94話 不測の展開
葉王が去った後、屋敷への帰宅が可能となったヒロムたちは早々に帰路につこうとしていたが、その中でヒロムは苛立ちを隠せぬ様子で誰かに電話をしていた。
「どういうことか説明してもらおうか、母さん。
何でまたサクラみたいに人が来るんだよ。それも女って……葉王に何か聞かされてたなら相談の1つや2つあってもいいんじゃなかったのか?」
『鬼桜葉王さんからは内密にと指示がありましたので。それに事前に話してもヒロムさんは駄々をこねて容認しないと言われましたので。それに《姫神》の当主としても長く生きられ経験豊かなあの方の意見を無碍には出来ませんので』
「現当主が呪いで生き長らえているあんなバカの言うことに従うなよ」
『不満があるのは分かりますが仮にもあの方は《姫神》の創立に貢献された姫神葉桜その人です。アナタのためを思っての発言の全ては血を受け継ぐ子孫のアナタを守りたいからこそですよ』
「……今ほどその血を呪いたいと思ったことはないがな」
電話の相手……母である姫神愛華に不満をぶつけるヒロム。そのヒロムは愛華の言葉のあるワードを耳にするとふとある事を思い出して質問した。
「……その件はもういいとして、母さん。葉王か《姫神》創立時代の人間って織田信長と関わりのあった人間っているのか?」
『織田信長ですか?それについては何も兄さんからも姉さんからも聞いたことはないですが……何かあったのですか?』
「いや……とくにねぇけど気になったから聞いただけだ」
『そうですか。先ほどの件ですがゴールデンウィーク前までにはそちらに到着、ゴールデンウィーク明けには姫城に編入する手筈でカルラに手続きを進めさせますので』
分かった、とヒロムは渋々了承すると通話を終え、ヒロムが通話を終えるとガイはヒロムに尋ねた。
「ノブナガについて調べるつもりなのか?」
「いや、ノブナガの言っていた言葉についてな。
オレが《レディアント・アームズ》を発動させて対峙した時にノブナガが言った言葉が気になってな」
「ノブナガの?」
「ヤツの話を聞く気はないってオレに対して『まるであの時出会いしあの男のような言い方』とノブナガは言った。その時は気にならなかったが葉王が《姫神》の創立時代の人間ってのを母さんが言ったからなんか気になってな」
「ノブナガが出会った人間って言ってもヒロムの祖先とは限らなくないか?明智光秀とか伊達政宗とかあの時代には多くの偉人がいたわけだしさ」
「まぁ、それもそうだな」
(けど、それで済ませられない何かがある気がして仕方ない。
ノブナガのあの言葉、それが何を意味するかは謎でしかないが何かあるようにしか思えない。ノブナガ……織田信長には史実には残されていない何かがあるはずだ)
ノブナガは何かしら過去の因縁にも似たものがあると考えるヒロム。果たして彼の考えは……
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《一条》の屋敷。
ヒロムのもとを去った葉王はその屋敷の書斎にいる当主である一条カズキのところにいた。
「……以上が姫神ヒロムとペインの戦闘による報告だァ。
姫神ヒロムはオマエやオレの想像通りに霊装の真の姿を顕現させェ、ペインに関してもオマエが危惧した通りに闇の力を強く取り込み始めているゥ」
「……世界という括りの中にいる1人の個体が別世界の同じ姿の個体と出会うことで起こるであろう変化は片方に光を与えて片方には闇を与えた。そしてそれを繰り返してきたペインは光を与えられた姫神ヒロムの理解の外にある強さに達しつつある」
「あえてはなしはしなかッたが姫神ヒロムが強くなろうとすればペインは何らかの形で自分を絶望させて闇に深く身を沈めるようにして力を得ていくだけだァ。光と闇、光と影は表裏一体にありその関係性は希望と絶望にも当てはまることだァ」
