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STORY TELLER

作者: 吉田馬尚

 月明かりが差し込む窓辺で、今日も珈琲を飲みながら本を読んでいる。


 この瞬間だけは僕は本の世界の主人公で、僕を中心に世界が廻っている。そんな感じがする。

 あぁ、もう物語が終わってしまう。物語が終わると、僕はこの世界では独りぼっちだ。あの差し込む月明かりさえ僕の味方じゃない。


 本を机に置く。この部屋にある本は全部読み終えてしまった。もう僕はどの物語の主人公でもない。ただの独りぼっちの世界の脇役。

 高く積み上がった本の山は踏む場もないほど所狭しと並んでいる。一冊一冊が僕の物語だった本たち。ある時は異世界の勇者、またある時は恋する高校生だった。一冊一冊が僕の、物語だった。


 ふと、顔を窓の外へ向けると、綺麗な月が星空の中に浮かんでいた。あぁ、なんて綺麗なんだろう。今は十六夜くらいだろうか。これから新月へと向かい、また丸い綺麗な月へと帰ってくる。


 少し外へ出よう。風が気持ちいいはずだ。月明かりのもと、丘の草花は風に揺られ、鈴虫が鳴いている。自然の中に僕はいる。空には月と星々、山には動物や虫たち。この自然の中で僕はひとりぼっち。

 自然は僕を受け入れる。その恐ろしいほどの大きさで、こんなに小さい僕を受け入れる。その大きさ故に、何もないと錯覚することもあった。でも、確かにそこにある。月も、星も、草も、虫も、そこにあるんだ。そう、僕も。僕も、この自然の中にある。僕は受け入れられている。


 一瞬、世界から音が消えた。そう思ったら目の前が白く光った。それが何秒の間に起こったことなのか分からない。もしかしたら1秒もない時間だったかもしれない。でも僕は、その瞬間をみた。天から地へ白い光が駆けていくのを。酷い衝撃が走った。


 目の前の松の木に雷が落ちたんだ。気がつくと空からバケツではなくバスタブをひっくり返したかのような雨が降っていた。月と星々は雲に消え、草花は殴られているかのように風と雨によって地面に打ち付けられている。虫たちは避難できただろうか。


 そんなことを考えていると、何故か笑えてきた。自分の心配も後回しで虫たちの心配とは、まったく僕はどこか頭がおかしいのかもしれない。そうだ。どうせここには誰もいない。それに雨の音で笑い声なんて聞こえるものか。思い切り笑ってやれ。笑え。嗤え。



 一頻り笑うと疲れた。家に戻ろう。このままでは風邪を引いてしまう。熱いシャワーを浴びてほっとひと心地ついた時にふと思った。



 そうだ。物語を書こう。



 僕が生きているこの自然の事を書こう。理不尽にもいきなり大雨になる様な自然の事を。夜空に浮かぶ月と星々の事を。山に住まう草花と動物と虫たちの事を。

 どうせ僕はもう主人公にはなれないのだ。だったら誰かの主人公を作ろう。誰かがこの物語の主人公になれるように。僕の住まうこの場所が舞台だ。


 そう思うと少し楽しくなってきた。どんな事を書こうか。森に入って熊に追いかけられたこと。あの丘からの美しい夕陽のこと。あの夜に見た一筋の流星のことでもいい。時間はたっぷりあるのだ。僕が体験したすべてのことを書こう。

 そしていつか、いつか誰かに読んでもらいたい。僕の物語の主人公になってもらいたい。そのことを考えると今からドキドキが止まらない。


 いつの間にか雨は止み、雲も晴れている。一雨降って少し涼しく、いや寒くなった気がする。月明かりが窓辺に差し込んでいる。いつもなら珈琲を飲みながら本を読んでいる窓辺だ。

 しかし僕はこれから物語を書く。高く積み上がった本の山を崩し机を探す。机の上の本をどかし、引き出しから万年筆とノートを出す。まったく、本の読み過ぎでここまでが一苦労だ。


 珈琲を入れ直そう。きっと冷めてしまっている。

 温かい珈琲を飲みながら、物語を書こう。


 どこかの誰かが主人公となれる、物語を。

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― 新着の感想 ―
[良い点] そう、物語を書く。そしてまた読む。 言葉を紡ぐ者として、心にすっと入ってくる言葉が心地よく。 誰かになりたいと思ったから、誰かになれる物語を書きたくて。 そして、そこにはコーヒーが欠…
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