85話 暗黒の魔人
ナギトが静魔を倒したことで校庭での騒ぎは一旦は収まった。ガイたちが無事に戻れば敵の迎撃は成功と言えるだろう。だがガイたちはなかなか戻ってこない。
ガイたちが戻ってこないことに不安を感じる生徒たちはヒロムを見ており、ナギトもユリナもサクラも彼らを4人の敵とともに別の場所に飛ばしたヒロムを見ていた。が、視線を多く受けるヒロムは何も無いかのように平然とした態度であくびをし、そんな呑気なヒロムにナギトはため息をつくとガイたちがどうなってるのかを尋ねた。
「何でガイたちは戻ってこないのさ?」
「あん?」
「多分周りの被害とか気にしてそれぞれが本気を出せるように精霊の力で移動させてんだろうけどもうよくない?敵の強さはよく分かんないけどオレがあそこのヤツ倒せたんならもうみんな終わってなくないかな?」
「……まぁ、もう終わってるだろうな」
「なら早く戻しなよ。でないとガイたち自力で戻って来れないなら閉じ込められたまんまになるよ」
「……そうだな」
「……」
どこか冷たいヒロムの態度、その態度にナギトは何か言おうとせずに一息つくとユリナへと相手を変え、さらに話題を変えて話し始めた。
「姫野さん、あの天才の物わかりよくする方法無いの?」
「おいナギト、聞こえてんぞ」
「うーん……あんまりいい方法はないと思う。ヒロムくんって意外と頑固だから。ヒロムくんのことだから好みの長い髪のスタイルのいい女の人に言い寄られたら物わかりよくなるかもだけど……」
「ユリナ、オレのことそんなふうに見てたのか?」
「仕方ないわよユリナ。ヒロムは甘やかされるくらいで素直になる可愛いところがあるんだから過度な期待はやめた方がいいわよ」
「サクラ、オマエが1番酷いからな?
というか好き勝手言うなよ」
「あら、なら手早くガイたちを戻したらどうかしら?」
無理なのよ、とガイたちをここに戻すようにヒロムに言うサクラの言葉に反応するようにヒロムの精霊・幻術使いのセラが現れ、現れたセラはナギトやユリナ、サクラに状況を明かしていく。
「マスターはガイたちを飛ばした空間を把握してるし敵を倒してる事まで感知してるからさっきから何度もここに戻そうとしてる。でも何故か無理なのよね……まるで誰かがマスターには空間の行き来させるのを拒むかのように干渉してるわ」
「どうにもならないの?」
「ええ、ユリナ。だからマスターは悩んでるのよ。
アナタたちがマスターをチクチクするような言い方してる間もマスターは何とかしようとしてるのに……ユリナは見た目に反して冷たいのね」
「え?え……それは……」
「ふふ、冗談よ。
やっぱりアナタをからかうのは楽しいわ」
困惑するユリナの反応を見て笑うセラ。セラに笑われたユリナが頬を膨らせていると彼女に申し訳なさを感じたのかヒロムはナギトたちに自分しか把握出来ていない現状について話していく。
「オレがセラの能力を借りてアイツらが戦闘を行うための別空間を生み出しそこに移動させて戦闘を行わせるって手筈だった。透析アイツらはそれを理解してそれぞれが相手を選んだわけだしオレもアイツらなら苦戦せず倒せると判断した」
「こうなることは想定外として、天才のアンタが対策してないことないよな?」
「だからオマエを残してイクトを向かわせたんだ。
ガイ、ソラ、シオンの3人は確実にここで戦うとなると加減を強いられる。発展途上にあるオマエと影と幻術を操るトリッキさでキメるイクトを敵の新手に備えてどちらかを残す必要があったし、それと同時に戻せなくなった場合を想定して選択する必要もあった」
「それでイクトを選んだって?」
「ああ、イクトは空間に干渉する幻術を扱える。第三者の干渉に対してオマエは戦うしか対処出来ないがイクトならどうなっても臨機応変に対応できる。それにオレとしては新手が《世界王府》の幹部クラスとなった場合にオマエとの方が行動しやすいってのもある」
「嬉しいこと言ってくれるじゃん」
「そんだけオマエのことを期待して……」
「現実から目を逸らすのは得意だからな、オマエは」
ヒロムのナギトへの言葉を遮るように静魔のそばの空間が歪み、空間の歪みの中からペインが姿を現す。
「やっぱり現れたか」
「そっか、同じ個体の存在を警戒してたんだね」