「今の姫神ヒロムでは負け戦に等しい。かといって今オレが指導している最中にあるゼロは未だに姫神ヒロムと同じ境地に立てていないが故に加勢させるのは難しい。姫神ヒロムという光とゼロという闇が強く共鳴して反応を引き起こせばペインをも超える力となるはずだが……それがいつになるか怪しいものだな」
「しかもペインに気を取られてたら他の連中が野放しになるゥ。
ビーストはクリーチャーを生むための闇を蓄える中でペインの仕向けた《魔柱》を介してさらなる力を得ているゥ。さらには裏切り者のリュクスは黒川イクトの《死獄》の力の一部を得て不可能と思われていた織田信長を強制契約して精霊として従えているゥ。ノーザン・ジャックはあれ以降ヴィラン共々動きどころか姿を見せていないィ」
「《魔柱》は所詮ペインの計画の駒だとして、ヤツらが他に仲間を勧誘してるのはありえるか?」
「ありえるなァ。何せ敵は世界を破壊して作り直そうとか企んでてもおかしくない連中だァ。オレたちの把握していない各国のテロリストの中でも危険性の高いヤツが仲間としてスカウトされてても不思議じャねェ。仮にそうだとしたらァ……現状の日本の戦力はヤツらに及ばなくなる危険性もあるから油断すら出来ねェ」
「……ヴィランめ。姫神ヒロムの前に1度現れたと思えば雲隠れして動きを探らせないとはやはり油断ならぬ男だな。現状の日本の戦力は?」
「ノーザン・ジャックに対抗出来るのはオレとオマエと《一条》の幹部数人。ペインに関しては足止めなら姫神ヒロムでも可能だがァ、倒すとなればやはり他の《センチネル・ガーディアン》にと難しいだろうなァ。ビーストやリュクスも《天獄》の連中が被害を止めるレベルで戦えてるがァ、仮にヤツらが本気になッたとすれば実力は一気に引き離されるかもなァ」
《世界王府》について葉王から話を聞くカズキ。《世界王府》の確認されている主要メンバーの戦力について再度確認したカズキはため息をつくと葉王にヒロムについての質問をした。
「オマエが助言している姫神ヒロムはどのくらいで完全な覚醒に到る?シンギュラリティの能力者としてその可能性を存分に引き出している今で不完全だと言うならアレが完全になるのはどれくらいかかる?」
「……早くても半年ィ、下手すりャ1年はかかるなァ」
「猶予がないのに半年も待てるか。
オマエが請け負っておきながら何のつもりだ?」
「落ち着けよカズキィ。
あくまで今のままならだァ。姫神ヒロムが敵を倒すという力だけを完全な状態にするなら半年はかかるッて見込みだがァ、ヤツは今人として精神的に成長しつつあるゥ。つまりィ、姫神ヒロムが精神的に成長して心身ともに鍛えられればオマエの望む完全な覚醒にはより早く達せられるッて話だァ」
「……それが狙いなら何故あの話を隠している?」
隠してはいないィ、と葉王はカズキの質問に対して軽く返すと続けて彼に何かを手渡した。
カズキが葉王から手渡されたもの、それは指輪だった。血のようなものが付着している指輪、おそらくは誰かのものだろうがカズキはその指輪が何なのかを察したのか葉王に尋ねる。
「……オマエがこれをアイツに渡さなくていいのか?」
「鬼桜葉王として渡せるなら渡してるさァ。けどォ、どうしても……どうしてもアイツのことになるとオマエに仕える間は抑えるつもりのオレが出てくるから余計なことまで離しそうなんだよ。あくまで必要なところまで話してアイツを導く、その手の話はアイツ相手ならオマエが適任だろ?」
「……なるほど、一理あるな。
オマエはそっち側でアイツと話すと甘いからな」
指輪を手渡されたカズキは葉王の気持ちを汲み取ったのか指輪を握りながら彼の考えを受け入れ、その上で葉王に指示した。
「オレが望み通り姫神ヒロムの心については何とかしてやる。代わりにヤツらの身体面の強化は何が何でも完璧に遂行しろ」
「了解だ。
全ては……全ては《世界王府》抹消のためだァ」




