77話 悩める乙女
その頃ユリナはサクラの手伝いとヒロムのためにとキッチンで夕飯の支度をノアルとともに進めていた。だが、そのユリナの気持ちはどこか辛そうなものがあった。
それを感じとったノアルは彼女に何かあったのかと尋ねてみた。
「ユリナ、何かあったのか?」
「えっ?」
「言いにくいんだが……今、砂糖と塩を間違えてたぞ」
「えぇ!?嘘でしょ!?」
嘘だ、とノアルが真顔で答えると彼の言葉を真に受けた自分が恥ずかしくなったユリナは顔を赤くしながらノアルを睨んでしまう。
ユリナに睨まれるノアルは彼女に申し訳ないと思いながらも彼女に対してヒロムのことを話していく。
「……ここの所ヒロムはまともに休めていない。
《世界王府》の動きが激しくなればなるほどヒロムは自分の時間を犠牲にして毎日何かしようと休むことより動くことを優先している」
「うん……」
「そしてペインという存在が現れたせいであんな風になるまで無茶をした。ユリナはそれが気掛かりなんだろ?」
「……うん」
ノアルの言葉にユリナは頷き、彼女が頷くとノアルは夕飯に使う材料を包丁で切りながらユリナに話していく。
「ペインと精神が繋がってヒロムは別世界のユリナの死を目にしたことでユリナを守ろうとする思いが強くなったはずだ。でもそれは同時に自分が多くの命を救えなかったという事を無意識に自覚してしまったことの表れかもしれない。ヒロムは多くのことを経験しすぎた。だから今回の件で深く考え過ぎてる可能性がある」
「……私はどうしたらいいのかな?」
ノアルの話を聞いたユリナは自分が胸に秘める悩みを彼に明かしていく。
「私にはヒロムくんを見守ったりこうして支えるようなことしか出来ない。ヒロムくんはそんな私の手が届かないところに行くかのように次から次に色んなことをするから……分からなくなってきたの。ヒロムくんの足手まといにはなりたくないのに、別世界とはいえ私の死がヒロムくんを変えるきっかけになったって聞いてから余計に分からなくなって」
「……」
「いつも気づいたらヒロムくんは傷だらけで、私が気づいて駆け寄っても大丈夫だよって心配させないように気を遣わせて……私、ヒロムくんにとって邪魔なのかな?私がいるからヒロムくんを追い詰めちゃうのかな?」
ノアルに悩みを明かしていくユリナ。そのユリナは悩みを明かしていく中で涙を浮かべてしまう。彼女の涙を見たノアルは包丁を置くと彼女を励まそうと考えたが、それよりも先にユリナの足下で彼女を励まそうとするものが声をかける。
「ガゥガゥ」
「バゥ?」
ユリナの足下で声をかけるもの、ユリナが足下に視線を向けるとそこにはノアルが宿す幼い仔竜の精霊・ガウとバウがいたのだ。涙を浮かべるユリナを見て心配そうな目で見つめるガウとバウ。それを見たユリナは2匹に心配をかけたと思ったのか涙を手で拭うと無理してるのがバレバレな笑顔で伝えた。
「ごめんね、大丈夫だよ。
少し辛かっただけだから、ね?」
「ガゥ……」
「バゥ〜」
「えっと……なんて言ってるのかな?」
ガウとバウは何かを伝えようとしてると思ったユリナはノアルなら分かるのではないかと彼の方を見るが、ノアルにも分からないらしく首を横に振られてしまう。
どうしようかとユリナが悩んでいるとノアルはガウとバウにあることをお願いする。
「ガウ、バウ。ヒロムを連れてきてくれないか?」
「ガゥ?」
「ヒロムをここに連れてきてくれるだけでいい。頼めるか?」
「ガゥ!!」
「バゥ!!」
ノアルの言葉が通じたのかガウとバウは元気よく鳴くと可愛らしく走りながらキッチンを出ていく。ガウとバウが出ていくとノアルはユリナに伝えた。
「ユリナ、気持ちは伝えられるときに伝えた方がいい。
伝えずに後悔しても何も戻らない。だから……余計なことかもしれないけど、しっかり伝えて欲しい」
