする。
だからこそ、一緒にいて気が楽で、楽しくて、つい帰ることを忘れてしまうのだろう。
「…………帰る、か」
帰ったらココともさよならなんだよなぁ……。
「なぁココ、お前家族構成ってどうなってんの?」
「なんすか急に? 普通に父母と、下に妹がいるっすけど」
「そっかぁ」
じゃあ、一緒に来る? とは言えないよなぁ。
…………まぁ、どうせ先は長いのだ。
もしかしたらあちらの世界とこちらの世界を自由に行き来できる方法が見つかるかも知れないし、ひとまず先送りにするしかないか。
「…………こんなんだからグラインさんにあんな事言われるのかな」
「ん? なんか言ったっすか?」
「いいや、なんでも。さて、今日はお祝いにご馳走だな!」
「おー!! 食って食って食いまくるっすよー!!」
ひとまずは、困難を乗り越えた喜びを噛み締めて、今を楽しむとしよう。