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やってきた男は巨大な戦斧を背負っており、いかつい兜にごつい鎧をまとい、さらに端々から見える身体は傷だらけで、人相は凶悪そのもの。
まさしく荒くれ者、定冠詞をつけてザ・荒くれ者と言ってもいい風体だった。
とはいえ無視するのは礼儀に反するので、返事はしなければならない。
敬語は……なしでいいか。なんかナメられそうだし、こういう手合にナメられたら色々面倒だ。
「ええと、あー……まぁ、そうだな。こいつの言う通りCランクになった」
「ほう! そいつはスゲェ! どうだい兄ちゃん、俺んとこのパーティに来ないか? うちはBランク以上のパーティだが、あのギルマスからCランクもぎ取ったってんなら文句は出ない、どうだ?」
へぇ、この人、見かけによらず高ランクなのか。
言われてみれば、たしかにその巨体は脂肪ではなく筋肉によるものだし、得物である戦斧からは濃い血の匂いがする。ここまで濃い匂いは、相当数の戦いを経ないと付かないだろう。
人間の血の匂いもするが……全体的にごくわずか、おそらく盗賊の討伐とかそういうので染み付いた匂いだろう。
全体的に見て、歴戦の戦士なのは間違いなさそうだ。
……第一印象でメッチャ損をするタイプの人だなこりゃ。
しかしパーティへのお誘いか。
俺がひとりぼっちだったら渡りに船だったんだが……今はココがいる。
「あー、ありがたいんだが、もうコンビを組んでるやつがいるんでな。悪いがその提案は受けられない」
「……ほう、コンビってのは、そこの狐娘か?」
「ああ、まぁ」
そう答えると、男はすごく胡散臭そうな目でココを見つめた。
……おいココ、まさかこの人にもイキったのか? こんなよく見れば明らかに実力者ってわかる相手に?
「…………(すっと目をそらす)」
……どうやら、やってしまったらしい。目を思いっきりそらされた。
「兄ちゃん、悪いことは言わねぇ、こいつはやめといたほうがいい。こいつは大した実力もないくせにエリートだの天才だの神童だのでかい口叩いては、いろんなパーティに加わっては迷惑をかけてそのくせ謝りもしねぇろくでなしだ。付いたあだ名は『天狗狐』、コンビなんか組んでも碌なことにならねぇぞ」
…………ココ、お前そこまでやらかしてたのか。
思わず憐れみの視線を向けてしまう。
ココはなにか言いたげにしていたが、事実なようで何も言えずにいた。
それと同時に、この男は別にココを貶めたくて言っているわけじゃないことを悟る。
なんせ言ってるのは事実だけ。多分有望な新人を地雷冒険者なんかに潰されたくないのだろう。
まぁ、気持ちはわかる。俺だってオンラインゲームで明らかな地雷プレイヤーに新人プレイヤーが捕まっていたらなんとかしようとするし。
気持ちはわかるが……俺は全てわかった上でこいつに付き合うと決めたのだ。
「まぁ、大体はこいつから聞いてるよ。んで、こいつも心を入れ替えたって言ってる。だからコンビを組むって決めたんだ」
「やめとけやめとけ、人の性根なんざそう簡単に変わらない。どうせこなせもしねぇ依頼を受けて、失敗して、それを繰り返してこいつと一緒に信用を失うのがオチだ」
「……そうだな。俺の国でも『三つ子の魂百まで』ってことわざがある。ようは三歳までに決まった人間性は大体死ぬまで変わらんって言葉だ」
「ほう、いい言葉じゃねぇか。この世の真理だな」
あー、もうそんな泣きそうな顔になるなよココ。
安心しろ、ちゃんと最後まで付き合うって俺は決めてんだ。
「けど、あくまで大体、だ。俺は人は変われると思うし、そう信じてる。まぁ、すごく大変なことだけどな」
「……へぇ、根拠はあるのかい? 根拠もなしに、これからの冒険者人生をこいつに託すってのかい?」
「根拠ならあるさ」
そこで、今にも泣きそうだったココを見る。
「あんたの言う天狗狐とやらは、ここまでバカにされて黙ってるようなやつだったのか?」
「あん? ……ああ、そういやそうだな。こいつは些細なことでも噛み付いてきやがったな」
「でもココは黙ってる。…………なぁココ、なんでここまでいわれて黙ってたんだ?」
俺の言葉に、涙目になってた目を拭いつつ、ココは答える。
「そりゃあ…………だって、事実っすから。実際あたしは色々やらかして、迷惑をかけたっす。だから、この人の言うことに何も言えないっす」
「……あんたの知る天狗狐ってのは、こんな殊勝なことが言えるやつか?」
「だが、口だけってこともある」
「まぁ、そうだな。けど、肝要なのは変わろうとしてるってことだ。実際に変えるのは難しくても、変わろうと意識しなければ始まらない。こいつはその第一歩を踏み出している」
俺は立ち上がり、ココの後ろに回ると、その両肩を叩いた。
「だから俺はこいつを信じることにした。だから俺はこいつを裏切れない」
「……後悔しても知らんぞ?」
「後に悔いるから後悔っていうのさ。先のことなんざわからない、だから今信じたとおりに進むだけだ」
俺と男の視線がぶつかり合う。
そして……先に男のほうが視線をそらした。
「わかったよ、そこまでの覚悟があるなら俺からは何も言えねぇ。残念だがな」
「悪いな、せっかくの親切心を無下にして」
「本当だぜまったく……だが、そこまで言ったんだから、無駄に死んだりすんじゃねぇぞ」
そう言うと、男は仲間と思わしき連中のもとへと去っていった。
残された俺達は、ひとまず元通り席に座り直した。
んで、ココにジトッとした目を向ける。
「……お前なぁ、喧嘩売る相手くらい選べよ。狂犬か? 狂犬なのか? 狐なのに?」
「いや、その、あの頃は本当に周りが見えてなかったといいますか……はい、その、反省してるっす」
あの人が親切心で声をかけてくれたのは明らかだった。
ついでに言えば、俺へのスカウトを牽制する意味もこもっていただろう。
実際、あれだけ強く断ったおかげか、俺に声をかけようとする人はいない。
……それだけ気を回してくれる相手に……このアホはもう……。
……まぁ、反省しているというのなら何も言うまい。
「はぁー……なんにせよ疲れた。帰って寝たい。その前にご飯」
「あ、じゃあ新鮮な血液をいっぱい作るためにもあたしもいっぱい食べないとっすね!」
「調子のんな阿呆」
「……はい」
いやまぁ、食わせるけどさ。……そろそろ本格的に財布が軽くなってきたぞ。
これは本格的に、冒険者稼業を頑張らないといけないな。