75話 可能性を秘めた者
鬼桜葉王は《姫神葉桜》と名乗り、その名を聞いた愛華は静かに頷きその名について話す。
「姫神葉桜。約500年前に《姫神》という一族を創立した初代当主。あらゆる物事の因果を操り全ての結果を好きに生み出す因果律操作の力《因果》の強すぎる力により不老不死の呪いを与えられて消息を経った方……。アナタがその名を語り、いつもの口調をやめたということはよほどのことなのですね」
「口調ってのはオレの中のスイッチだ。オレとしては姫神葉桜は呪いを受けて時点で死亡したことにしてるからな。鬼桜葉王というカズキに仕える男として振る舞うことに対するけじめなだけ、それ以上の意味は無い」
「ごめんなさい。話が逸れましたね」
「いや、このことについて知ってるのは今の当主のアンタとアンタが信用している身内、そして姫神ヒロムと《天獄》の一部メンバーのみだ。そんなことを今更話に出したオレが話を止めたようなものだからアンタが気にしなくてもいい。……とはいえ、話は進めなきゃな」
「早速本題に入ってしまいますが、ヒロムさんが希望に位置する力を得られる方法があるのですね?」
「ある。単刀直入に言うならな。
人の行き着く先は希望ある道か絶望しかない道。今回の場合はペインという絶望しかない道を辿った自分を見ているから姫神ヒロムは絶望を避ける道を選ぶのは確定と言ってもいい」
「それで……アナタの考える希望に位置する力というのは?」
「考えを言葉にするのは簡単だが、あえてその問いに答えるならオレは潜在能力の完全覚醒状態と呼ぼうか」
「潜在能力の完全覚醒ですか」
「姫神ヒロムはこれまで多くの壁を乗り越えようとして幾度となく急激な成長を重ねている。その急激な成長は周囲を感化させて仲間の成長にすら影響を与えているが、これまでの姫神ヒロムの成長から考えた場合アイツの中に眠る潜在能力はまだ片鱗を見せていない。多くの困難を乗り越え、仲間と出会い共に敵と戦ってきたアイツがまだ隠す潜在能力……それをどうやって引き出すかというところが希望に位置する力と呼べる力を掴むことに繋がる」
「それはつまりペインという別世界のヒロムさんは絶望を深く味わうことで潜在能力の完全覚醒に至ったということですか?」
「その可能性はある。だからこそ姫神ヒロムにはそれに匹敵する精神的経験を与えて潜在能力の完全覚醒を促せたいが……今の話は極端な話が精神的な成長を意味するわけだが、最大の問題点は人が急激に精神的な成長を体験させるのは容易でないということだ」
潜在能力の完全覚醒、それがカギとなるという葉王はそれを語ると同時に精神的な成長が必要なこととそれを行うのは容易でないということを話していく。葉王の話を聞いた愛華は気になった点を質問しようとでもしているのか聞いた話について冷静に考えているが、葉王はそんな愛華にヒロムの精神的な成長について話していく。
「姫神ヒロムの精神的な成長と簡単に言葉に出来ても実現は難しい。何せ姫神ヒロムは十神アルトの計画の一端で幼少期に《無能》として蔑まれるよう仕向けられて長い間孤独を味わうような情報の中にあった。そんな姫神ヒロムの精神力をさらに成長させるとなるとかなりハードルが高いことを要求される」
「ヒロムさんはガイさんたちのような仲間と支えあいながらここまで来られた。となればやはり同じように……」
「その結果が今のアイツだ。つまりアイツにとって仲間と支えあいながら立ち向かうことは当たり前のこと、言葉で否定しても本心としてはそれを受け入れてしまうほどに基本となってしまっている。人の心を成長させるには当たり前ではない刺激ある変化を与えなければならない」
「刺激ある変化……。
そんな好都合なものがあるのですか?」
「ある。だからこそオレは現当主のアンタのところへ足を運んだんだ」
「私が関係している、と?」
「正確にはアンタがいなければカギを手に入れられないって話だ。これについて語り始めると話がかなり長くなるが……簡単に言うならば第六天魔王と呼ばれし男を1度退けた経験を持ち、《姫神》創立から数年後にその家の存在を大きく主張するきっかけを与えてくれたある男が遺した物が必要となる」
「その方の名前は?」
「名は……」
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ヒロムの屋敷。
リュクスとノブナガが撤退したことでヒロムはガイたちとともに屋敷に戻り、右目から血の涙と鼻血を流したヒロムはガイたちが手当を受ける中で鼻にティッシュを詰め右目にガーゼを挟みながら医療用の眼帯をつけてソファーに座らされていた。
視界が悪いのかヒロムは気難しい顔をしており、ユリナの護衛を引き受けて戦闘には参加していなかったが故に無事だったナギトは心配そうにヒロムに話しかける。
「見えにくい?」
「あ?あぁ……つうか息もしにくい」
「鼻時と血涙って相当やばいよね?
