69話 絶望への抵抗
「殺せ」
リュクスが指を鳴らすと精霊となったナポレオンたちが動き出し、動き出したナポレオンたちはヒロムを殺そうと真っ直ぐ迫っていく。敵が接近してくる、その状況の中でリュクスの口から別世界のユリナの死について聞かされたヒロムは白銀の稲妻を纏ったままただ立っていた。
「ヒロム!!」
「……」
「大将!!」
「……」
「何を言っても無駄だよ相馬ソラ、黒川イクト。
別世界の自分を追い詰めた黒幕が目の前にいるんだ。仇とも言えるその相手を前にして心を取り乱すことも落ち着いていることも不可能なんだ。守ることなど自分には出来ない、それを理解しながら……」
「……セレクトライズ」
「ん?」
リュクスが楽しそうに話す中でヒロムは何かを呟き、それが聞こえたのかリュクスが不思議そうな顔をしてしまう。リュクスが不思議そうな顔をしてもそれを気にすることなくどこからともなく大剣と太刀、槍が飛んできてヒロムに迫ろうとするナポレオンたちの行く手を阻むように襲いかかる。
飛んでくる大剣たちに襲われぬようにナポレオンたちは一旦後ろに下がり、ナポレオンたちが退くと大剣はヒロムの方へ飛んでいく。大剣が飛んでくるとヒロムはそれを右手で掴んで構え、大剣を構えたままヒロムはリュクスに向けて落ち着いた様子で話していく。
「別世界のオマエが別世界のユリナを殺して別世界のオレを絶望させてその存在を歪めさせてペインと名乗らせた元凶って話でオレが止まると思ったのか?」
「違うのかい?」
「ぬるいんだよ、考え方が。数時間前のオレならそれで判断力鈍って特攻してたかもしれねぇ。けど間違えるなよ。そんな話をされてもこの世界にいるオレには何も関係ない」
「仮にも自分自身の可能性の1つ、それを否定するのかい?」
「否定もしなければ肯定もしない。オレにとっての世界は今この瞬間、オレのいる場所だ。そこにユリナがいるなら、そこに仲間がいるのならオレは今を守るために戦う」
「……綺麗事かよ」
「綺麗事だ。どれだけ言葉にしても成し遂げる力がなければただの戯言に変わる言葉でしかない」
「それをわかっていながら口にするか。そういうところが気に食わないから別世界のオレは姫神ヒロムって人間を絶望させたんだろうな」
「かもな。でも……オレは絶望なんてしない」
黙れよ、とリュクスは魔剣を強く握ると全身に闇を纏い、闇を纏ったリュクスは殺気を放ちながらヒロムを睨むと彼に冷たく告げた。
「さっきから聞いてれば綺麗事しか出てこない……オマエのそういうところが目障りなんだよ。何の苦労もなく周りにチヤホヤされて失う苦しみも悲しみも知らないオマエが偉そうに物を語るな」
「語るは自由、所詮誰にも人の意志は掌握出来ない」
「黙れって言ってんだよ……偽善者が!!
オマエら、そいつを殺せ!!」
ヒロムの言葉に人が変わったかのように叫ぶリュクス。そのリュクスがヒロムを殺せと命令するとナポレオンたちは唸り声にも似た声を出しながら走り出す。
敵が動き出した、イクトたちも迎え撃つべく構えようとしたがその中でヒロムはシオンに確認するように質問した。
「シオン、オマエ単体なら亡霊共に悟られずに本体に接近できるか?」
「あ?んなの簡単だ」
「ならソラとイクトとオマエを同時にアイツらにバレずに接近するのも簡単だよな?」
「2人を運べってのか?」
「質問に答えろ」
「……時間がいる。やるにしても力を溜めてからじゃないと無理だ」
「そうか。なら……亡霊共は引き受けてやる」
リュクスへの接近、そしてソラとイクトを連れての接近が可能かを確かめたヒロムは時間がいるとシオンが答えると大剣を逆手に持つなり槍投げでもするかのように勢いよく投擲するとヘラクレスに直撃させ、さらにヘラクレスを大剣ごと吹き飛ばしてしまう。
引き受けてやる、ヒロムの一言が何を意味するのか気になったガイが尋ねようとするとそれよりも先にヒロムが説明と指示をしていく。
