プロローグ ~現代におけるごく平凡で一般的な吸血鬼~
初投稿です。
拙い作品ではありますが楽しんでいただければ幸いです。
深夜の路地裏を、一人の女性が走っていた。
その顔は必死そのもので、その走りは全力疾走に近かった。
邪魔なパンプスはすでに脱ぎ捨てており、ストッキング越しにアスファルトを踏みしめながら女性は必死で……そう、必死で逃げていた。
まるで幽霊か怪物でも見たかのように――あるいは、そのとおりに。
「はっ、はっ、はぁっ、はぁ!!」
女性は心のなかで叫ぶ。
あれは人間じゃなかった。
あれは物語や伝説の中の存在のはず。
あれはこの世にいてはいけないもの。
そう、あれは――――!!
「やぁ、お嬢さん。そんなに急いでどこへ行くのかな?」
目の前に、男が立っていた。
本来ならばありえない。女性の視界に、この男は全く映っていなかった。
だが、空から霧が現れ、それが男の姿となった。
まさしく、人外の所行。
だが、男の異様な点はそれだけではなかった。
口元は血に塗れ、あまつさえそれを美味そうになめている。
そして、男の腕にはうつろな目をした女性が抱かれていた。
その首筋に、2つの傷をつけて。
「あ、ああ……」
この男こそ、女性が必死で逃げていた存在。
人ならざる怪物。血をすする鬼。
――――人はそれを、吸血鬼と呼ぶ。
「見られてしまったからには、帰すわけにはいかないな。とはいえ今夜の食事は彼女と決めているし……そうだね、君には少し眠ってもらおうか」
「なに……を……」
こんな状況で眠れるわけがない。
だが、吸血鬼の瞳に見つめられると、抗いがたい眠気に襲われてくる。
「大丈夫、目が覚めたら、君はすべて忘れている」
吸血鬼の、驚くほど優しい声を最後に、彼女は意識を失った。
「おっけーい! いいねいいね! 相変わらずいい脚本書くねぇ望月くん!!」
「あはは……そりゃよかったです。とりあえずこの後は目を覚ました女性が、断片的に残っていた記憶から吸血鬼と関わって行くって感じでどうでしょう?」
俺が書いた原稿を持ってバンバン背中を叩いてくる演劇部部長にそう言った。
ここは俺が通う高校の一室、演劇部の部室だ。さっきまでお世話になっていた旧式のパソコンが夕日を浴びて輝いている。
だいぶ長いこと頭を悩ませてたからなぁ……まさか夕方までかかるとは。
「はぁ……」
原稿を持って大喜びの部長を尻目に、俺はこっそりため息を付いた。
正直、今回の脚本は微妙だ。リアリティに欠ける。
だいたい今どき闇に潜む吸血鬼の物語ってどうなのさ? まぁこんなこと言ったら提案者である部長にグーで殴られるから黙っとくけど。
そうとも、リアリティがない。
本物の吸血鬼は、今となってはごく普通に一般人のように過ごしているのだから。
「俺みたいに、な………」
「望月くん、なんか言った?」
「いいえ、なにも」
さて、まずは自己紹介をしようか。
俺の名前は望月朔夜、職業は高校生。演劇部の脚本兼小道具係として青春に励んでいる。
そして、人の血液を摂取しなければ生きていけない生き物――通称、吸血鬼だ。
吸血鬼。夜の闇に紛れ、人を襲い、血を啜る怪物。
動物に変身したり、霧になったり、魅了の魔眼を使えたり超常的な能力を持っており、反面日光や聖水、銀、流水など弱点の多い生物でもある。
俺はそんな吸血鬼の一人だ。
両親ともに吸血鬼、どころか先祖代々ずっと吸血鬼だ。
そのため、仲間内からは純血の吸血鬼だなんて仰々しい呼び方をされている。
……まぁ、生まれがやや特殊なだけで、そんなに変わったところはない。
強いて言うなら日光と流水に耐性があるくらいか。でなきゃこうして昼間に学校通うなんてできないが。
そう、先述の様子の通り俺は学校に通っている。
ごく普通の高校生として、人間に混じって。
一般人が思い描くような吸血鬼ってのははるか昔のお話だ。
