93話 安息の刻
《魔柱》の襲撃、そしてペインの出現とヒロムの真価の発現。普通の人間からすれば何気ない日常の下校時間だったその時間の中の1時間に満たない時間の中で起きたことはあまりにも衝撃的なものだった。
ペインの撤退からほどなくして警察が駆けつけ、生徒たちは安全のために部活動の有無を無視して早々に帰路に着くよう通達された。ただし……姫神ヒロムや雨月ガイたち、そして姫野ユリナと咲姫サクラについては残るように言われていた。
そう、この男に……
「おいィ、姫神ヒロムゥ」
出会うなりまず最初にヒロムの頭を叩く青年。毛先だけ紫色の茶髪のダルそうな顔をする青年に頭を叩かれたヒロムは青年を睨むが、睨まれた青年は逆にヒロムを睨み返すと彼の行動について注意していく。
「痛えな!!」
「オマエにペインは倒せねェッて昨日忠告したよなァ?それなのに早速忠告無視しやがッてェ……何考えてやがるんだァ?」
「仕方ねぇだろ。
あのままじゃ学校もオレたちも消されてたかもしれないんだぞ」
「仕方ないだァ?
オマエには自覚ッてもんがねェのかァ?」
「オマエの忠告を無視したことは謝る。けどオレはアンタや仲間、それにユリナたちのおかげで大切なことに気づけたし、それのおかげで霊装の真の姿を……」
「それは第1段階でしかねェよォ。あんな燃費悪い軽装纏えたとかその程度ではしャぐなよバァカァ」
「あ!?テメェ今オレのことをバカって言いやがったな葉王!!
人の成長を過小評価してんのか、あぁ!?」
落ち着きなよ、とナギトはヒロムを宥めるように言うと青年……鬼桜葉王に対して質問をした。
「ヒロムのあの姿が第1段階ってのはどうしてなの?
オレからしたらあの状態は《世界王府》に対抗出来る唯一無二の武器になれると思ってるんだけど、違うの?」
「全然違うなァ。そもそも姫神ヒロムのあの姿ァ……名前何だァ?」
「《ユナイト・クロス》だよバカ!!」
「その何とかクラスは……」
「おいクソ葉王!!」
「ヒロム、少し黙っててよ」
「風乃ナギトの言う通り黙ッてろォ。
姫神ヒロムのあの姿は所謂霊装を発揮するための初期段階ィ。あの状態になることで姫神ヒロムはこれまで以上に最適なポテンシャルで力を発揮出来る状態となるゥ」
「クローザーを圧倒したり残像を残すほどの超速戦闘もヒロムがそれを発揮出来る最適な状態にあったからなのか?」
「そういうことだなァ雨月ガイィ。
もッともォ、残像を残すほどの超速戦闘に関してはコイツが昨日開花させた《未来輪廻》と併用することを前提に発生したスペックだろうなァ。現在を支配するほどの戦闘力を保持して未来を変える力を使うゥ、ある意味戦闘スタイルとしては完成系ではあるなァ」
「ってことは《未来輪廻》を完璧に使いこなせるようになった状態で《ユナイト・クロス》使える大将って最強ってことじゃね?今の状態に《未来輪廻》の完全制御さえ……」
それは違う、とヒロムの力に何故か心躍らせるイクトの言葉にシオンは冷静に返すとヒロムがペインやクローザーに向けて言った一言に触れるように話していく。
「《ユナイト・クロス》はヒロムの言い分では力を得たわけではないということ。葉王の言い分も考慮すれば《ユナイト・クロス》はヒロムを最適なポテンシャルを発揮出来る状態にさせるもの。つまりやり直しによる未来の確定の《未来輪廻》を極めることと最適なポテンシャルを発揮出来る状態とする《ユナイト・クロス》が揃ったとしてもヒロムが強くなったわけじゃない」
「え?何が違うんだよ?」
「バカ死神が。本質が違いすぎる。
今のヒロムは最適なポテンシャルを発揮出来る状態になれる状態であって強くなったわけじゃない。葉王の言うペインを倒せる強さを得た状態とは程遠いんだよ」
「紅月シオンの言う通りだァ。姫神ヒロムが強くなッたのではなく姫神ヒロムが最適な状態で戦える姿になる権利を得たに過ぎないィ。それではまだペインを倒すのは不可能だァ」