「うん……ごめんねノアル
ありがとうね……」
******
数分後、ガウとバウに連れられてヒロムが来た。ヒロムが来るとユリナは話辛そうにしながらもヒロムに胸の内を明かしていき、それを聞いたヒロムは申し訳なさそうな顔をする。
「……そっか、ごめん。
オレのせいでユリナをそんな風に追い詰めてたなんて思わなかった」
「その……違うの。
私はどうしていいか分からなくて……分からないのにヒロムくんが前に進んでいくのが怖くて……」
「……そうだよな。ユリナにとって今起きてることで手一杯なのに別世界のこととかそんな話されるのはもちろん、そんな理由でオレに余計なことされるのは辛いよな」
「……辛いとかじゃないの。でも、今のヒロムくんの力になれるか不安で……」
「……ごめん」
ユリナの話を聞いてどう言っていいのか分からないヒロムは不意に彼女に謝罪してしまい、ヒロムに謝罪されたユリナもどうしていいか分からなくなってしまう。
するとノアルは2人に自分のことを話していく。
「ヒロム、ユリナ。どうしていいかなんて今答えを出さなくてもいいんじゃないか?」
「ノアル……」
「でも……」
「オレは2人が羨ましい。オレのことを見捨てた家族は血の繋がりのある兄に殺され、その兄が今世界を敵に回すテロリストに加担している。加担どころか中枢を担うメンバーにまでなっている上に話し合いがしたくてもオレの言葉は届かなくなっている」
「まさかアイツのことを……」
「正直オレは殺されかけた身でありながら唯一の血の繋がりのある兄を……アザナを助けたいと思っている。オレの身勝手な思いだから届くはずもない。けど2人は違う。こうして話し合いが出来るんだから焦らなくてもいいと思うんだ」
「ノアル、オマエ……」
「ヒロム、オレはまだ人の全てを知れていない。
人はどう成長するのか、悩みを抱いた先でどうなるかすら理解出来てないオレが偉そうに言うのはおかしな話だが2人ならオレと違って答えを出せると信じてるんだ」
「……そうか」
ありがとな、とヒロムはノアルに礼を言うとユリナに向けて自分の思いを伝えていく。
「……正直今すぐユリナを安心させられるような答えは出せないし、ユリナに迷惑かけないような行動は取るかもしれない。でも……そんなオレにはユリナが必要なんだ。サクラやエレナやユキナ、それにガイたちもいる。だけどオレにはユリナの支えが必要なんだ」
「う、うん……」
「だから足手まといだとか思わないでくれ。今オレが戦えるのはユリナが支えてくれるからだ。だからこれからもオレのそばで……」
ユリナに思いを伝えていくヒロム。だが思いを伝える途中でユリナが赤面していくのを目の当たりにして不思議に思ったヒロムは言葉を止めて何があったのか考えてしまう。
「ユリナ?オレ、何か変なこと言ったか……?」
「えっ、えっと……恥ずかしくて……」
「恥ずかしくて?
な、何が……」
何が恥ずかしくてユリナは顔を赤くするのか、それが分からないヒロムが不思議に思っているとノアルは咳払いをしてヒロムに教えた。
「ヒロム。今のは捉え方にもよるが……告白してるように思えたぞ」
「なるほ……告白!?
いやいやオレは……」
「あ、あの……ヒロムくん……。
ヒロムくんの気持ちは……伝わったから、その……ごめんね!!」
ユリナは顔を赤くしながら慌てて走って出ていき、ユリナが慌てて出ていくとヒロムはノアルの言葉と彼女の行動によって頬を赤くしてしまう。
「えっ……オレ、やらかしたのか……?」
「……まぁ、捉え方次第なんだろうけどユリナは間違いなくそう捉えてるぞ」
「……やっちまったのか」
「やらかしたな」
マジかよ、とショックを受けてしまうヒロム。そのヒロムの姿からノアルは学んでしまう。時に相手に思いを伝えることは危険を伴うことを……