脳にダメージがあるとかそんな感じ?」
「いや……多分、《未来輪廻》の反動だ。
あの力は今いる地点を確定された1つの未来とした上でオレの体を数秒前の状態に上書きすることで記憶や精神は今のままやり直しを行うってものだからな。多分だが体のみを戻すって性質上傷を受けたと感じた脳が無かったことにしようとする置換反応を起こそうとして負荷がかかったんだろうな」
「……何言ってるか分かんないけどヤバいのは変わりないよね?」
「そこを何とかしないとやばいかもな」
「それ以前の問題があるけどな」
ヒロムがナギトと話しているとまだ手当を受けていないであろうシオンが話に入ってくる。
「リュクスはあえてスキをつくってでもイクトの力を得た。そしてその力はかの有名な織田信長を精霊にして使役するだけの力を得ている。今回はヒロムの初見殺しの新たな力のおかげで助かったが次はどうなるか分からない。《未来輪廻》が如何に強力な力だとしてもそう簡単に使えない代物ならオマエはもちろんオレたちは強さという課題の前で止まったままになるぞ」
「……たしかにな」
「それこそヒロムのように新しい力を得るなりソラのように《炎魔劫拳》並の力を生み出すしかない。ただ今のままやって生み出せるかどうかって話だ」
「そこをクリアしつつヤツらを倒すのが課題だな。
というかシオン、傷の手当は……」
「この程度の傷、放置しててもすぐに治る」
それはダメよ、とシオンの後ろから咲姫サクラは言うとシオンの肩を掴み、肩を掴まれたシオンは必死に抵抗して逃げようとする。
「離せ女!!」
「離さないわよ。アナタの女嫌いについては事前に聞いてるから知ってるのよ」
「なら尚更だ!!オレはオマエに手当されなくとも……」
「あら、私に手当されなきゃいけない傷を負ってるのに偉そうな言い方するのね。それとも女の私に施しを与えられるのが嫌なのかしら?戦う前から相手に怯えるなんて意外と小心者なのね」
「……あ?言ったな女!!
オマエに何されようが関係ねぇ!!そこまで言うならその勝負受けてやるよ!!」
「フフッ、ならこっちに来てね」
サクラの安い挑発を受けたシオンはまんまと乗せられて手当を受けることになり、シオンはサクラとともに向こうへ行ってしまう。女嫌いのシオンを手玉に取るサクラ、その姿にヒロムは苦笑いするしか無かった。
すると入れ替わるようにガイがやって来てヒロムに話しかける。
「ヒロム、少しいいか?」
「あ?」
「大した話じゃないんだが気になってな。
その……ノブナガとの戦いの時、何でそうしなかったのかを聞いていいか?」
「何がだ?」
はぐらかすように言葉を濁すガイ。さっさと本題に入れと言いたげなヒロムは問い返し、ヒロムに問い返されたガイはヒロムに尋ねた。
「ヒロム……何であの時フレイたちを呼ばなかった?」