「精霊を拒絶して力に変えたペインと精霊を信じて共に戦うことを選択したヒロム……姫神ヒロムという人間でこうも道が分かれるとはな」
「そういうことだァ。今の姫神ヒロムはまだスタート地点を突破した状態ィ。ペインを倒すためには実力を高めながらヤツにないものを極めるしかないィ」
「ペインに無いもの……」
「それって何なんだ?」
「さァなァ。それが何かはオレにも分からねぇし、ひどい話が姫神ヒロムにしか分からねェッて話だァ」
ヒロムは強くなったわけではない、そのことを改めてヒロムに言い聞かせるように葉王は言った上で今ヒロムのやるべき事を話す。ヒロムだけではなくガイたちにも聞かせるように話す葉王、おそらくだが葉王はヒロムが見つけるべきものを見つかられるように彼らが手を貸すようにという旨を遠回しに伝えようとしてるのだろう。葉王の話をそう解釈したガイたちはヒロムのために何をすべきかをその場で一旦考えようとするが葉王はガイ、ソラ、イクト、シオン、ナギトに対しても忠告をした。
「姫神ヒロムのこの先を思えばオマエら個人の力も要求されることになるゥ。そうなッたとしてオマエらは姫神ヒロムに負けぬように実力を高める必要があるがァ、その方法についてはあえて教えないィ。理由はわかるよなァ、雨月ガイィ?」
「……ヒロムはアンタの一言があったとしても《ユナイト・クロス》という潜在能力を引き出した。オレたちも同じようにオレたちの中に眠る潜在能力を引き出して真価を見せつけられる存在にならなきゃならない。そうだろ?」
「その通りだァ。オマエらがペインの仕向けた駒を倒せたのは駒共の力がたまたま弱かッたからだァ。だがその偶然に助けられてるようでは未熟ゥ、今のオマエらが目指すべきは個人の高い力の主張と姫神ヒロムの1歩を確かなものきさせるだけのアシストとしての能力だァ」
「アシスト?お言葉だが葉王、オレはヒロムの飾りになるつもりは……」
「間違えるなよォ相馬ソラァ。それはあくまでオマエらが姫神ヒロムの隣に並び立つ能力者になるためのファーストステップでしかないィ。真にオマエらが到達すべきは姫神ヒロム以外の《センチネル・ガーディアン》にも負けない最高の能力者となることだからなァ」
「……つまり、ヒロムを踏み台にしろってことか」
その通りだァ、と葉王がソラの言葉に返すと葉王の意図を理解したガイたちはやる気を見せる。強くなる、その目的のためにガイたちはヒロムに負けぬように強くなろうとするだろう。
葉王の言葉はヒロムたちに目標を与え、ヒロムたちはその目標を達成すべく意気込む。そんな中、サクラは何かが気になったのか葉王に質問した。
「鬼桜葉王さん、1つ質問なのですが私やユリナやユキナたちに出来ることはないのですか?
さすがに私たちも見守るだけというのはもどかしいのですが」
「相変わらずというかァ、姫神愛華が信用して選んだ人材なだけあッて言うことが他の女と違うなァ」
「あら、お褒めの言葉ですか?」
「そのつもりだァ。質問についてだがァ、その件なら手は打つように姫神愛華に伝えてあるゥ。そのせいもあッてか姫神ヒロムの屋敷に最適な人材を送るそうだァ」
「あら、私と同じ使用人ということですか?」
「それは知らないがァ、姫神ヒロムのためになる女とは言ってたぞォ」
「……おい待て、今女って言わなかったか!?」
「あーあ、また大将の家に女が来るよ」
「さすがに女が増えるのは飽きてきたな」
「オマエら他人事か!?少しは何とかしようとか思ってくれ!!」
ヒロムの屋敷に新しく人が来る、それも女だと分かるとイクトとソラはどうでも良さそうに呟き、興味なさげな2人の反応に焦る様子を見せるヒロム。ヒロムが焦る中葉王は笑いながら去ろうとする。
「おいクソ葉王!!勝手に帰ろうとするな!!」
「せいぜい頑張れよォ、姫神ヒロムゥ。
オマエのため、なんだからなァ」
またなァ、と葉王は颯爽と消えてしまい、葉王が消えるとヒロムは苛立ちを爆発させるように叫んでしまう。
「クソ葉王が覚えてろよボケが!!」