「今のリュクスの注意はオレに向いてる。そしてあの亡霊共はリュクスの指示で動くしかできないあやつり人形だ。そいつらをオレが足止めしてやるからシオンはソラとイクトをリュクスに接近させて2人と同時にアイツを仕留めろ。ナギトはユリナの護衛、ガイは何か奥の手をリュクスが隠していた場合の対応を出来るようにかまえとけ」
「引き受けるって……相手の戦闘力は未知数なのに簡単に言うなよ」
「ソラの言う通りだよ大将。大将が引き受けようとしてる強制契約ってので精霊になったヤツの中には神話上の存在でしかないヘラクレスがいるんだ。数々の偉業を成し遂げてる神話通りのヘラクレスなら太刀打ちなんて出来ないって。それなのにアイツを倒すためだけに無謀な作戦……」
「だからだイクト。だからオレはヤツらを引き受けようとしてるんだよ」
「え?どういう……」
「精霊を宿してるからオレは優れていると勘違いしてるとアイツは言った。だから証明してやるんだよ。精霊を宿してるからこそのオレの強さを、他人の命を弄ぶしか出来ないアイツとは違うってことをな」
「その為だけに1人で……」
「それは1つのわがままだ。あとは……個人的に精霊使いとして亡霊を精霊にするのが気に食わねぇってオレの怒りだ」
「……そうか。なら頼むぞ」
ヒロムの言葉を受けたソラは彼を信じるような言葉を口にするとイクトを引っ張ってシオンに歩み寄り、ソラが歩み寄るとシオンは深呼吸して力を溜めようとする。状況をまだ理解していないガイとナギトが困惑する中、ヒロムはユリナに向けて優しく伝えた。
「ユリナ、必ず帰ってくるから見ていてくれ」
「ヒロムくん……」
「大丈夫だよ。今のオレは負ける気がしないからさ」
ユリナに向けてヒロムは優しく微笑むが、そんなことなど構うことなくナポレオンたちはヒロムに迫っており、吹き飛ばされたヘラクレスも大剣の直撃を受けたことなど無かったかのように立ち上がって動き出した。
ナポレオンたちが迫る中、ヒロムは一息ついて集中すると右手を敵に向けてかざして白銀の稲妻を強く放出して敵に直撃させて吹き飛ばす。吹き飛ばされるもサルトビとリッパーは即座に立ち上がって反撃しようとするが、ヒロムはサルトビとリッパーが動く前に接近すると敵の顔面を殴って怯ませ、怯んだサルトビとリッパーの頭を掴むと地面に叩きつける。
ヒロムが2体を地に叩きつける中でナポレオンと呂布がヒロムに接近して剣と槍で殺すための一撃を放つが、ヒロムは両手首の白銀のブレスレットのうち右手のブレスレットを緑色に光らせると双剣を出現させると共に白銀の稲妻の上に重ねるように緑色の稲妻を纏わせた上で2体の攻撃を防ぎ止め、双剣で剣と槍を止めたヒロムはすぐさま双剣を手放すとナポレオンに回し蹴りを食らわせて蹴飛ばし、そこから流れるように呂布の顔を数度殴って怯ませると脳天に踵落としを食らわせて地に伏せさせる。
ヒロムが4体を軽々と吹き飛ばすとヘラクレスが仇討ちと言わんばかりに迫ってきてヒロムに攻撃しようとするが、ヒロムが右手のブレスレットを金色に光らせると同時に前から後ろへと勢いよく動かす。ヒロムの右手の動きに反応するように先程ヘラクレスを吹き飛ばすように飛んでいった大剣が矢の如く飛んできてヘラクレスを背後から貫いてしまう。
「なっ……」
ナポレオン、ヘラクレス、サルトビ、リッパー、呂布。世界に名を残す偉人、英雄の魂を用いて《強制契約》した精霊がヒロムに苦戦を強いられている状況を目の当たりにしてリュクスは言葉を失ってしまい、リュクスが言葉を失う中でナポレオンたちが起き上がろうとするとヒロムはリュクスに向けて告げた。
「オマエはその魔剣さえあれば擬似的な精霊使いとなってオレを殺せるとか何だの考えたらしいが1つ教えておいてやる。精霊という点においてオレはオマエを超えている」
「偶然如きに助けられたくせに……」
「なら分からせてやる……ここから先の未来、結末など誰にも分からない未来をオレに決めてやる。オレの未来は……オレの手で掴むってことをな」