現れたペインを前にしてヒロムとナギトは彼の素顔を既に目にしているから冷静でいられるが、ペインを初めて見るユリナとサクラ、そして周囲の生徒たちは動揺を隠せなかった。
「ヒロム……くん……?」
「ヒロム、アナタがあそこまで精神的に追い詰められるのも分かるわ……。こんなの、悪い夢だと思いたいわね」
「……悪い夢か。仮にも目の前に現れたのは姫神ヒロムだった人間だぞ。幼い頃の約束を胸に秘めて再会した際には寄り添うと誓ってくれた咲姫サクラの言葉がそれとは驚きだな」
「残念な話だけれど私が約束を交わしたのはペインなどという名の男ではないの。私が約束を交わしたのは私が心から支えたいと思えたヒロムただ1人よ。自分のことを慕う人が恋しいなら元の世界に帰りなさい」
「その口振り……別世界の個体とはいえ似ているな。オレの知るサクラも自分を強く持っていた。殺されるその直前までな」
「あら、そう。私も死ぬって言いたいのかしら?」
「どの道オマエ含めてこの世界は1度滅びる。そして再建された世界で絶望無き楽園に迎えられる。誰もそれを……」
待ってください、とユリナは声を震わせながらペインに向けて言うと彼の話を遮り、ユリナはヒロムにそっくりなペインという存在に怯えながらも彼に尋ねた。
「ど、どうしてこんなことをするんですか……?
あ、アナタが別の世界に来てその世界を壊してもアナタの世界は戻らないんじゃないんですか?なのに……どうして……どうしてヒロムくんを苦しめるんですか?」
「ユリナ……」
自分そっくりの敵、ヒロムにとってはペインに向けている認識などその程度だ。だがユリナはヒロムに似ているペインに対して彼の中に残ってるかもしれないペインの中の良心に語りかけ説得しようとしている。恐れを感じながらも争いではなく言葉で分かり合おうとするユリナのその優しい気持ちにヒロムは彼女の優しさをあらためて感じているとペインは逆に鬱陶しそうに舌打ちするとユリナに冷たい眼差しを向けながら彼女の言葉に己の意思を返した。
「たしかにこの世界を壊そうが何しようがオレの奪われたものは戻らないしあの世界の日常すら甦らない。だがな……その程度の生ぬるい優しさで世界が変わるなら規模やら絶望という存在はいらない。まして、全ての元凶が生きる世界に何の価値がある?くだらないプライドに他人を巻き込み女に助けられなきゃ強くもないないようなヤツが悪に挑むなどという幻想に囚われているのならオレがそれを否定する。オレという存在は姫神ヒロムという存在を消すために存在しているのだからな」
「どうして……」
「どうして?オマエに分かるのか?目の前で失う気持ちが……目の前で奪われる苦しみが……何よりも守りたいと思っていたものが目の前で命を散らすことへの無力さがオマエのような守られてるような女に……」
「分かるわけないだろ」
ユリナの言葉に対してとは思えぬほどに私怨を混ぜられた言葉で強く返すペインにユリナが怖さを隠せずにいると彼女を助けるようにヒロムがペインの言葉を遮断する。
ヒロムの助けにユリナは安心したのか涙を浮かべ、サクラが彼女に寄り添うとペインは睨む相手をヒロムに変えると冷たく告げた。
「女を助けて満足か?
オマエの言う何かを守るというのはこういうことか?己のエゴを押し付け当たり前のように演じるのがオマエの理想とする形か?」
「さぁな。元・姫神ヒロムとして考えろよ」
「……なるほど、それなりの精神耐性ができたということか」
なら、とペインが指を鳴らすとヒロムのそばの空間が歪み、その空間の歪みからガイたちが吐き出されるように姿を現す。が、現れたガイたちは身体への負傷はないはずなのに何故かひどく疲れている。
「オマエら……?」
「ヒロム……!!
逃げろ……!!」
「そいつは……《魔柱》のヤツらを利用して新たなクリーチャーを生むつもりだ……」
「何?」
手遅れだ、とペインは左手に球体上の闇を出現させると倒れる静魔の身体をそれを取り込ませ、闇を取り込んだ静魔の肉体は黒く染まると繭のようなものに包まれながら浮遊していく。繭に包まれる静魔は禍々しい殻に覆われ、卵が羽化するかのように殻が砕けると中から黒い鬼のようなものが現れる。
「さて、姫神ヒロム……オマエはコイツをどう倒す?
絶望魔人・クローザー、オマエに勝てるか試してみろ」