今は日本も秘密裏にではあるが吸血鬼の存在を認め、共存するために様々な政策を執り行ってくれた。
そのおかげで輸血用の血液の一部が俺たち吸血鬼の食料として配給されたりして、俺達は飢えることがなくなった。
飢えないのなら人を襲う必要もない。そのために特殊な能力を使う必要もない。
そんなわけで、今の俺達吸血鬼は普通の人間とあまり変わらない生活を送っている。
とはいえ、あくまで秘密裏の共存なので、正体がバレてはいけない。
なので吸血鬼としての高い身体能力や、特殊能力は使わないよう結構苦心していたりもする。
そう、暮らしがかわっただけで、能力自体は変わってないのだ。
――だからなのだろう。俺が、それに選ばれてしまったのは。
「んんっ……つっかれたぁ……」
大きく伸びをして、校門を出る。
夕日は沈みかけていて、まさしく逢魔が時といったところだ。
「あー、脚本夜じゃなくて逢魔が時でも良かったかなぁ……。いや普通の吸血鬼は日光が駄目なんだった」
いかんな、自分が平気だからついついほかも平気だと考えてしまう。
まぁ、オッケーもらったし書き換えることもないか。
「……寒っ」
思わずブルリと体を震わせてしまう
そろそろ秋と呼んで差し支えない時期だ。そろそろコートやマフラーを準備しておいたほうがいいだろう。
「……秋か」
秋が来たら今書いた脚本を文化祭で劇にして、それが終わればすぐに冬、そうこうしてたら春だ。
春になったら演劇部部長はじめ三年生は卒業。俺たち二年生は進級して受験モードに入る。
……自由はあとほんの僅かな時間だけ。
「……書き直してもいいかもな、脚本」
まぁ、それは明日にして、今日はもう帰ろう。
宿題もあるしゲームもやりたい。録画しておいた特撮ヒーローも見たい。
そう思い、一歩踏み出したその時だった。
「……っ、魔力!?」
突如として、俺の足元から、俺たち魔性に属するものしか扱えないはずの、魔力が立ち上った。
そして回避するまもなく、俺の足元に光の円が現れる。
「なんだこれ……!?」
とりあえず、この円が魔力の源なのはわかる。
どんな魔法か知らないが、とにかくこの円から出なければ。
そう考え、円の外に向かって跳躍した……のだが。
「いっつう……!?」
なにかに頭を強打した。
見れば円からは外界を遮断するかのように光が立ち上っており、触れてみればそれは実体を伴っていた。
「クソっ……このっ!!」
俺は全力で光の壁を蹴りつけるが、全く効果がない。ゆらぎすらしやがらねぇこの光。
……いや、魔法によるものなら、魔力で干渉できるのでは?
そんなわけで今度は魔力を込めて……もう一発!!
「せあっ!!」
しっかりと魔力を込めて蹴り込むが、それでも光の壁は揺らがない。
「マジかよ逆に足痛ぇ……蹴りで駄目ならぶん殴っても意味なさそうだし……」
……そうだ! 魔法ならじいちゃんが詳しい!
今すぐ電話を――
「って電波通じてねぇ!? 嘘だろ一応都会のど真ん中だぞ!?」
いつもは通じていたことを考えれば、この光は電波さえも遮断してしまうようだ。
そうこうしているうちに光の円はその複雑さを増し、いわゆるアレの形になっていく。
「魔法陣……? ああクソ、こんなことならじいちゃんにもっと詳しく聞いとくんだった!」
現代日本で魔法の出番なんぞあるわけ無いとか考えず、ちゃんと魔法の知識を付けておけばよかった。
そしたらこの魔法陣がなんなのかわかっただろうに。
「……いや、術中にハマってる時点で無意味か」
内側からは壊せないし、外部に助けを求めることもできない。
こりゃお手上げですわ。
……この魔法が何なのかわからないが、即死系の理不尽魔法でなきゃいいのだが。
「まぁ、なるようになるか」
俺が諦めたのとほぼ同時に魔法陣は完成したようで、目を開けていられないほど強烈な光りに包まれ――
――俺は、この世界から消えた。
初回のみ三話連続で投稿します。
以降は書き溜めが続く限り毎日投稿しようと思います。