7話 得体の知れぬ存在
化け物の出現とそれに関与してると思われる物品についてヒロムはある人物に報告すべく警視庁へとシオンとともに訪れ、受付で処理を済ませた2人は案内された大部屋のソファーに座ってこれから会おうとしている人物が来るのを待っていた。
その部屋にはヒロムとシオンの他に2人の人物がおり、その2人はヒロムの連絡を受けて急遽ここに来てくれたのだ。
1人はイクト、彼はヒロムたち《天獄》の中でもっとも情報に精通しており、今回の件についても似たような事件がなかったかなどを聞けるとヒロムが判断したからだ。もう1人の人物である白髪の赤目、左目の下に切り傷のような痣のある少年がおり、この少年もヒロムの要請で駆けつけた。
「大将がオレとノアルを名指しで招集するって珍しいね。大将が個人で解決できないほど厄介なことに巻き込まれた感じ?」
「そんなところだ。ノアルも呼び出して悪いな」
「いや、オレは大丈夫だ
それより……」
「ガゥ〜」
白髪の少年・東雲ノアルがヒロムに何か言おうとするとノアルの足下で何かが鳴く。黒い恐竜を思わせる小さな生き物、まるで仔竜のようなその生き物はまだ小さい爪しか生えていない手でノアルのズボンの裾を引っ張りながら鳴き、その声を聞いたノアルはその生き物を抱き上げた。
「なんだガウ。
お腹でも空いたのか?」
「ガゥ〜、ガゥ」
「違うのか?
退屈かもしれないが我慢しててくれ」
「ガゥ……」
「子守りは大変そうだねノアル。やっぱ大将みたく意思疎通の出来る精霊の方が楽なの?」
どこか会話の成り立ってないノアルと仔竜のような生き物・ガウのやり取りをイクトは他人事のように見ており、話を振られたヒロムは興味無さそうに答えた。
「意思疎通なんて出来ても困るのは困るぞ。ノアルとガウみたいな雰囲気で済ませられる関係と違って意見を確実に言われる関係なんだからな」
「へぇ、そういうものなんだ」
「オマエもその苦労がわかるさ」
だといいけど、とヒロムの言葉にイクトが適当な返事を返していると部屋の扉が開き、開いた扉の向こうから白髪の男が入ってくるとこちらに一礼してからヒロムたちと対面するように向かいのソファーに座る。
「待たせてすまないね」
「いえ、急なお願いをしたのはこちらですからね、警視総監千山玄一さん」
「かしこまらなくていい。それに私のことは千山と気軽に呼んでくれて構わない。キミたち若者には負わせる必要のない責務を我々は与えているのだからね」
「そこは気にしてませんよ。それより……もう大体の話は聞いてますよね?」
「ああ、部下から聞いている。謎の化け物の出現、その化け物が出現したとされる雑貨屋の安全保障のための調査。後者についてはキミが現場の警察官に手配を依頼してくれていたから早々に済ませた。問題は化け物についてだが……凶暴だったのか?」
「いえ、正直な話をすれば凶暴さは見受けられなかった。
けど、仮に今後も同じようなのが現れたとして同じように凶暴さがないとは言い切れないと思う」
「オレとヒロムが倒したのはどっちも唸り声あげるか軽い攻撃放つくらいでそこまで脅威でもなかったしな」
「なるほど……姫神くん、キミの言い方ならまた現れると思っているようだがどうしてだい?」
「……倒した化け物の中から雑貨屋で扱われていたものが出てきた。店員に確認したら180cmくらいの銀髪か白髪の男が来た後に店内で異変が起きて化け物が生まれたらしい」
「なるほど、その人物が犯人ということか」
おそらく、とヒロムは千山玄一の言葉に一言返すとイクトに向けて質問した。
「イクト、ここ最近で物が化け物に変わるなんて事件は起きてるか?」
「うーん……大将に期待されてるところ申し訳ないけど、その手の事件とか情報はないね。過去に人が化け物に変わるなんて事例はあったけど、それは《十家騒乱事件》の黒幕のあの男が関与してたからこそだからね」
「黒川くんの言う通り過去にキミが目撃したような化け物に関連する事件は警察の管理してる事件の記録にもなかった。未曾有の事件として警戒を高める必要があるとともに原因の解明が必要になる」
「それなら、これの調査を頼みたい」
解決のためには原因の解明が必要と言う千山にヒロムは倒した化け物の中から出たとされる食器と置き時計を渡そうとした。
すると……
「ガゥガゥ!!ガゥガゥ!!」
ヒロムが千山に手渡そうとすると突然ノアルの膝の上に乗るガウが鳴き始めた。突然鳴き始めたガウにヒロムは困惑してしまうが、ガウが鳴く中、ノアルはヒロムに向けてある質問をした。
「ヒロム、それは本当に《物》なのか?」
「あ?見たまんまの置き時計と食器だ。
変なこと聞くなよ」
「なら、何故その2つからオレと同じ《魔人》の気配が感じ取れる?」
「……!?」
ノアルの言葉、あまりにも突然の言葉でヒロムは一瞬聞き間違えたかと己の耳を疑ったが、ノアルの真剣な表情から間違いでない理解したヒロムは彼の言葉の真意を確かめるべく質問した。
「どういうことだ?
この2つにオマエが持っている《魔人》の力が宿ってるのか?」
「宿っていると言うよりはその中にあったような残滓がある感じだな。オレがここに来た時から変な感覚はあったし、さっきガウが鳴いていたのもそれを感じたからだとするとオレたちの感じた気配はその2つから出ている」
「じゃあ、オレとヒロムが倒してのは《魔人》、なのか?」
ありえないだろ、とノアルの言葉からシオンが結論を出そうとするとイクトはノアルとシオンに反論した。
「《魔人》の力はノアルの純粋種としての力とソラが身に宿してる炎の《魔人》の力以外は現存が確認されてないんだぞ?それなのに2人の所有者以外に現れたって言いたいのか?」
「たしかに現存が確認されてるのはオレとソラだ。偶然身に宿して開花したソラと生まれながら《魔人》という忌むべき存在の力を宿したオレ以外にはいないかもな」
「ほら、そうな……」
「答えを急ぐなイクト。仮に《魔人》の力を所有していなくても似たことを可能にしてきたヤツが過去にいたろ」
結論を出そうとするイクトに向けてヒロムはある事実を告げるように言い、ヒロムの言葉を受けたイクトたちはすぐにそれを理解した。
《魔人》、異質な魔の力を持って生まれたとされる古に存在したとされる悪魔と人が合わさった存在。天使の力を授かりし存在《天霊》と相反する関係にあるとして言い伝えられ、《魔人》と《天霊》はいつしか能力者の能力として残りながらもその数を減らし、結果的に今は壊滅した血筋が関与して生まれる能力とされている。その異質な力を東雲ノアル、そしてこの場にはいない相馬ソラは宿しているという。そしてヒロムが言う力を持たずとも同じようなことを可能にした人物がいた。その人物は……
「十神アルトか」
「そうだイクト。
《十家騒乱事件》と呼ばれてるあの日の出来事でヤツは自分の悪事と目的、そして自分が《世界王府》の1人だと言うことを明かした。《世界王府》に属し権力者となってあらゆることをやり続けてきた。そんな男を有していた《世界王府》がヤツが生み出したあらゆるものを何らかの形で得ているとすれば不自然じゃないだろ」
「だがそんな都合よく《世界王府》が関与してくるか?」
「《世界王府》の力は計り知れない。だからこそ可能性の1つとして考えるべきだ」
その通りだ、と千山はヒロムの意見に賛同するとヒロムたちに注意を促すように彼らに伝えた。
「昨日の《世界王府》の支援を受けられるようになった3人の犯罪者とその傘下の者たちが行動を起こし、その翌日である今日にこのような事件が起きた。これまで大きな動きを見せなかった世界的な犯罪者たちは何かを企てて動いているに違いない。都合よく、大袈裟だと感じてもそれでは不十分だと警戒するくらいの気持ちでないと意味が無い。もうすぐキミたちは春休みを終えて学生としての生活の中に戻っていくが気を緩めず警戒してもらいたい」
千山の言葉、その言葉を受けたヒロムたちの表情には冗談を言うような空気感も笑みと呼べるものは欠片もなかった。ただ真剣に目の前のこと、これから起こることを危惧した千山の言葉を前にして気を引き締め直すべく真剣そのものの顔をしていた。
この先、何が待っていても大丈夫なように……